1 / 21
1
しおりを挟む満天に無数の星々がきらめく、初夏とは思えぬほど暑苦しい夜だった。
二十二時をまわり、真新しい一軒家やアパートが碁盤の目のように立ち並ぶ新興住宅地からは、すっかり人気が失せている。それでも就寝するには早い時刻だ。窓から部屋の灯りが漏れている家々も多い。
――帰れる家があるっていいな。
いや、帰る場所を持たない今が異常なのだけど。
「はあ……」
とぼとぼと歩道を歩いていた朝哉はすっかり意気消沈した様子でため息をついた。
昼間から何も食べていなかった。とりあえず何か口にしないと、空腹でこれからのことを考えられそうもない。
「とりあえずコンビニ行くか……」
目的地まであと百メートルほど。黒いアスファルトを照らしだす眩い光は、二十四時間絶えることなく道行く人々を迎え入れてくれる。
辿り着いた広めの駐車場には軽自動車が二台。たった十分歩いただけなのに、長い間このあたりを彷徨っていたような気分だ。店の陰に停められた真新しい自転車を尻目に、朝哉は光に惑わされた虫のようにゆらゆらと自ら吸い込まれた。
自動ドアをくぐった瞬間ひやりとした冷気が身を包む。肌寒さを覚えながら、顔を俯けたままそそくさと窓際の雑誌コーナーへと向かう。いつの間にか黒のスニーカーが泥に汚れていた。路傍の花壇や草地に擦り付けてしまったのだろう。今日はとことんついていない日だ、と肩を落として、ふと顔を上げる。暗闇を透かすガラスが鏡のように反射して、気落ちした自分の顔がぼんやりと浮かび上がっていた。
自信なげな黒目がちの瞳に、きゅっと一文字に引き結ばれた唇。その右半分は横に流した長い前髪に覆い隠されていて、まだ二十歳を過ぎたばかりの青年の翳をよりいっそう色濃く見せている。身長は平均かそれより少し高い程度で、骨格が華奢なのと筋肉がつきにくい体質なのとで、中高と部活に打ち込んだにも関わらず細身だった。纏うのはシンプルな黒のTシャツと夏らしい淡い色をした薄手のデニム。どちらも安物だけれど、きちんと自分の体型に合うものを選ぶようにしている。
いつも以上に辛気臭い顔に嫌気がさし、朝哉は顔を背けた。出来る限り顔が見えないように前髪を撫でつけながらドリンクコーナーへ向かおうとし――角を曲がりかけて、予想外の人影に思わずたたらを踏んで踏みとどまった。
――あの人だ!
日用雑貨が並ぶ陳列棚から、そうっと顔を出して様子を窺う。唐突に心臓が早鐘を打ち始める。そのひとはバックヤードへ続く扉の真横で、冷蔵庫から取り出したアルコールのラベルを眺めているところだった。フレームが太めの黒縁眼鏡に、ライトグレーのマスクがトレードマーク。髪はライトブラウンで、切り揃えられているものの癖が強すぎるのかいつもどこかしらはねている。仕事道具が詰め込まれているらしい重たげな黒のショルダーバッグを欠かせたことは無い。ともすれば野暮ったく見えそうな特徴を兼ね揃えた彼は、背が高くて見惚れるほどスタイルが良かった。
朝哉がバイト帰りにこのコンビニ立ち寄ると、週二ぐらいの頻度で遭遇する、名前も知らない男。
何の因果か、彼は必ず朝哉と似たような服を着ている。
メンズ服なんてレパートリーが限られているし、色味が被るぐらいありがちのことだと思われるだろう。でも会うたび必ずとなると偶然では済まされない気がしてくる。そのことに気付いたのは確か遭遇三回目のこと、今年の一月の話だ。それ以前も、何度か彼の姿を見かけることはあった。いつも真剣な顔で季節限定フレーバーや新商品のパッケージを見つめていて、そのあまりに真剣な眼差しについ視線が吸い寄せられてしまうのだ。その頃は、ただ興味深く、通りすがりに彼とその手元をちらっと盗み見ていたりした。朝哉が入荷に気付いていなかった商品も多く、彼が立ち去った後に同じものを購入することもあった。名前も知らない赤の他人だけれど、朝哉にとっては近場のちょっとしたインフルエンサーだ。
勝手に親しみを覚えていたのだが、こういった奇跡的な偶然が何度も重なると変に意識してしまって、近づくことさえ憚られる気がしてしまう。朝弥がもっと人懐こくて、自分に自信のあるタイプだったら堂々としていられたかもしれない。うっかり視線が合っても愛想よく笑って、会釈をして『また同じ服ですね』と目配せで会話して立ち去れる、そんな度胸が欲しい。存在を知られたら変な人だと思われてしまいそうで、いつも反射的に物陰に隠れてしまう。
自意識過剰なのでは、という自覚はある。あの人はきっと、朝哉のことなんて目に入っていない。
――でもまあ、俺みたいな冴えないヤツと似た服を着てるなんて、気づきたくもないだろうし。
朝哉がため息を吐くのと共に、新商品をカゴに放り込んだ男がスイーツコーナーへ向かった。先週、抹茶のシュークリームを四つも五つも購入したのを覚えている。風味を一新したのをウリにしていて、その何かが彼の琴線に触れたのだろう。今日はあまり食欲がないし、自分も食べてみようか。そんなことを思いながら、例の同じ服の男がレジに並ぶのを見送ってPBの烏龍茶を手に取る。食費は出来るだけ削りたい。貯金のほとんどは後期の授業料で、自由に使える部分が十三万ほど。この十三万でひとまずネカフェに避難しつつ食い繋ぎ、新しい住処とバイトを見つけなくてはならない。引っ越し費用だって必要なのだ。
「……考えるほど憂鬱になるなあ……」
どうしてこんなにも不幸が続くのか。行く末が不安すぎて胃の辺りがきりきり痛む。
二週間前、朝哉のバイト先が突然潰れた。夏季休暇前とあってレポートや試験が重なり、次のバイト先を探す余裕はなかった。けして要領のよくない朝哉にとっては、課題が山積みとなっただけで限界だったのだ。
そして、生活費を払えないなら出ていけ――と社会人の彼女の家を追い出されたのが、つい三時間前のことだった。
17
あなたにおすすめの小説
既読無視の年下幼馴染みの部屋に行ったら、アイドルグッズだらけだった。しかも推しは俺
スノウマン(ユッキー)
BL
国民的アイドルの朝比奈 春人(あさひな はると)はいつもラインを既読無視する年下の幼馴染、三上 直(みかみ なお)の部屋をとある理由で訪れる。すると部屋の中はアイドルのグッズだらけだった、しかも全部春人の。
『幼馴染の弟ポジジョン×国民的アイドルのお兄さん』になる前のドタバタコメディです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
双子のスパダリ旦那が今日も甘い
ユーリ
BL
「いつになったらお前は学校を辞めるんだ?」「いつになったら俺らの仕事の邪魔をする仕事をするんだ?」ーー高校二年生の柚月は幼馴染の双子と一緒に暮らしているが、毎日のように甘やかされるも意味のわからないことを言ってきて…「仕事の邪魔をする仕事って何!?」ーー双子のスパダリ旦那は今日も甘いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる