君から届く声を、僕は守りたい

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「翔吾くん……」

僕は答えが出ず、俯いて黙り込んでしまった。
この広く空調も入っていない客席の中は、ただじっとしているだけでは雪山のように寒く、底冷えから軽く身震いしてしまう。

「何か言ってよ……」

何も言わない僕の腕を掴み、答えを求める彼女だったが、僕はまだ結論を出せずにいた。
すると、掴んだ手を離し落ちた名刺を拾うためしゃがみ込んだ彼女の姿が目に入り、その手には一粒の涙が落ちているのに気付いた。

「……逃げないで」

上を向く彼女の顔は、目は、もう真っ赤だった。
その姿に僕は頭を後ろから思いっきり殴られたような衝撃を受けた。

こんなに悲しませて何をしているんだ。
もう迷わないと決めたはずじゃないか。

「……君はプロになるんだ」
「えっ」
「断るべきじゃない」
「でも、私達もう会えなくなるかも知れないんだよ?それでもいいの?
私は嫌だ。君と離れるくらいなら……」
「ダメだ!!」

僕は座り込む彼女と同じ高さになるようにしゃがんだ。

「もう一度言う。君はプロになるんだ。
そんなちっぽけな問題で夢を捨てることを選んだら僕は君を嫌いになる」
「どうしてそういうの……」
「君はあの日、僕に誓ったはずだ。高校にも行かず、この道を目指すって。それは嘘なのか?違うだろ?
こうやって君の声に可能性を感じ認めてくれた人がいる。その人にも迷惑だ。
それに僕は言った。
君の声をステージから聞きたいって。それすら奪う気か??」
「……」
「僕だって君と離れるのは嫌だ。だって……」

僕は立ち上がり手を差し出すと、彼女はその手を掴み立ちあがる。

「僕は君のことが好きだ。この先歩む人生に君が隣にいて欲しい。だから……付き合って欲しい」

「……それは、セリフなの?」

「いや、違う。青山翔吾としての言葉だ。聞こえなかったのなら何度でも言う。
僕は……」

言いかけた瞬間、僕の胸に彼女は飛び込んでくると同時に、背に手を回してくる。

「医者になるまで付き合えないって言ったじゃん……。嘘をついていたの?」
「君も僕に嘘をついたでしょ?だからこれでおあいこさ」

僕は両肩に手を置き、彼女を引き離すと見つめあった。

「本当にいいの……?」
「それは何に対して?」
「全部だよ!役者も、離れる事も、付き合うのも!!」
「うん、いいよ。全部ひっくるめて僕はこの世界で君が一番好きだから」

僕らはこの日、恋人同士になった。
その瞬間、身震いするくらい寒かったこの場所がほんの少しだけ暖かくなった。
それはお互いの心臓が早く動いているためか、それとも…。

すると、突然彼女の携帯が鳴り出し、二人同時に体をビクつかせ画面を確認するとアラームと表示されていた。
どうやら許可された時間を超えないよう5分前に鳴るように設定していたようだ。

「ねぇ、ひとつお願いがある」
「なに?」
「付き合った記念に一緒に写真撮りたい」
「ここで?」
「うん、誰もいない客席なんてそうそう無いから。……ほら、時間が来ちゃうから早く!」

彼女に急かされる形で、僕らは肩をくっつけ画面に収まると、シャッター音が響いた。
満面の笑みを浮かべる彼女に対し、不器用な笑みを作る僕。
客席を背景に撮ったこの写真は、これから僕らの宝物になるだろう。

そして、許可された時間を迎えると、僕らは手を繋ぎ客席を後にした。
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