皇太子の護衛役ービッグカップルは偽装婚約?!

渚乃雫

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第2幕 学院祭編

35.殿下とボクの学院祭の思い出3

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「お名前は、なんとおっしゃるのですか?」

 自分の隣を歩く彼女に、殿下でんかが笑顔で問いかける。

「しの……しのです」
「しのさん。素敵な名前ですね」
「しのちゃんか、いい名前だな! なぁ、しのちゃん何か食べるか? あっちに焼きそばとかもあったけど」
「初対面の女の子に焼きそばをすすめるのはどうかと思うぞ?」
「えー、でも焼きそば美味いじゃん」

「あれ、吉広よしひろいつの間に」
「あいつ、もう話してるのか。流石の順応力だな」

 いつの間にやら、しのさんとは反対側の、殿下の左側を吉広が歩き、さらにいつの間にやら二人の会話に参加している。

「二人ともとても早く他のかたとお話しできますし、本当に凄いです」

 私はあそこまですぐに色んな話がすらすらと出来ず、いつも途中で会話がなくなってしまう。
 そして、いつも傍に仕える殿下か長太郎ちょうたろう、吉広が会話を繋げてくれるのだけれど。

「まぁ、ですが焼きそばでなくても、何か召し上がりますか?」
「あ、ええと……その……」

 にこり、と笑いかけた殿下に、彼女の頬が少し赤くなる。

「やはり女の子は殿下と話をすると頬が赤くなるのですねぇ」
「そうだね」
「モテモテ、というやつですね!」

 小さな声で長太郎と話しつつ、ふふ、と何だか少し誇らしい気持ちになって笑えば、長太郎が「壱華いちか」と私を呼ぶ。

「なんでしょう?」
「それ、嘉一かいちには言わないであげて」
「それ、とは?」
「嘉一がモテて嬉しいって話」
「ええと……ダメなお話でしたか……すみません……」
「ううん、ダメな話じゃないんだけど、壱華が嘉一に言うとダメな話だろうな」
「……どういうことです?」
「まあ……言わないであげて、ってことだけ覚えておいてくれれば」
「分かりました??」

 何だかよく分からないですが……長太郎がそういうのであれば。
 そう呟きながら頷けば、長太郎が私の頭を撫でる。
 また長太郎は何やら難しいことを考えているのでは。
 そう思いながら、少し背の高くなった彼を見上げれば、長太郎が苦笑いを浮かべる。

「まぁとりあえず、壱華はほら」

 そう言った長太郎の手が私の手を掴む。

「はぐれないように」
「それは吉広では?」
「吉広は放っておいても大丈夫だろ」
「でも迷子になったら大変です」
「大丈夫、大丈夫。帰巣本能があるから平気。それに目立つしね」

 そう言って、長太郎は吉広を指差して言う。

「……確かに、目立つのは目立ちますね」

 目立つというか目を引くというか。
 吉広もそうだけれど、長太郎も殿下もそうだ。
 3人とも人の目をよく集めている。
 みんな気にしていないようだけれど。

「どうした?」
「いえ、いつも3人とも人の目を引いているなぁと思いまして」
「まぁ嘉一がいるしな」

 そう言った長太郎が殿下たちを見て、足を止める。

「長太郎? どうしたのですか?」

 ぴた、と止まった足に長太郎を振り返れば、長太郎の目が少しだけ細くなっていて。

「殿下になにか」

 危険が。
 問いかけようとしたとき、目があった長太郎がにこりと笑う。

「気のせいだったみたいだな」

 視線が合ったのは、ほんの一瞬だけ。
 すぐに殿下たちのほうを見た長太郎の表情は少し固い。

「……勘は大事にしろ、とお兄様が」

 きゅ、と長太郎の手を握りながら呟く。

「けれど、勘に頼りすぎないように、とも龍太郎りゅうたろうさんは言っていただろう?」
「……ですが……」
「ぼくが考えすぎなだけかも知れないしね」

 にこりと笑った長太郎に、何も言い返せずにいれば、「行こうか」と長太郎が私の隣に並ぶ。

「ぼくたちは、目的さえ違わなければ大丈夫」
「目的……」
「そ。嘉一を護る。それを間違わなければ、大丈夫だ」

 ね、と私に笑いかけた長太郎の表情は、よく知っている表情のはずなのに。
 いつもよりも少しだけ、固くて。
 いつもよりも少しだけ、辛そうに見えた。



 ◇◇◇◇◇◇◇


「結局、あのとき一番最初に見破ってたのは嘉一かいちだもんねぇ」
「なんの話だ?」
長太郎ちょうたろう。おかえりなさい」
「ただいま」

 ぽす、と私の頭に手を置きながら言う長太郎を見上げれば、長太郎の目元が少しだけ優しくなる。

「あの時の話」
「ああ、しのぶが無鉄砲に嘉一を殺そうとした話か」
「え、あ、長太郎、そんなはっきりと?!」
「ほんと長ちゃん、その話、包まないねぇ」
「事実は事実だろう?」
「まあねぇ~」

 けらけらと楽しそうに笑いながら、忍は頷く。

「それにしてもさぁ。今でも思うけど、本当、よくあんなお粗末な暗殺計画たてたよね」

 くっふふ、と笑う忍の前に座った長太郎が、「本当にな」と呆れた表情で口を開く。

「けど、ぼくたちよりも1つ上なんだから、もっと色々と策が練れただろう? ってツッコミをいれる護衛もどうかと思うけどねぇ」

 はい、と私の作ったクッキーをひとつ、長太郎に渡しながら忍は笑う。

「仕方がないだろ? 実際、ぼくが思わず言うほどにグタグタだったわけだし」
「まあねえ」
「二人ともそうは言いますが、この国でなら、十三歳の子どもが十二歳の命を狙うことなんてあまり無いでしょうし、詰めが甘かったのは仕方がないことでは……」

 むしろそのおかげで、殿下がほぼほぼ命の危険にさらされなかったわけですし。

 そう告げれば、忍も長太郎も「まあね」「まあな」と頷く。

「でも、いくら家族の命がかかってたとは言っても、自分が「誰か」の家族である嘉一の命を狙ったのはまぎれもない事実。これは変わらないしね」
「……それは……そう……なのですが……」
「まあ、嘉一の考慮がなければ、死罪、もしくは一生牢屋で過ごすか、だしな」
「それも……そうなのですが……でも……」

 あの時、忍は、自分の弟と妹が、誘拐されていて、ふたりの解放を条件に仕方なく動いていたのだけれど。
 嘉一の命を狙った事自体は、許されることではないし、そこは私も当初は受け入れられなかったけれど。

 でも、それでも、「弟と妹を助けて。自分はどうなっても構わない」と、嘉一に縋ったあの時の忍が、ずっと脳裏に焼き付いているから。

壱華いちか
「……はい」
「壱華は、いっつも人のために泣くよね」
「それが壱華の良いところだろ?」
「まあね。ボクの好きなところでもあるけどね」

 ボロボロと私の頬に流れていた涙を、忍と長太郎が困ったような呆れたような顔をして指先でぬぐう。

「でも、だって、あの、とき」

 あんなに悲痛な叫びを聞いたのは、初めてだったから。
 心臓をぎゅ、っと掴まれているような、そんな。

「壱華」
「……は、い」
「大丈夫よ。もう、本当に」

 道を踏み外しかけた忍を、引き止めたのも、引き上げたのも、紛れもなく殿下ただ一人だけ。

 ー 「悪いのは忍じゃなくて、悪い大人のせいだよ」
 
 そう忍に告げた殿下は、

 ー 「それなら、僕に一生を捧げる気はないかい?」
 
 刑を望んだ忍に、そう言った殿下でんかも、忍だけのもの。

 けれど。

  「あの日の胸の痛みも、苦しみも、寂しさも、安堵も、誰にも共有するつもりはないよ」

 何年か前に言った忍の言葉は、深く胸に刺さっている。

 でも、それでも。

「この日は、ボクにとっての、ケジメの日だからね」

 そう言って笑った忍の手を、ぎゅう、と握りしめる。

「それならば、私は、私たちは、そんな忍にずっと寄り添います」
「壱華?」
「忍、言いましたよね? この日の胸の痛みは、誰にも共有させないと」
「……壱華、それまだ覚えて」
「覚えています。きっと、長太郎ちょうたろうだって、殿下だって、吉広よしひろだって、彩夏さやかだって、みんな覚えているはずです」
「……壱華……」
「ですが、だからこそ、忍が自分を戒める日なのならば、私たちも一緒です。私たちだって、あの時、気づけなかった落ち度があります。護衛すべき殿下が真っ先に気がつくなんて、護衛失格です」
「でも今は違うじゃない」
「それは、忍が気づかせてくれたからです」

 あの日のことは、喧嘩両成敗なのだ、と言ったのは殿下だったか。
 それとも。

「私たちだって、失いたくないもののために、自分を戒めるべき日なのですよ、忍」

 ぎゅう、と握りしめた手が、ほんの少しだけ握り返される。

「まあ、それに今は同じ目的を持つ仲間だしな」

 ぽん、と忍の頭に手を置いて、長太郎は言う。

 そんな私と長太郎を見たあと、忍は泣きそうな顔をして笑う。


「この心地よさに、自分のしたことを忘れてしまわないように。道を違えてしまわないように。心に、強く刻みつけてた。毎年、毎年」
「忍」
「でも、そろそろ、誰かと一緒でもいいのかもしれないね」
「一緒がいいです。私の我儘ですけど、でも」


 貴方が一人で泣かないように。
 ずっと、みんなで。

 願いをこめて、祈るかのように。
 そんな風に言った私に、忍と長太郎は静かに笑った。













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