今さらやり直しは出来ません

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しばらくの間、病室は静まり吹く風が窓に当たり、ガタガタと音を鳴らすだけだった。
しかし、その静寂を破ったのは健人くんだった。

「それはどういう……」

私はまず健人くんの容体を説明すると、軽く頷きつつも、少し険しい表情を見せてくる。
その表情に知りたい事はそこではない事はすぐに分かった。
だから、私は入院承諾書には婚約者と記入した事を告げた。

「婚約者……」
「うん、本当はこんな嘘をついてしまうのはダメだと思う。でも……」

私の言葉を聞き、それまで浮かしていた体をベッドの背にトンッと預けていく。

「確かに続柄が恋人では夜間の看病はダメだろうね。だから」
「……ごめん」

嘘をついた事を非難され、俯く私に健人くんはベッド下に置かれた私服の中から財布を出して欲しいと頼んできた。

「これ?」

ズボンの後ろポケットにあった黒い長財布を見せると、頷き私の手からそれを受け取った。
そして黙りながら中のチャックを開けると、ジャラジャラと小銭を触る音をさせてくる。

(何をしているんだろう……)

この行動にどんな意味があるのか分からず、ただ見ているだけだった。
そして、手を止めると何かを握りしめチャックを閉じていく。

「彩ちゃんはこれが何か分かる?」

そう言いながら握った手を開くと、金色に光るバッチがそこにはあった。

「……??」

バッチの真ん中には天秤が描かれ、その周囲を規則正しく放射線状に並んだ枠が囲んでいる。

「まぁ、あまりお目にかからない物だからな。……これ、弁護士のだよ」
「弁護士!……えっ、健人くんが?」

驚き、バッチから目を顔に移すと、一回だけ頷いてくる。

「……いや、興信所の所長じゃないの?」
「それは裏の顔。本当の職業はこっち。言っちゃえばある会社のね」

そう言いながら、また財布に手を付けると私に一枚の名刺を見せてきた。
そこには有名自動車メーカーの名が記され、肩書きには『顧問弁護士』とあった。

「本当に弁護士なんだ」
「あぁ、黙っていてごめん。いっても笑うだけだと思ったから。特にあいつがいる前ではね」
「あいつ?……もしかして、すずの事?」

そう言うと、ふふっと笑ってくる。

「あぁ、あいつは見た目で俺を判断しただろ?だから言わなかった」
「でも私も最初会った時はそう思ったよ。危ない人だって」
「ははっ、まぁ見た目で判断されるよな、この世界は。会社に行けば必ず警備のやつに止められるから」

笑いながら本当の身分を明かしたかと思うと、急に真剣な顔へと戻り語りかけてくる。

「君は嘘をついてまで隣にいてくれた。それは本当に嬉しい。そんな俺も一緒に歩む未来を望んでいる。
だからあの夢をいま見たんじゃないかと思う。
25年ぶりの再会にも意味があったんじゃないかって」

その言葉に私はすずが言った言葉を思い出し話しかけた。

「うん、この広い世界で出会える人なんて限られている。その中で自分が好きになる人はもっと少ないと思う。
それを運命とか必然とか言うのかもしれないね。
……私は健人くんがそうであって欲しい」

「あぁ、俺も一緒だよ。ありがとう、彩ちゃん」

他に誰もいない病室で私達の影は静かに重なった。
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