拾ってくれたスパダリ(?)が優しすぎて怖い

澪尽

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 巡回中の警官かな、と反射的に身を固くした。不審者だと思われたのかもしれない。
身分証明書は、たしか学生証が財布にある。危険物は所持していないし、後ろめたいことは何もない。けれど現状をどう説明すべきか――そんなことを考えて硬直していると、その人が灯りの方へ一歩、二歩と歩み出た。
 言葉を失った。現れたのは警官でも友人でもない。先ほどコンビニで見かけたばかりの、いつも朝哉と服装がかぶるあの男性だった。

「不審な者じゃありません。その、熱帯夜にこんなとこで座り込んでいるのを見かけたので。体調でも悪いのかな、と気になって」
「…………」
「あれ……たまにコンビニで鉢合わせてるんですが……すみません、気づいてると思ってた」
「えっ、あ、いえ、き、気づいて、とは……?」
「僕たち、どうしてか服装がかぶってるんですよ、今日もほら」

 苦笑交じりに言われて、かあっと頬に熱が集まるのを感じた。言葉が上手く出てこない。まさか彼にも認識されていただなんて想像もしていなかった。

「たまに僕と同じものを買っているようだったから、勝手に親近感も湧いていたのですが」

 そんなところまで見られていたとはつゆ知らず、朝哉はぎょっと目を瞠って口をつぐんだ。ついすっとぼけてしまったが、彼は全部知っていてこんな不審人物に声をかけてくれたのだ。恥ずかしさといたたまれなさですぐにこの場から逃げ出したくなってしまう。

「僕、近くに住んでいる仙崎直嗣せんざきなおつぐと言います。あの、それで大丈夫ですか? 飲み物とかいります?」
「いえ、体調は何ともないんです、お気遣いいただいてすみません」
「体調〝は〟、ですか」

 訝しげな仙崎にじいっと見つめられ、落ち着かない気分になって視線が彷徨う。朗らかな口調なのに、なんだか叱られているような緊張感をはらんでいた。

「何があったんです? よければ話を聞かせてください」

 それは申し訳ないと断るよりも早く、仙崎は少し間隔を空けて朝哉の隣に腰を下ろしてしまった。両手を組み、両膝に肘を乗せて前のめりにこちらの様子を窺っている。すっかり腰を据えて話を聞く態勢だ。

 こういう強引な善意の押し付けに、朝哉は弱い。その中に僅かでも悪意が見えればそそくさと逃げるなり断るなりする程度の気概はあるのだが、仙崎は真剣に朝哉の心配をしてくれているようだった。

「大したことじゃないんです。その、家を追い出されてしまって」

 するっと言葉が出て、自分でも驚いた。赤の他人にこんなことを打ち明けてしまうだなんて、普段ではありえないことだった。朝哉はおそるおそる仙崎の顔を見た。面倒なことに巻き込まれた、とか、突然何を言い出すんだ、とか、悪い印象を与えてしまったのではないかと内心ひやひやする。

 けれど朝哉の杞憂だったようで、仙崎は痛ましげな顔でかけるべき言葉を探している最中だった。

「それは……大変、でしたね」

 朝哉は力なく首を横に振った。自分の不甲斐なさが引き起こした事件だ、なんとか乗り切るしかない。

「それで、友達から返信はあったんですか?」
「えっと、……いえ、ダメみたいですね。二時までやってる居酒屋でバイトしてるので、朝方まで気づいてもらえないと思います」

 朝哉は友人が多い方ではなく、近所に住んでいるのはその友人だけだった。もともと他人に甘えるのが苦手な性質だ、たとえ知人が近所に住んでいたとしても連絡はしないだろう。図々しい真似をして迷惑をかけて、嫌われたくない。
 自分なら大丈夫です――そう話を聞いてくれた礼を言おうと口を開いた朝哉に予想外の言葉が投げかけられた。

「それなら、うちに来ますか?」
「……へ?」

 目を丸くして仙崎の顔を見ると、彼はマスクを引き下げてにっこりと毒のない笑みを浮かべた。唇の薄い、優しげな甘い顔立ちが露になり、朝哉ははっ、と息を呑んだ。彼の顔を見たのは今日が初めてだった。額が秀でていて、鼻筋はすうっと通っている。レンズの奥で瞬く瞳は明敏そうな印象を与え、大人の余裕を滲ませた微笑みは彼を飄然と見せた。
 勝手に親近感を抱いていた人物との距離がさらに近づいた気配に、なおさら落ち着かなくなってしまう。

「僕の家、ここから歩いて五分もかからないんですよ。ちょうど仕事から帰るところだったし、一人暮らしですし、君が寝るところぐらいはありますよ」
「そんな、でも、悪いですし……」

 朝哉は慌てた。揶揄われているのかと思ったが、仙崎は思いのほか真剣な眼をしていた。
 見ず知らずの人の――結果的には顔見知りだったが、初めて言葉を交わした他人の家に上がり込むなんてあまりに申し訳がない。それに、何だか怖い。仙崎がそんな人には見えないけれど、家に連れ込まれてよくわからないセミナーの勧誘を受けるなんて話も聞く。親切心からであっても、彼の提案は不自然というか行き過ぎている気がした。

「遠慮しないでくださいよ、どうしてか服装がかぶるのも、今日ここで君を見つけたのも、何かの縁じゃないですか。まあ、僕はあんまり運とか縁とかスピリチュアルなものは信じてないけど……、君、なんだか放っておけないオーラが出てるから」

 結局オカルトみたいな言い方になった、と仙崎は照れたように笑った。
 前にもこんなセリフを誰かに言われたような気がして、朝哉は目を瞬かせた。
 そうだ、彼女――いや、今は元カノ、か。彼女、茉穂も行き場を無くしていた朝哉に救いの手を差し伸べて、「あんた、なんか放っておけないのよねえ」とぼやいていた気がする。

「ここで蚊に襲われながら夜を過ごすよりマシだと思うけれど。シャワーも使いたいだろうし、どうですか」
「えっと……本当に、よろしいんでしょうか」
「ええ、誘ったのは僕の方だから」
「でも、その、俺が良い奴とは限らないじゃないですか。何か盗んで出ていくかも……」
「はは、悪人は正直にそんなこと言わないと思いますよ。盗られて困るようなものは金庫に預けてるし。でも、そうですね、念のために連絡先ぐらいは聞いておきたいところですけど、あまり心配していません」

 揶揄うような口調だったけれど、そこに悪意は隠れていなくて、悪い気分ではなかった。むしろその陽気さに引き上げられるように気分が前を向いてきたような気がする。彼の口調が砕け始めているのも関係しているだろう、朝哉の緊張も少しだけ解れてきていた。
 少し自棄になっている節もあったのだろう、普段ならこんな怪しげな誘いなどにべもなく断っていただろうから。

「あの……お邪魔でなければ、一晩、泊めていただけますか?」

 仙崎はにっこりと笑って、もちろん、と頷いてくれた。

「ところで、君の名前を伺っても?」
「あっ……俺、堀末朝哉です、お好きに呼んでいただけたら……あと、敬語じゃなくて、大丈夫です」

 朝哉が慌てて一礼すると、仙崎は「分かった、よろしく朝哉くん」と小さく吹き出した。
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