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しおりを挟む目覚めたときには、既に日が高い位置にあった。右半身に仙崎の体温を感じながら、時刻を確認しようとスマホに手を伸ばす。
「……あ……」
どれだけ対話を試みてもなしのつぶてだった元彼女から、メッセージが届いているという通知がきていた。
今更どうしたのだろうと、なんとなく仙崎には知られたくなくて、静かにベッドを抜け出して適当に服を着た。どちらもサイズが大きい。ぼうっとしすぎて取り込んだ洗濯の山から仙崎の部屋着を選んでしまったようだ。意を決してアプリを開いて、朝哉は怪訝に目をぱちくりさせた。
『朝哉の荷物、持ち運べそうなもの持ってくから』
これは「持って行ってね」という文章を予測変換でミスったのだと理解していいのだろうか。いつ引き取りに行けばいいかを尋ねようとしたそのとき、まるで機を窺っていたかのようなタイミングで通話がかかってきて飛び上がりそうなほど驚いてしまう。
もう別れた相手とはいえ、仙崎への後ろめたさが拭えない。慌ててキッチンまで足を運び、通話開始ボタンをタップした。
『ああ、久しぶり。今、あんた家にいるのよね。荷物持って来たんだけど出れる?』
「えっ? あ、いや、あれから実家には帰ってなくて」
『え? 実家? だからナオくんのとこいるんでしょ?』
ナオくん。誰のことだろう。
寝起きでさらに混乱していた朝哉だが、仙崎の下の名前が「直嗣」であることに思い至り、さらに狼狽した。
「え? え? 待って、なお……今、どこにいるの?」
『あんたらが同棲してる部屋の前』
「えぇ⁉」
朝哉が素っ頓狂な声を上げるのと同時に来客を告げるインターフォンが鳴り響く。玄関に駆け寄り液晶を見れば、確かに大きなショルダーバッグを抱えた私服姿の元カノが映りこんでいる。
――どういうこと⁉ なんで知ってるんだ⁉ ナオくん⁉
朝哉が顔を真っ青にして狼狽えていると、インターフォンを聞きつけた仙崎が起きだしてきた。
「あれ、朝哉くんおはよ。誰が来てた?」
「あっ、あの、よくわからないんですが俺のもと――」
「……ああ、真代か。ちょっとごめんね、知人なんだ。どうしたんだろ」
――仙崎さんも彼女のこと知ってる⁉
ひょい、とモニターを覗き込んだ仙崎が、こともなげに玄関へと向かう。もう何がどうなっているのか朝哉にはわけが分からない。
目を白黒させる朝哉を置き去りにして、仙崎は当然のようにドアを開いた。
「やあ、急にどうした?」
「やっと仕事も落ち着いたから、これ、朝哉の、届けに来ただけ」
ショートボブの小奇麗な女性から薄手の布団さえ入りそうなバッグを二つ受け取り、仙崎は数秒の間をおいて硬直した。
「……朝哉、って」
「いや良かったわ~、おさまるところにおさまって。……やだ、その格好生々しすぎ。案外早かったわね」
「何だって? 朝哉くんを知って……ん? じゃあ、君が面倒見てた子って」
夏の熱い外気とともに、からからと明るい笑い声が涼やかな室内に流れ込んでくる。
「そうそう、そこの朝哉。何とか元気づけてあげられないかな~って拾ったはいいけど、なかなか心を開いてくれないしもう、どうしようかと。そしたら、この前飲んだとき、ナオくんが最近気になる子の話してたじゃない?」
「……そんな話……」
「したでしょ。飲み会帰りなのか酒に慣れてない子を公園で介抱して、その子をちょくちょく家の近くで見かける~って」
「それ……俺、ですか……?」
朧気ながらも話が掴めそうだ。確かに、なんどかあのコンビニ向かいのベンチで酔いを醒ますために時間をつぶしていた。心配した友人が付き添ってくれたこともあるし、通行人のおじさんとなぜか語らい合ったこともあり、個々の記憶の印象が薄い。つまりその時には既に仙崎と顔を合わせており、仙崎はもしかしてその時から自分のことを――。
ともかく彼女はその特徴を聞いて、これは朝哉のことだとピンと来たという。朝哉もまんざらではないようだったし、悪役を買って出て二人が近づく手助けをすることにした。素直に二人を引き合わせなかったのは、気弱な朝哉が委縮して上手くいかないだろうと踏んだかららしい。
「あ、家に置いてただけで、一緒に寝るどころか手を繋いだことさえなかったんだから安心していいよナオくん」
「……急に頭痛が。まったく心臓に悪い……いや、うん、感謝すべきなのかもしれないけど……」
「あの、真代さんまだ分からないんですけど……俺、真代さんに仙崎さんの話したことないですよね?」
「え? ちょくちょくしてたでしょ? ナオくんのアカウント教えてあげたら服がかっこいい、センスがいいって」
こちらを振り返った仙崎と、ばちんと視線が交差した。期待の眼差しを向けられている気がするが、身に覚えがなくてたじろいでしまう。
――待てよ。服? アカウント?
朝哉は慌てて手元のスマホを操作した。
仙崎と暮らすようになってから、そういえば一度も開いていなかった写真投稿SNSアプリ。そのフォロワーの中に、時折、朝哉が日々のファッションの参考にしていたアカウントがある。
そのうちの一枚と、目の前の仙崎を見比べて脱力した。写真の方は顔こそ映っていないが、体型が目の前の仙崎のそれと見事に一致している。
「なんだ、朝哉くんフォローしてくれてたんだ? 言ってくれればよかったのに」
「え、えぇええぇ……っと……!」
今気づきました、とも言えず、朝哉は曖昧にはにかんだ。シルエットが彼に合うブランドなだけで服装そのものはありきたりだし、よく見ると撮影場所は勤務先の美容室で、そもそも店の宣伝を兼ねたアカウントらしい。これならば気づかなくとも仕方がないと判ずる自分と、どうして今の今まで気づかなかったのかと脱力する自分がいる。
――仙崎さんの服を毎朝真似してたのは俺の方だったんだ。
こちらをにやにやと見守っていた真代が、腕時計を見て「やだ、ネイル行かなきゃ」とわざとらしく目を見開いた。
「じゃ、清嗣おじさんたちによろしく~、また今度、詳しく話しましょ」
そう言い捨てて、彼女は嵐のようにこの場を後にした。
「……驚いたな、まさか冷酷無慈悲な元カノが真代だったなんて」
「あの……真代さんとはどういったご関係で?」
たまらず問いかけると、仙崎は意外そうに朝哉を見て意地悪く笑う。こうして見ると先ほどの真代と笑い方が少し似ている。
「なに? 嫉妬してくれた?」
「や、そんなんじゃ」
「そうなの? 俺は真代に嫉妬したけど」
「っ、んっ……」
仙崎という支えを失ったドアがゆっくりと閉ざされると同時に、壁際に追い詰められて唇を軽く重ねられた。
「真代は俺の従妹のひとりなんだ。親同士の仲が良かったから兄妹みたいに育って、今じゃ俺よりうちの実家に顔を出してる。……それだけ。前に仲間内で飲んでるとき、ちょっと君の話をしたみたい。俺は潔白。……分かってくれた?」
「いとこ……」
反射的に頷きかけた朝哉だったけれど、少し考えて、視線を逸らして唇を尖らせてみた。
「……じゃあ、俺よりずっと仙崎さんと一緒に居て、小さい頃の仙崎さんのことも知ってるんだ」
「そうだね」
「……やっぱり、ちょっと嫉妬しました」
ぼそりとそんな呟きが漏れてしまう。仙崎は口元を覆い隠し「んんっ」とくぐもった声を出したかと思うと、とろけるような笑みを浮かべて腰を抱き寄せ、頬ずりをしてきた。
「ああもう、本っ当に可愛いなあ。ちゃんと感情を表に出してくれるようになってくれてすごく嬉しい、たくさん甘やかした甲斐があるよ」
「……じゃあ、俺が懐いたから、もう甘やかしてくれないんですか?」
まさか、と仙崎は頬に口づけを落とした。
「もう二度と俺を疑ったりできないぐらい、でろでろに甘やかすよ。たくさん昔の話もしてあげる。嫉妬する隙なんてなくなるぐらい」
はい、と心の底から安堵しながら、朝哉は仙崎の首に飛びついた。
これからはたくさん話をして、想いを全部言葉にしよう。遠回りしたぶんの時間をそうして少しずつ、いちぶの隙もなく二人だけの思い出で埋めていくのだ。早速行動に移そうと心を決めた朝哉の鼓動が、どくりとうるさいぐらいに高鳴る。
「せ――いえ、直嗣さん。だいすき、です」
恥じらいながら耳元でそう囁くと、はっ、と息を詰めた仙崎に優しく体を引き離される。作戦は成功したようだ。仙崎は眩しそうに目を細めて破顔すると、まだ汗ばんだままの朝哉の身体を軽やかに抱き上げた。
「わあっ」
「その格好はちょっと目に毒だ、シャワー浴びて着替えようか。彼シャツも憧れるけど、どうやら俺のファッションも好きでいてくれてたみたいだし、さっそく買いに行くことにしよう、ね?」
「は、はい、ありがとうございます……でも、俺普通に歩けますから! 重いでしょう!」
「いいや軽いよ? こういうことしてみたかったんだよね。予想通りの反応で嬉しいし、やっぱり嫌がってても朝哉くんは可愛い」
「かわ……もうやめてください……」
「うーん、しばらくは無理かなあ」
甘い言葉を並べたてながら、仙崎の足先は寝室へと向けられる。
纏いたての服を再び剝がされる甘美な予感に、朝哉は心地よい温もりの中で、人知れず胸を疼かせていた――――。
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