君から届く声を、僕は守りたい

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彼女が役者を目指すと決めたのは中学最後の夏休みのある日のことだった。

「おーいっ、ガリ勉くん!」

自室の窓の外から聞こえてくる声を僕は無視した。
だって今は夏休みに出された課題の真っ最中だからだ。

「おーいってば!」
「……うるさいな」

閉め切った部屋からでも聞こえてくる声は僕の耳に嫌らしく響き、持つペンをぐっとノートに押し付けた。

しばらくすると反応しない事に諦めたのか、あれだけ呼んでいた声がピタリと止むと、次に聞こえてきたのはドタドタと階段を上がってくる音だった。

「いるじゃん!なんで反応してくれ……って涼しい!!」

彼女は青い半袖ワンピースの裾を摘み、バサバサと僕の前で煽いでくる。
目の前に男子がいるんだから少しは恥じらって貰いたいのだが…。

「君は呼びにきたのか、涼みに来たのかどっちなんだい??」
「んー……」

なんで悩んでいるんだろう…。
さっきまで用があったから呼んでいたのではないか。

「両方かな」
「……」
「って何してるの?」
「見たら分かるだろ、課題だよ。もう夏休みも半分終わったんだから焦る気持ちが出てきてもおかしくない。
そういう君はもう終わったの?」
「いいや、まったく!」
「……」

えっへん、っと彼女は胸を張って誇ってきた。

「それより出かけようよ」
「いま僕が言ったこと聞いてた?課題の真っ最中なんだ。今日はここまで終わらせると決めているから無理だ」
「へぇ」
「へぇ……って、じゃあ君はいつやるのさ?」
「夏休みが終わる一週間前にお父さん、お母さんと一緒にだよ」
「……君のご両親が可哀想だ。自分でやらないことに意味がないのに」

僕は真っ当な受け答えをしたつもりだが、彼女はあっけらかんと笑いだす。

「まぁまぁ、人それぞれってことで。それより今からコレ、見に行こうよ」

そういうと彼女は紙を2枚見せてきた。

「それは?」
「ふふーん、気になるでしょ」
「いや、別に」

僕は彼女から机へと体を向き直した。

「気になれぇー!!」

彼女は紙をペシペシと頭に当て、興味を示すまで続けてきた。
鬱陶しいにも程がある。
だからペンをわざと彼女へと向けた。

「行きたいなら他に誰か誘えばいいだろう!」

怒気を含んだ声で返答すると、急に鼻を啜りぐずる様子を見せてきた。

「だって、他に行く相手いないんだもん……」

嘘だ。
学校に友達がいるくらい僕も知ってる。
僕と彼女の家は真向かいという事もあり、幼少期から知っている、いわゆる幼馴染というやつだ。
だから小学校も中学校も一緒で、挙げ句の果てに今ではクラスまで一緒という仲だ。

しかし、ぐずる彼女の頬に一筋の液体が伝っているのが見えたので『……ごめん』と謝ると、さっきまでぐずっていたのが嘘のようにピタリと止まった。

「へへーん。騙された!!」

向けられたペンを掴みつつ、笑顔を向けてきたのでほんの少しドキッとした。
つぶらな瞳を薄目にしつつ口角を上げて笑う顔は、太陽のように明るく、学校で物静かに過ごしている彼女からは到底見えなかった顔だ。
物静かな彼女と今の彼女、どっちが本当なのだろう…。

「……だろうと思ったよ」

ドキッとした事は隠しつつ、しつこいように当ててくる紙の内容を問いた。

「これ舞台のチケットなんだ。
なんでも遠い親戚の子が入ってる劇団がするお芝居みたいで、よかったら~って送ってくれたの」
「舞台、ね」
「あー、あまり興味ないでしょ」
「まぁ、ぶっちゃけそうだね」
「ひどっ!これ今日なんだ。それにあと2時間後に開演するんだ」

時計の針は10時を指そうとしている。
なら開演時間は12時か、と察すると改めて『やめとく』と返事をした。

「なんで??行こうよ!!」
「お昼ご飯もあるし、なにより課題……」
「逃げるんだ?」
「逃げ?なんでそういうことになるの?」

首を傾げる僕に彼女はペンを離すと、断りもなくベッドに腰掛けていく。

「毎日毎日勉強ばかりして楽しい?なりたいものでもあるの?」
「……あるさ。僕は医者になりたいんだ」
「お医者さん、ね」
「そうだよ。だから沢山勉強して良い高校、良い大学にいって、それから……」

自分の夢を述べていると彼女が『ふぅ』と息を吐いた。

「私だったらそんな頭でっかちなお医者さん嫌だなぁ」
「どういう意味?」

すると、腰掛けていたベッドにごろんと寝転がるとチケットをヒラヒラと動かしていく。

「勉強以外にいろんな知識を持ってる先生のが話しやすいし、頼りになる。ずっとモニターばかり見てこっちを見ない先生はなんだか不安になるなぁ」

言い終わると『よっ』と声を出し体を起こしてきた。

「行こう、青山翔吾くん」

彼女はいつもの『ガリ勉くん』ではなく、本名をフルネームで読んできた。

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