2 / 21
2
しおりを挟む
コンビニを出て、ふらふらと近くの公園へ足を運んだ。遊具はないが、外周をぐるりと樹木に囲まれていて、いくつかベンチが並んでいる。公園というよりは広場に近く、近所の園児が日中に散歩に来ているのをよく見かけた。
その中の街頭に一番近いベンチに腰を下ろし、小さくため息をついた。スマホをつけてみると、充電は九十パーセント、時刻は二十二時半だ。ここから徒歩で五十分ほどの友人宅に泊めてもらおうと連絡を入れてみたが、既読すらついていない。おそらくバイトの最中なのだろう。ここで一晩過ごすことも考えなくてはならない。
――どうにか食い下がって、もう一晩ぐらいおいてもらえばよかったかな。
ありえないな、と思わず苦笑した。他人に無理を強いるなんて度胸、自分にはない。
昔から、他人どころか家族にさえ迎合して生きてきた。敵を作ること、争うこと、自分の意見を伝えること、どれもこれも苦手だったけれど、一番の理由は悪目立ちしたくなかったからだ。
幼い頃の朝哉の日常は平和そのものだった。幼稚園、書道教室、学校のクラス、どこを見てもいじめや犯罪の匂いはない。そういったことは、朝哉にとってアニメやドラマの別世界のことのようだった。もちろん多少の揶揄いや小競り合いはあったけれど、お互いに謝罪しあえば翌日には元通り友人に戻れる。今考えると、たまたまそういう気質の子ばかり集まる幸せな環境にいたのだろう。ふとした瞬間にほころびを見せても、大人が介入したり、あるいは周りに大勢いる『良い子』に希釈されて、それ以上、事態が悪化することはなかった。それが普通なのだと、当時は信じて疑わなかった。朝哉は真っすぐに育ち、どちらかというと、今とは逆に活発に走り回るタイプだった。
自分を押し殺すようになったきっかけは、小学校中学年のとき。クラスで一目置かれていたリーダー的な少年と、クラスメイトの一人が大ゲンカをした。原因はよく覚えていないけれど、グループ発表のテーマ決めとか、グループ対抗のクイズ大会で優勝を逃した件で責任の擦り付け合いをしていた、とかだった気がする。その二人は親友と呼べるぐらい仲が良くて、いつも一緒に行動していたほどだった。朝哉もよく休み時間にサッカーをして遊んだり、自宅に遊びに行ったりしてそれなりに仲が良い方だった。
だから、リーダー格の子とその取り巻きが大勢でたった一人のクラスメイトを理不尽に詰り始めた時、本当に自分の目を疑った。仲裁しなくてはと思った時には、リーダー格に敵対した子が一発、既に思いっきり殴られていた。翌日からその子は腫れ物のように扱われ、次第に無視や仲間外れといった子供じみたいじめの標的となった。みんな、リーダーの少年が恐ろしくて歯向かえなかった。その後、この仕打ちはあんまりだと彼を庇ったクラスメイトも現れたが、今度はその子がいじめられるようになった。驚いたのが、入れ替わりで対象を外れた最初に殴られた少年が何事もなかったようにクラスの中心へ舞い戻り、周囲も以前と同じように接し始めたことだった。救い出してくれた恩人には目もくれず、彼を生贄にして這い上がったのだ。
出る杭は打たれるのだということを、朝哉は学んだ。ならばいっそ流れる水のように自身の意思を歪め、他人に染まってしまえばいい。
自分でも繊細過ぎるとは思うけれど、朝哉を引っ込み思案の小心者へと変貌させるには十分すぎる出来事だった。
のけ者にされるのが恐ろしくて、中学、高校、大学と進学しても、他人のノリに合わせ続ける道を選んできた。去年の秋ごろの話だ、断り切れずに参加した合コンで二歳年上の彼女と知り合った。ちょうど昨年結婚した姉が里帰り出産するというので独り暮らしをすることとなったが、なかなか条件に合う物件が見つからない。悩んでいたところへ彼女から部屋が余っているから一緒に住めばいいとの提案を受け、では新居が決まるまで、と転がり込むこととなった。食費と光熱費で月に三万五千円入れ、家事のほとんどを受け持つことが条件だった。
それがだらだらと続いたから、彼女も痺れを切らしたのだろう。あるいは朝哉の頼りなさに愛想が尽きたのか。理知的で姉御肌だった彼女にしては性急に、猶予期間も与えられないまま部屋を追い出されて、今に至る。
サンドイッチの封を切り、角にかじりつく。ミックスサンドの一つ目はハムとレタスだった。三分の一ほど食べて烏龍茶を流し込んだそのとき。
「何してるんです?」
唐突に声をかけられて、危うくむせるところだった。食事に夢中で近づいてくる人の気配に全く気付けなかったらしい。周囲を見回すと、街灯の光の届かないところにぼんやりと人影が浮かび上がっている。
その中の街頭に一番近いベンチに腰を下ろし、小さくため息をついた。スマホをつけてみると、充電は九十パーセント、時刻は二十二時半だ。ここから徒歩で五十分ほどの友人宅に泊めてもらおうと連絡を入れてみたが、既読すらついていない。おそらくバイトの最中なのだろう。ここで一晩過ごすことも考えなくてはならない。
――どうにか食い下がって、もう一晩ぐらいおいてもらえばよかったかな。
ありえないな、と思わず苦笑した。他人に無理を強いるなんて度胸、自分にはない。
昔から、他人どころか家族にさえ迎合して生きてきた。敵を作ること、争うこと、自分の意見を伝えること、どれもこれも苦手だったけれど、一番の理由は悪目立ちしたくなかったからだ。
幼い頃の朝哉の日常は平和そのものだった。幼稚園、書道教室、学校のクラス、どこを見てもいじめや犯罪の匂いはない。そういったことは、朝哉にとってアニメやドラマの別世界のことのようだった。もちろん多少の揶揄いや小競り合いはあったけれど、お互いに謝罪しあえば翌日には元通り友人に戻れる。今考えると、たまたまそういう気質の子ばかり集まる幸せな環境にいたのだろう。ふとした瞬間にほころびを見せても、大人が介入したり、あるいは周りに大勢いる『良い子』に希釈されて、それ以上、事態が悪化することはなかった。それが普通なのだと、当時は信じて疑わなかった。朝哉は真っすぐに育ち、どちらかというと、今とは逆に活発に走り回るタイプだった。
自分を押し殺すようになったきっかけは、小学校中学年のとき。クラスで一目置かれていたリーダー的な少年と、クラスメイトの一人が大ゲンカをした。原因はよく覚えていないけれど、グループ発表のテーマ決めとか、グループ対抗のクイズ大会で優勝を逃した件で責任の擦り付け合いをしていた、とかだった気がする。その二人は親友と呼べるぐらい仲が良くて、いつも一緒に行動していたほどだった。朝哉もよく休み時間にサッカーをして遊んだり、自宅に遊びに行ったりしてそれなりに仲が良い方だった。
だから、リーダー格の子とその取り巻きが大勢でたった一人のクラスメイトを理不尽に詰り始めた時、本当に自分の目を疑った。仲裁しなくてはと思った時には、リーダー格に敵対した子が一発、既に思いっきり殴られていた。翌日からその子は腫れ物のように扱われ、次第に無視や仲間外れといった子供じみたいじめの標的となった。みんな、リーダーの少年が恐ろしくて歯向かえなかった。その後、この仕打ちはあんまりだと彼を庇ったクラスメイトも現れたが、今度はその子がいじめられるようになった。驚いたのが、入れ替わりで対象を外れた最初に殴られた少年が何事もなかったようにクラスの中心へ舞い戻り、周囲も以前と同じように接し始めたことだった。救い出してくれた恩人には目もくれず、彼を生贄にして這い上がったのだ。
出る杭は打たれるのだということを、朝哉は学んだ。ならばいっそ流れる水のように自身の意思を歪め、他人に染まってしまえばいい。
自分でも繊細過ぎるとは思うけれど、朝哉を引っ込み思案の小心者へと変貌させるには十分すぎる出来事だった。
のけ者にされるのが恐ろしくて、中学、高校、大学と進学しても、他人のノリに合わせ続ける道を選んできた。去年の秋ごろの話だ、断り切れずに参加した合コンで二歳年上の彼女と知り合った。ちょうど昨年結婚した姉が里帰り出産するというので独り暮らしをすることとなったが、なかなか条件に合う物件が見つからない。悩んでいたところへ彼女から部屋が余っているから一緒に住めばいいとの提案を受け、では新居が決まるまで、と転がり込むこととなった。食費と光熱費で月に三万五千円入れ、家事のほとんどを受け持つことが条件だった。
それがだらだらと続いたから、彼女も痺れを切らしたのだろう。あるいは朝哉の頼りなさに愛想が尽きたのか。理知的で姉御肌だった彼女にしては性急に、猶予期間も与えられないまま部屋を追い出されて、今に至る。
サンドイッチの封を切り、角にかじりつく。ミックスサンドの一つ目はハムとレタスだった。三分の一ほど食べて烏龍茶を流し込んだそのとき。
「何してるんです?」
唐突に声をかけられて、危うくむせるところだった。食事に夢中で近づいてくる人の気配に全く気付けなかったらしい。周囲を見回すと、街灯の光の届かないところにぼんやりと人影が浮かび上がっている。
39
あなたにおすすめの小説
既読無視の年下幼馴染みの部屋に行ったら、アイドルグッズだらけだった。しかも推しは俺
スノウマン(ユッキー)
BL
国民的アイドルの朝比奈 春人(あさひな はると)はいつもラインを既読無視する年下の幼馴染、三上 直(みかみ なお)の部屋をとある理由で訪れる。すると部屋の中はアイドルのグッズだらけだった、しかも全部春人の。
『幼馴染の弟ポジジョン×国民的アイドルのお兄さん』になる前のドタバタコメディです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
双子のスパダリ旦那が今日も甘い
ユーリ
BL
「いつになったらお前は学校を辞めるんだ?」「いつになったら俺らの仕事の邪魔をする仕事をするんだ?」ーー高校二年生の柚月は幼馴染の双子と一緒に暮らしているが、毎日のように甘やかされるも意味のわからないことを言ってきて…「仕事の邪魔をする仕事って何!?」ーー双子のスパダリ旦那は今日も甘いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる