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新年を迎えて2日後、僕は母が運転する車である場所に向かっていた。
「梢ちゃんの体はどう?」
助手席に座る僕は窓の外を漫然と見ており、反応するまでに少し時間がかかった。
「あ、あぁ、……うん、大丈夫だと思う」
「思うって……無理しそうならちゃんと止めなきゃダメよ」
「分かってるよ!」
止めれるものなら止めたい。
それこそ完全に壊れてしまう前に…。
痛みだって最初の頃より強くなり、出しづらくなっているはずだ。
それでも彼女は絶対にやめる事はないだろう。
叶えたい夢はもうそこまで迫っているのだから。
僕の苛立つ声を聞き、母はそれ以上追従する事なく車を走らせ、目的地へと向かった。
そして着いた場所は、空港だった。
今日は5年ぶりに父が日本に帰ってくる日だ。
待ち人を今か今かと首を左右に揺らし、落ち着きのない行動を母は取っている。
ぞろぞろと人の波がゲートを通過していく中で目的の人物を見つけると駆け寄っていった。
ダークスーツを見に纏い、大きなキャリーケースを引く父は、駆け寄った母を優しく抱きしめていた。
一言、二言、会話を交わすとゆっくり僕の方へと歩んできた。
「ただいま、翔吾」
「おかえり、父さん」
5年ぶりに会った父、隆史は以前には無かった白髪が所々混じり、掛けている黒縁眼鏡は丸めの形からシャープな形へと変わっていた。
「……5年ぶりか」
「そうだね」
目の前にいる父は少し痩せた気がする。
以前はもう少し頬が卵のように丸みがあったと思うが、今は少しコケており、目の下にはクマがはっきりと現れているところを見ると、海外生活の大変さが窺える。
「疲れたでしょ?早く帰りましょう」
母は父が引くキャリーケースを持とうとするが、それをやんわりと断った。
「いや、大丈夫。君には迷惑を変えてばかりだから。
それにこうやって二人に会えたんだ。何か食べて帰ろう」
「……あなた」
「翔吾、なにがいい?」
「えっ……いいよ。久しぶりに帰ってきたんだ、父さんが食べたいものにしなよ」
しかし、父は首を振り語りかけてくる。
「親っていうのは、子がしたいことを全力で見守ったり、叶えようとするものだ。
遠慮なんてしなくていい、子が遠慮してしまうと親は困ってしまう。
本心がどこにあるかわからなくなるからな」
父は昔からこうだ。
自分よりも他人。
困っていれば手を差し伸べるし、辛いと思うことがあれば、全力で耳を傾ける。
海外転勤だって本当は自分じゃなく、他人だったのに新婚で離れさすのはあんまりだと上司に詰め寄った結果だから。
「……じゃあ、カレー」
僕は父の好物を選んだ。
すると、父は軽く頷きポンと頭に手を乗せてくる。
その日の夜、父は母とではなく、僕と夜中まで縁側に腰掛け話し込んだ。
「聞いたぞ、向かいのあの子が役者を目指しているんだって?」
「まぁ、ね」
「それに、その練習にお前も付き合っているんだってな」
「……うん」
「で、どうなんだ?役者になれそうか?」
「……わからない。いま、結果を待ってる所だから」
「そうか」
寒空の中、互いに持つコーヒーカップから沸き立つ湯気はいつの間にか無くなり、暖かった手は次第にカップと同じ温度へと変わっていった。
「人って変わるものだな。昔のあの子はどこか殻に閉じこもっているように見えたが」
「そう、だね……」
的確な分析に僕は横目で父の事を見た。
「でも、何かきっかけがあったんだろう。それが大きな転機になったみたいだな」
「うん」
「……それは、お前でもあるんじゃないか?」
「えっ」
「……図星か」
「なに言ってるの?」
父はカップを置くと、僕のことを見てきた。
「翔吾、自分に嘘をつくなよ?」
「嘘?……さっきからなにを?」
「お前はあの子の事が好きだろう?」
「……」
真っ直ぐ見てくる父の目をつい逸らしてしまった。
そんな行動を取ってしまえば、肯定しているようなものだが、頭より体のが先に動いていた。
「やっぱりな」
父はスッと立つと庭に数歩、歩んでいき空を眺めながら話しかけてきた。
「凄いと思わないか?この星には何十億って人が生きているのに、出会える人なんて星の数より少ない。
そんな出会いのなかで、お互いが好きになるなんて天文学的な確率だと思う。
……言いたい事、お前なら分かるだろう?」
「父さん……」
くるっと振り返り向かい合ってくる。
「これから長い人生のなかで、あの子以外にも会ったりすると思う。
でも、自分の気持ちに嘘をつくな。失ったら戻ってこないぞ、心も時間も」
父の言葉は客席で聞いた彼女や演者達の声よりも重く、そして心の真ん中に深く突き刺さった。
それと同時に今まで過ごしてきた時間を思い返すと一つの答えが出た。
「……ありがとう。父さん」
僕は迷うことを止めると、不器用ながら父へ笑顔を向けた。
「梢ちゃんの体はどう?」
助手席に座る僕は窓の外を漫然と見ており、反応するまでに少し時間がかかった。
「あ、あぁ、……うん、大丈夫だと思う」
「思うって……無理しそうならちゃんと止めなきゃダメよ」
「分かってるよ!」
止めれるものなら止めたい。
それこそ完全に壊れてしまう前に…。
痛みだって最初の頃より強くなり、出しづらくなっているはずだ。
それでも彼女は絶対にやめる事はないだろう。
叶えたい夢はもうそこまで迫っているのだから。
僕の苛立つ声を聞き、母はそれ以上追従する事なく車を走らせ、目的地へと向かった。
そして着いた場所は、空港だった。
今日は5年ぶりに父が日本に帰ってくる日だ。
待ち人を今か今かと首を左右に揺らし、落ち着きのない行動を母は取っている。
ぞろぞろと人の波がゲートを通過していく中で目的の人物を見つけると駆け寄っていった。
ダークスーツを見に纏い、大きなキャリーケースを引く父は、駆け寄った母を優しく抱きしめていた。
一言、二言、会話を交わすとゆっくり僕の方へと歩んできた。
「ただいま、翔吾」
「おかえり、父さん」
5年ぶりに会った父、隆史は以前には無かった白髪が所々混じり、掛けている黒縁眼鏡は丸めの形からシャープな形へと変わっていた。
「……5年ぶりか」
「そうだね」
目の前にいる父は少し痩せた気がする。
以前はもう少し頬が卵のように丸みがあったと思うが、今は少しコケており、目の下にはクマがはっきりと現れているところを見ると、海外生活の大変さが窺える。
「疲れたでしょ?早く帰りましょう」
母は父が引くキャリーケースを持とうとするが、それをやんわりと断った。
「いや、大丈夫。君には迷惑を変えてばかりだから。
それにこうやって二人に会えたんだ。何か食べて帰ろう」
「……あなた」
「翔吾、なにがいい?」
「えっ……いいよ。久しぶりに帰ってきたんだ、父さんが食べたいものにしなよ」
しかし、父は首を振り語りかけてくる。
「親っていうのは、子がしたいことを全力で見守ったり、叶えようとするものだ。
遠慮なんてしなくていい、子が遠慮してしまうと親は困ってしまう。
本心がどこにあるかわからなくなるからな」
父は昔からこうだ。
自分よりも他人。
困っていれば手を差し伸べるし、辛いと思うことがあれば、全力で耳を傾ける。
海外転勤だって本当は自分じゃなく、他人だったのに新婚で離れさすのはあんまりだと上司に詰め寄った結果だから。
「……じゃあ、カレー」
僕は父の好物を選んだ。
すると、父は軽く頷きポンと頭に手を乗せてくる。
その日の夜、父は母とではなく、僕と夜中まで縁側に腰掛け話し込んだ。
「聞いたぞ、向かいのあの子が役者を目指しているんだって?」
「まぁ、ね」
「それに、その練習にお前も付き合っているんだってな」
「……うん」
「で、どうなんだ?役者になれそうか?」
「……わからない。いま、結果を待ってる所だから」
「そうか」
寒空の中、互いに持つコーヒーカップから沸き立つ湯気はいつの間にか無くなり、暖かった手は次第にカップと同じ温度へと変わっていった。
「人って変わるものだな。昔のあの子はどこか殻に閉じこもっているように見えたが」
「そう、だね……」
的確な分析に僕は横目で父の事を見た。
「でも、何かきっかけがあったんだろう。それが大きな転機になったみたいだな」
「うん」
「……それは、お前でもあるんじゃないか?」
「えっ」
「……図星か」
「なに言ってるの?」
父はカップを置くと、僕のことを見てきた。
「翔吾、自分に嘘をつくなよ?」
「嘘?……さっきからなにを?」
「お前はあの子の事が好きだろう?」
「……」
真っ直ぐ見てくる父の目をつい逸らしてしまった。
そんな行動を取ってしまえば、肯定しているようなものだが、頭より体のが先に動いていた。
「やっぱりな」
父はスッと立つと庭に数歩、歩んでいき空を眺めながら話しかけてきた。
「凄いと思わないか?この星には何十億って人が生きているのに、出会える人なんて星の数より少ない。
そんな出会いのなかで、お互いが好きになるなんて天文学的な確率だと思う。
……言いたい事、お前なら分かるだろう?」
「父さん……」
くるっと振り返り向かい合ってくる。
「これから長い人生のなかで、あの子以外にも会ったりすると思う。
でも、自分の気持ちに嘘をつくな。失ったら戻ってこないぞ、心も時間も」
父の言葉は客席で聞いた彼女や演者達の声よりも重く、そして心の真ん中に深く突き刺さった。
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「……ありがとう。父さん」
僕は迷うことを止めると、不器用ながら父へ笑顔を向けた。
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