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第5章 カグヤさんはお怒りです
第60話 獣人街に根を下ろす
しおりを挟む若い衆達も風呂から上がり乾いた服に着替えるとさっそくバンズゥ宅の中、リビングで夕食をとる事になった。
昨夜は酒を飲んだ為か、パンは食べなかった。今日は鍋物にパンというなかなか変わった組み合わせだ。
しかし…、これをパンというのか…俺は少々違和感を覚えていた。目の前にあるのは見た目的には少々くすんだ色の油揚げのようなものがある。少なくとも日本で売っているようなふっくらしたパンではない、もちろんそのまま口にするとザリっと干からびた油揚げを噛んだ時のような音と感触がする。それゆえにスープのようなものはパンを食べる時にはつきものだ。
さらに言えば旅をする際の携帯用のパンは保存の為に水気を嫌い、さらには体積を減らす為に薄くさらには固く作られている。見た目としては薄焼き煎餅のようだ。もうここまでくると旅用のパンにはスープのような汁物は必須と言える。
食卓に上っているのは街中で普通に食されている干からびた油揚げのようなパン、それを熱々の鍋物を器によそったものに浸けて食べる。
「おおっ!!こりゃあ…」
「初めて食う料理だが美味え」
「こんな味付けは初めてだ」
バンズゥ達の反応も上々だ。
「ねえ、客人さん。これがあの茶色の…ネットリとしたやつの味なのかい?」
バンズゥの嫁さん、名をキオンというのだがその彼女が尋ねてきた。彼女は怪我を治したとはいえまだほとんど動かない右手をかかえたマルンの面倒をみる為に隣の席に着いている。
「そうですよ、おかみさん。あれは味噌といってね。豆と塩と…あとは色々入れて出来上がるものだよ」
「ミソ…聞いた事がないモンだねえ…」
そう言って彼女は首を傾げている。
「まあ良いじゃねえか、美味え!間違いねえ!そういや昨日のサモンの焼き物はチャンチャンヤキ…だったか?客人、こりゃあ一体なんて料理だい?」
バンズゥがサモンの切り身をパクリとやりながら尋ねてきた。
「これは石狩鍋っていうんだ」
「イシカ…リナベ…?ふむう…、やっぱ聞いた事ねえなあ。お前達、知ってる奴はいるかい?」
若い衆、そしてマルン少年も含めてグルリと見回してバンズゥは尋ねる。しかしそれに応じられる者はいなかった。まあ、当然だよね。日本の郷土料理だし、かくいう俺も実際に食べるのは初めて。見た事、聞いた事だけはある石狩鍋。その作り方を試したに過ぎないのだから…。
「分からニャいけど美味しいから良いのニャ!!」
ミニャが元気な声を上げた。
「…くくっ!ふわはははっ!そうだ、そうだ!確かにそうだな。美味え、謎解きなんて要らねえな!くはあ~、だがこうも美味いと酒が欲しくなるぜぇ…」
ミニャの声に笑って応じたバンズゥは物欲しそうな顔で嫁の顔を見た。しかしキオンはキッパリとした口調で言った。
「駄目だよ、お前さん!昨日も飲んだじゃないか!酒は三日に一度の約束だろう!」
「わァ~てるよィ、キオン。…ああ、親分だ、なんだと言われちゃいるが一番強えのは女房殿とくらァ…」
豪快な亭主でも嫁に頭が上がらない、どうやらこれは異世界でも同じようでそんな光景に俺は思わず苦笑した。
「まあまあ、親分。酒は我慢するにしても量だけは作ったから…。今日のところは酒は諦めて…な?とりあえず腹いっぱい食べてくれ」
「ぐ…、むむむ!!」
バンズゥは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「う、美味え…、美味えのによォ…。こんなに悔しい美味え食い物ってなあ初めてだぜェ…」
「何言ってんだいお前さん!美味しいモン食べられてんだからワガママお言いでないよ!」
あははははっ。バンズゥとキオンのやりとりに食卓は笑いに包まれた。
「…そらァそうと、なァ…客人よォ?」
バンズゥが頭を掻きながら話しかけてきた。
「お前さん、エスペラントに腰を据えなさるんかい?」
「そう…出来たらな…って思ってる。商業ギルドに加入したし、俺はそもそも商人だから…。商売の盛んなこの街で稼ぎたいもんだね」
「ふうむ。それならよ…、ここはひとつここにいてみないかい?」
「ここに?」
意外な申し出に俺はまるで鸚鵡返しそのままに質問を口にした。
「ああ、商売ってなァいかに客が来てくれるかってもんだろう?人が来ないんじゃ商売上がったりだ。だが、人通りの多い良い場所はすでに大店がデンと構えているモンだ。空いてる場所なんてそうはねえぜ」
「そりゃあそうだろうなあ…」
一等地ってのはそれだけ人気があるもんだ。
「だけどよぅ、自分で言うのもナンだがここは…、俺ン所は仕事がらみで人はそれなりに出入りするぜぇ。まあここは獣人街、職人街だから品の良さからは少しばかし縁遠いけどな。だけど間違いねえ、元気だけはどこよりもあるぜ。ああ、もちろんケガを治してくれた恩人から金を取る気もねえ。遠慮なく商売をやってくれ」
「じっちゃんの言う通りニャ!それが良いニャよ、カヨダ!お店をするにもお金は結構かかるって聞くニャ、場所を借りたりとかでね。そうしニャよ~、カヨダ」
ミニャも賛同の言葉を送ってくる。
「願ってもない話だ」
俺が思った事、それがまず口をついて出た。
バンズゥはこの街にいる猫獣人族の顔役…まあいわゆる親分みたいな存在だ。その家の庭とはいえ間借りし商売をするなら変な奴や良からぬ考えを持って来る奴も少ないだろう。街のメインストリートじゃないにしても人の出入りが多いなら買っていってくれる人も多いだろう。
「親分さん、こちらからも是非お願いしたい。ここで店をやらせてくれ」
俺がそう言うとバンズゥはそう来なくちゃとばかりにニッと笑った。
「ようし!決まりだ!!いやあ、めでてえ!そうと決まればキオン、酒だ酒だ!めでてえ時に酒は付き物だ!」
「こらっ!何言ってんだい!ドサクサに紛れて酒をねだってんじゃないよ!」
キオンがバンズゥを軽くポカリとやった、それを見て周りから笑いが生まれる。こうして俺のエスペラントでの商人としての活動が始まった。
□ □ □ □ □ □ □
次回、今章のエピローグ&ハイパーざまあ回を予定しています。
第61話、
『カグヤさんはお怒りです』
お楽しみに。
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