拾ってくれたスパダリ(?)が優しすぎて怖い

澪尽

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 満天に無数の星々がきらめく、初夏とは思えぬほど暑苦しい夜だった。
 二十二時をまわり、真新しい一軒家やアパートが碁盤の目のように立ち並ぶ新興住宅地からは、すっかり人気が失せている。それでも就寝するには早い時刻だ。窓から部屋の灯りが漏れている家々も多い。
 ――帰れる家があるっていいな。
 いや、帰る場所を持たない今が異常なのだけど。

「はあ……」

 とぼとぼと歩道を歩いていた朝哉あさやはすっかり意気消沈した様子でため息をついた。
昼間から何も食べていなかった。とりあえず何か口にしないと、空腹でこれからのことを考えられそうもない。

「とりあえずコンビニ行くか……」

 目的地まであと百メートルほど。黒いアスファルトを照らしだす眩い光は、二十四時間絶えることなく道行く人々を迎え入れてくれる。
 辿り着いた広めの駐車場には軽自動車が二台。たった十分歩いただけなのに、長い間このあたりを彷徨っていたような気分だ。店の陰に停められた真新しい自転車を尻目に、朝哉は光に惑わされた虫のようにゆらゆらと自ら吸い込まれた。

 自動ドアをくぐった瞬間ひやりとした冷気が身を包む。肌寒さを覚えながら、顔を俯けたままそそくさと窓際の雑誌コーナーへと向かう。いつの間にか黒のスニーカーが泥に汚れていた。路傍の花壇や草地に擦り付けてしまったのだろう。今日はとことんついていない日だ、と肩を落として、ふと顔を上げる。暗闇を透かすガラスが鏡のように反射して、気落ちした自分の顔がぼんやりと浮かび上がっていた。

 自信なげな黒目がちの瞳に、きゅっと一文字に引き結ばれた唇。その右半分は横に流した長い前髪に覆い隠されていて、まだ二十歳を過ぎたばかりの青年の翳をよりいっそう色濃く見せている。身長は平均かそれより少し高い程度で、骨格が華奢なのと筋肉がつきにくい体質なのとで、中高と部活に打ち込んだにも関わらず細身だった。纏うのはシンプルな黒のTシャツと夏らしい淡い色をした薄手のデニム。どちらも安物だけれど、きちんと自分の体型に合うものを選ぶようにしている。

 いつも以上に辛気臭い顔に嫌気がさし、朝哉は顔を背けた。出来る限り顔が見えないように前髪を撫でつけながらドリンクコーナーへ向かおうとし――角を曲がりかけて、予想外の人影に思わずたたらを踏んで踏みとどまった。

 ――あの人だ!

 日用雑貨が並ぶ陳列棚から、そうっと顔を出して様子を窺う。唐突に心臓が早鐘を打ち始める。そのひとはバックヤードへ続く扉の真横で、冷蔵庫から取り出したアルコールのラベルを眺めているところだった。フレームが太めの黒縁眼鏡に、ライトグレーのマスクがトレードマーク。髪はライトブラウンで、切り揃えられているものの癖が強すぎるのかいつもどこかしらはねている。仕事道具が詰め込まれているらしい重たげな黒のショルダーバッグを欠かせたことは無い。ともすれば野暮ったく見えそうな特徴を兼ね揃えた彼は、背が高くて見惚れるほどスタイルが良かった。

 朝哉がバイト帰りにこのコンビニ立ち寄ると、週二ぐらいの頻度で遭遇する、名前も知らない男。

 何の因果か、彼は必ず朝哉と似たような服を着ている。

 メンズ服なんてレパートリーが限られているし、色味が被るぐらいありがちのことだと思われるだろう。でも会うたび必ずとなると偶然では済まされない気がしてくる。そのことに気付いたのは確か遭遇三回目のこと、今年の一月の話だ。それ以前も、何度か彼の姿を見かけることはあった。いつも真剣な顔で季節限定フレーバーや新商品のパッケージを見つめていて、そのあまりに真剣な眼差しについ視線が吸い寄せられてしまうのだ。その頃は、ただ興味深く、通りすがりに彼とその手元をちらっと盗み見ていたりした。朝哉が入荷に気付いていなかった商品も多く、彼が立ち去った後に同じものを購入することもあった。名前も知らない赤の他人だけれど、朝哉にとっては近場のちょっとしたインフルエンサーだ。

 勝手に親しみを覚えていたのだが、こういった奇跡的な偶然が何度も重なると変に意識してしまって、近づくことさえ憚られる気がしてしまう。朝弥がもっと人懐こくて、自分に自信のあるタイプだったら堂々としていられたかもしれない。うっかり視線が合っても愛想よく笑って、会釈をして『また同じ服ですね』と目配せで会話して立ち去れる、そんな度胸が欲しい。存在を知られたら変な人だと思われてしまいそうで、いつも反射的に物陰に隠れてしまう。
 自意識過剰なのでは、という自覚はある。あの人はきっと、朝哉のことなんて目に入っていない。

 ――でもまあ、俺みたいな冴えないヤツと似た服を着てるなんて、気づきたくもないだろうし。

 朝哉がため息を吐くのと共に、新商品をカゴに放り込んだ男がスイーツコーナーへ向かった。先週、抹茶のシュークリームを四つも五つも購入したのを覚えている。風味を一新したのをウリにしていて、その何かが彼の琴線に触れたのだろう。今日はあまり食欲がないし、自分も食べてみようか。そんなことを思いながら、例の同じ服の男がレジに並ぶのを見送ってPBの烏龍茶を手に取る。食費は出来るだけ削りたい。貯金のほとんどは後期の授業料で、自由に使える部分が十三万ほど。この十三万でひとまずネカフェに避難しつつ食い繋ぎ、新しい住処とバイトを見つけなくてはならない。引っ越し費用だって必要なのだ。

「……考えるほど憂鬱になるなあ……」

 どうしてこんなにも不幸が続くのか。行く末が不安すぎて胃の辺りがきりきり痛む。
 二週間前、朝哉のバイト先が突然潰れた。夏季休暇前とあってレポートや試験が重なり、次のバイト先を探す余裕はなかった。けして要領のよくない朝哉にとっては、課題が山積みとなっただけで限界だったのだ。

 そして、生活費を払えないなら出ていけ――と社会人の彼女の家を追い出されたのが、つい三時間前のことだった。

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