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17章 雷神怒る
①
しおりを挟むその閃光は、まさに光の暴力だった。
破裂するような雷鳴と共に、ぶわりと全身が総毛立つ。
「!?」
部屋の中の物が、一瞬浮き上がった様に見えた。
天地がひっくり返ったかの様な、激しい浮遊感。
何が起きたかわからないうちに、ラシードの体がアリムに覆い被さった。
次いで、もう一度爆音。
「っ!」
天窓から、白い稲光が縦横無尽に走っているのが見えた。
ビリッと天窓に亀裂が走る。
「バーリッ!!」
不吉な気配に振り向いたラシードも、驚愕に目を見開いた。
ギラリと一つの星が、異様なほどに光り輝く。
まるで、爆ぜるように。
「来いっ!」
ラシードがアリムの腕を掴み上げ、天窓の下から逃れる。
寝台の陰に転がり込んだ2人は、唖然としながら天井を見上げた。
「バーリ!ご無事ですか!!」
厚手の扉の向こうで、キシュワールが声を荒らげる。
「待て、キシュワール!入るな!!」
部屋の向こうで、護衛が何かを捲し立てているが、なんと言っているかわからない。
ただうるさい耳鳴りが、ずっと続いている。
気遣わしげな瞳が、アリムの様子を窺った。
「怪我はないか?」
「はい……。」
ラシードは寝台の上から薄手のブランケットで手繰り寄せると、アリムの体をそっと包んだ。
その時アリムは、自分の体が小刻みに体が震えていることに気がつく。
感電でもしたのだろうか、と訝しむ。
大きな掌が、アリムの頭を撫でた。
「怖かったな。」
「……まだ雷が……。」
「うるさい星だ。」
天窓からバリンッと澄んだ音が聞こえてきた。
パラパラとガラスの雫が降って来る。
天窓が瓦解するのは、時間の問題だろう。
「はっ!」
ラシードは威圧的に笑い、空を睨みつけた。
「伴侶気取りか!俺に触れる事もできぬクセに!」
その瞬間、天井が砕け、真っ直ぐな閃光が、床を焼いた。
先程2人で腰掛けていたソファが、真っ二つに裂けて燃え上がる。
ラシードがアリムを抱き寄せた。腕の隙間から見上げると、ラシードが歯を剥き出して空を睨みつけていた。
「悋気を起こすなら、いっそ俺を焼け!!見苦しくて敵わん!」
扉の外で「バーリ!」と叫ぶ声が聞こえる。
2人の護衛が、扉の外で慌てているのだろう。
「入るなと言っているだろう!お前らの事に構ってられん!」
バチンッと激しい音が響いた。
扉が激しく跳ね上がる。
アリムは目を丸くして、扉に目を向けた。
「……だから入るなと言ったのに……。」
ラシードが深いため息をつく。
「どっちだ?」
「……ドラニア卿です。」
ノイの気まずそうなくぐもった返事。
白銀の扉に素手で触れ、感電したのだ。
アリムの頭がゾッと冷える。
ラシードは小さく舌打ちをし「愚か者。」と呟いた。
「大丈夫そうか?」
「大事ございません……。」
震える声でキシュワールが答えた。
弱々しい声音に、彼が受けた衝撃を知る。
アリムは思わず身を乗り出し、扉へと駆け寄ろうとした。
しかしラシードに腕を掴まれて引き戻されてしまう。
「ノイ、キシュワールをセイラムの所に連れて行け。」
「なりません!バーリ……!」
「俺は言ったぞ。入って来るな、と。命をやぶり、あまつさえ、負傷するとは何事だ。」
ラシードが天窓に注意を払いながら、低い声で続ける。
「行け、ノイ。」
「承知いたしました。」
一つ隔てた扉の向こう、2人が退出した気配がする。
それを感じて、アリムは不安げに眉を顰める。
「……キシュワールは……。」
「大丈夫だろう。あれでも親衛隊長だった男だ。」
「……そういう問題では……。」
「本当に大丈夫だ。」
ラシードは苦笑いすると、アリムの耳に触れる。
エメラルドの耳飾りが、チャリっと微かな音を立てた。
「こちらもタリスマンが限界だ。荒神を鎮めなくては。」
そういうと、ラシードはアリムの額に唇を押し付け、にこりと微笑んだ。
先程、激しく吠えていた人物とは思えないほどの、柔らかな微笑みだった。
それだけなのに、不安だった気持ちが、ゆっくりと溶けていく。
「ここにいてくれ。すぐに終わらせる。」
「……はい。」
「いい子だ。」
アリムの頭を軽く撫でて、ラシードは立ち上がった。
空には縦横無尽に稲妻が光っている。
いつ落ちてきてもおかしくない。
ラシードは本棚の隅から一冊の本を取り出した。
それは古びた羊皮紙の本だった。表紙には一粒のダイヤモンドが埋め込まれている。
「アレジャブル王、ラシード=アレン=アレジャブルが申す。」
ラシードは本のページを無造作に繰る。
そして雨晒しになった天井の下を、スタスタと進んだ。
ジャリジャリと、ガラスを踏みしだく音が響き渡る。
ラシードは歩きながら、深く息を吸った。
「……炎の棲家は、かつて山の底にあった。燃え出る炎の源泉は、闇を照らし、辺りを焼き尽くした。泉の源流が炎を飲み込み、辺りに霧が満ちる。」
物語を読んでいる様だった。
ラシードは部屋の隅まで歩いていくと、宝石箱を開く。
そしてその中から、黄金に輝く、クラウンを掴み取った。
ある日の東屋で、ラシードがバーリミトラウスと呼んだ、王たる証だ。
ラシードはそれを無造作に頭の上に載せると、ペラッとページを捲る。
「天地に満ちた霧は、全てを覆い隠す。命あるもの全て、先は見えず、凍える事となる。やがて一陣の風が吹き、霧を一掃するまでは。」
王冠がずれる事が気になるのだろうか。ラシードは王冠を押さえて、また天窓の下に戻る。
ラシードは剥き出しになった夜空の下に立つと、ジッと荒ぶる星を見上げた。
星は怒り狂うかのようにギラギラと喚いている。
それをラシードは黙って見つめた。
しばらく睨み合う時間が続いた。
どのくらいの時間が経ったのかわからないが、アリムの震えはとまり、だんだんとジリジリした苛立ちに変わる。この状態はいつまで続くのだろうか。
その時、本のダイヤモンドと、王冠の頂のダイヤモンドが、ギラリと激しい光を放った。
ラシードの足元に、白い光の輪が出現する。
バタバタとラシードの裾がはためいた。
「風は大地を撫でた。そして炎を飲んだ泉を呼び、芽吹きを促した。炎は大地を温め、命あるものに、安寧を与えた。」
稲光とは違う、もっと激しい光が部屋を襲った。
視力を失ったのか、と思うほどの閃光。
アリムは咄嗟に目を閉じて、ブランケットの中に逃げ込む。
「大地は栄える。炎、水、風は、我が子を慈しみ、永劫なる栄えを祝福した。」
そんな暴力的な光の中、ラシードの声はとつとうと続く。
光が和らぎ、ゆっくりと瞼を開けると、彼の皮肉げな笑みを見つけることができる。
ラシードは小馬鹿にするように片頬を上げ、天井を見上げていた。
「雷鳴が響き、大地が割れた時。親たる3つの霊は怒った。命あるものの悲鳴が轟き、悪しきものが大地から湧き上がる。その悪しきものは、親たる3つの霊の怒りであった。雷はその悪きものすら閃光で焼き尽くした。」
本のページは巻き上がる風にバラバラと捲られ続けている。
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