2 / 49
2
しおりを挟む
彼女が役者を目指すと決めたのは中学最後の夏休みのある日のことだった。
「おーいっ、ガリ勉くん!」
自室の窓の外から聞こえてくる声を僕は無視した。
だって今は夏休みに出された課題の真っ最中だからだ。
「おーいってば!」
「……うるさいな」
閉め切った部屋からでも聞こえてくる声は僕の耳に嫌らしく響き、持つペンをぐっとノートに押し付けた。
しばらくすると反応しない事に諦めたのか、あれだけ呼んでいた声がピタリと止むと、次に聞こえてきたのはドタドタと階段を上がってくる音だった。
「いるじゃん!なんで反応してくれ……って涼しい!!」
彼女は青い半袖ワンピースの裾を摘み、バサバサと僕の前で煽いでくる。
目の前に男子がいるんだから少しは恥じらって貰いたいのだが…。
「君は呼びにきたのか、涼みに来たのかどっちなんだい??」
「んー……」
なんで悩んでいるんだろう…。
さっきまで用があったから呼んでいたのではないか。
「両方かな」
「……」
「って何してるの?」
「見たら分かるだろ、課題だよ。もう夏休みも半分終わったんだから焦る気持ちが出てきてもおかしくない。
そういう君はもう終わったの?」
「いいや、まったく!」
「……」
えっへん、っと彼女は胸を張って誇ってきた。
「それより出かけようよ」
「いま僕が言ったこと聞いてた?課題の真っ最中なんだ。今日はここまで終わらせると決めているから無理だ」
「へぇ」
「へぇ……って、じゃあ君はいつやるのさ?」
「夏休みが終わる一週間前にお父さん、お母さんと一緒にだよ」
「……君のご両親が可哀想だ。自分でやらないことに意味がないのに」
僕は真っ当な受け答えをしたつもりだが、彼女はあっけらかんと笑いだす。
「まぁまぁ、人それぞれってことで。それより今からコレ、見に行こうよ」
そういうと彼女は紙を2枚見せてきた。
「それは?」
「ふふーん、気になるでしょ」
「いや、別に」
僕は彼女から机へと体を向き直した。
「気になれぇー!!」
彼女は紙をペシペシと頭に当て、興味を示すまで続けてきた。
鬱陶しいにも程がある。
だからペンをわざと彼女へと向けた。
「行きたいなら他に誰か誘えばいいだろう!」
怒気を含んだ声で返答すると、急に鼻を啜りぐずる様子を見せてきた。
「だって、他に行く相手いないんだもん……」
嘘だ。
学校に友達がいるくらい僕も知ってる。
僕と彼女の家は真向かいという事もあり、幼少期から知っている、いわゆる幼馴染というやつだ。
だから小学校も中学校も一緒で、挙げ句の果てに今ではクラスまで一緒という仲だ。
しかし、ぐずる彼女の頬に一筋の液体が伝っているのが見えたので『……ごめん』と謝ると、さっきまでぐずっていたのが嘘のようにピタリと止まった。
「へへーん。騙された!!」
向けられたペンを掴みつつ、笑顔を向けてきたのでほんの少しドキッとした。
つぶらな瞳を薄目にしつつ口角を上げて笑う顔は、太陽のように明るく、学校で物静かに過ごしている彼女からは到底見えなかった顔だ。
物静かな彼女と今の彼女、どっちが本当なのだろう…。
「……だろうと思ったよ」
ドキッとした事は隠しつつ、しつこいように当ててくる紙の内容を問いた。
「これ舞台のチケットなんだ。
なんでも遠い親戚の子が入ってる劇団がするお芝居みたいで、よかったら~って送ってくれたの」
「舞台、ね」
「あー、あまり興味ないでしょ」
「まぁ、ぶっちゃけそうだね」
「ひどっ!これ今日なんだ。それにあと2時間後に開演するんだ」
時計の針は10時を指そうとしている。
なら開演時間は12時か、と察すると改めて『やめとく』と返事をした。
「なんで??行こうよ!!」
「お昼ご飯もあるし、なにより課題……」
「逃げるんだ?」
「逃げ?なんでそういうことになるの?」
首を傾げる僕に彼女はペンを離すと、断りもなくベッドに腰掛けていく。
「毎日毎日勉強ばかりして楽しい?なりたいものでもあるの?」
「……あるさ。僕は医者になりたいんだ」
「お医者さん、ね」
「そうだよ。だから沢山勉強して良い高校、良い大学にいって、それから……」
自分の夢を述べていると彼女が『ふぅ』と息を吐いた。
「私だったらそんな頭でっかちなお医者さん嫌だなぁ」
「どういう意味?」
すると、腰掛けていたベッドにごろんと寝転がるとチケットをヒラヒラと動かしていく。
「勉強以外にいろんな知識を持ってる先生のが話しやすいし、頼りになる。ずっとモニターばかり見てこっちを見ない先生はなんだか不安になるなぁ」
言い終わると『よっ』と声を出し体を起こしてきた。
「行こう、青山翔吾くん」
彼女はいつもの『ガリ勉くん』ではなく、本名をフルネームで読んできた。
「おーいっ、ガリ勉くん!」
自室の窓の外から聞こえてくる声を僕は無視した。
だって今は夏休みに出された課題の真っ最中だからだ。
「おーいってば!」
「……うるさいな」
閉め切った部屋からでも聞こえてくる声は僕の耳に嫌らしく響き、持つペンをぐっとノートに押し付けた。
しばらくすると反応しない事に諦めたのか、あれだけ呼んでいた声がピタリと止むと、次に聞こえてきたのはドタドタと階段を上がってくる音だった。
「いるじゃん!なんで反応してくれ……って涼しい!!」
彼女は青い半袖ワンピースの裾を摘み、バサバサと僕の前で煽いでくる。
目の前に男子がいるんだから少しは恥じらって貰いたいのだが…。
「君は呼びにきたのか、涼みに来たのかどっちなんだい??」
「んー……」
なんで悩んでいるんだろう…。
さっきまで用があったから呼んでいたのではないか。
「両方かな」
「……」
「って何してるの?」
「見たら分かるだろ、課題だよ。もう夏休みも半分終わったんだから焦る気持ちが出てきてもおかしくない。
そういう君はもう終わったの?」
「いいや、まったく!」
「……」
えっへん、っと彼女は胸を張って誇ってきた。
「それより出かけようよ」
「いま僕が言ったこと聞いてた?課題の真っ最中なんだ。今日はここまで終わらせると決めているから無理だ」
「へぇ」
「へぇ……って、じゃあ君はいつやるのさ?」
「夏休みが終わる一週間前にお父さん、お母さんと一緒にだよ」
「……君のご両親が可哀想だ。自分でやらないことに意味がないのに」
僕は真っ当な受け答えをしたつもりだが、彼女はあっけらかんと笑いだす。
「まぁまぁ、人それぞれってことで。それより今からコレ、見に行こうよ」
そういうと彼女は紙を2枚見せてきた。
「それは?」
「ふふーん、気になるでしょ」
「いや、別に」
僕は彼女から机へと体を向き直した。
「気になれぇー!!」
彼女は紙をペシペシと頭に当て、興味を示すまで続けてきた。
鬱陶しいにも程がある。
だからペンをわざと彼女へと向けた。
「行きたいなら他に誰か誘えばいいだろう!」
怒気を含んだ声で返答すると、急に鼻を啜りぐずる様子を見せてきた。
「だって、他に行く相手いないんだもん……」
嘘だ。
学校に友達がいるくらい僕も知ってる。
僕と彼女の家は真向かいという事もあり、幼少期から知っている、いわゆる幼馴染というやつだ。
だから小学校も中学校も一緒で、挙げ句の果てに今ではクラスまで一緒という仲だ。
しかし、ぐずる彼女の頬に一筋の液体が伝っているのが見えたので『……ごめん』と謝ると、さっきまでぐずっていたのが嘘のようにピタリと止まった。
「へへーん。騙された!!」
向けられたペンを掴みつつ、笑顔を向けてきたのでほんの少しドキッとした。
つぶらな瞳を薄目にしつつ口角を上げて笑う顔は、太陽のように明るく、学校で物静かに過ごしている彼女からは到底見えなかった顔だ。
物静かな彼女と今の彼女、どっちが本当なのだろう…。
「……だろうと思ったよ」
ドキッとした事は隠しつつ、しつこいように当ててくる紙の内容を問いた。
「これ舞台のチケットなんだ。
なんでも遠い親戚の子が入ってる劇団がするお芝居みたいで、よかったら~って送ってくれたの」
「舞台、ね」
「あー、あまり興味ないでしょ」
「まぁ、ぶっちゃけそうだね」
「ひどっ!これ今日なんだ。それにあと2時間後に開演するんだ」
時計の針は10時を指そうとしている。
なら開演時間は12時か、と察すると改めて『やめとく』と返事をした。
「なんで??行こうよ!!」
「お昼ご飯もあるし、なにより課題……」
「逃げるんだ?」
「逃げ?なんでそういうことになるの?」
首を傾げる僕に彼女はペンを離すと、断りもなくベッドに腰掛けていく。
「毎日毎日勉強ばかりして楽しい?なりたいものでもあるの?」
「……あるさ。僕は医者になりたいんだ」
「お医者さん、ね」
「そうだよ。だから沢山勉強して良い高校、良い大学にいって、それから……」
自分の夢を述べていると彼女が『ふぅ』と息を吐いた。
「私だったらそんな頭でっかちなお医者さん嫌だなぁ」
「どういう意味?」
すると、腰掛けていたベッドにごろんと寝転がるとチケットをヒラヒラと動かしていく。
「勉強以外にいろんな知識を持ってる先生のが話しやすいし、頼りになる。ずっとモニターばかり見てこっちを見ない先生はなんだか不安になるなぁ」
言い終わると『よっ』と声を出し体を起こしてきた。
「行こう、青山翔吾くん」
彼女はいつもの『ガリ勉くん』ではなく、本名をフルネームで読んできた。
1
あなたにおすすめの小説
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる