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第5章 カグヤさんはお怒りです
第59話 湯を沸かせ
しおりを挟む冒険者ギルドを後にしようとした時の事だ。
「行って」
そう言ってロゼは冒険者ギルドを立ち去る俺達の最後尾についた。いわゆる殿というやつだ。なるほど…、冒険者ギルドの奴らが何かしてくるかも知れないと用心しての事だろう。
「……………」
ロゼは無言で両手に短機関銃を構えている。仮にギルドの中にいる連中が一斉に襲いかかってきたとしてもサブマシンガンの一斉掃射で対応出来ると計算したのか…。
俺はアイテムの力で剣の扱いが素早くはなっている。だが一度に相手に出来るのはせいぜい二人か、三人か…?ミニャは強いがそれとて自分の手足が届く範囲が攻撃範囲だ、一度に相手取るのもそうは多くないはずだ。
カグヤには魔法があるが当然魔力を消費する。半ば霊体であるカグヤは体のベースが魔力で出来ているので魔法を使おうとすると文字通り身を削って発動する事になる。仮に連戦ともなれば彼女にとって生命力でもある魔力を消費するからあまり戦わせたくない。
「一対多の戦いとなれば手数が要る…。ここはロゼが適任か。ミニャ、バンズゥとカグヤを守りながら先に出てくれ。扉は開けたままで…、俺はロゼの背後を守る」
そうして俺達は縦一列の隊列をとりギルドを後にした。
□
ロゼの探知に何の反応も無かった。意外な事に冒険者ギルドからは尾行者もいなかった。一人や二人くらいははねっかえりが出るモンだと思ったが何の障害もなくバンズゥ宅にたどり着いた。まあ、来たところで返り討ちになるだけだろうが…。
「さすがは大所帯の親分さんだ、こんな大きな鍋があるとはなあ」
「まあ、職人てなあ体力商売だからな。日に二度の食事だけが体を作る」
バンズゥの言う通り、この異世界では朝と夕の二回の食事が一般的だ。日の出と共に起きメシを食い働きに出て、日の暮れ前に仕事を終えて帰宅し夕食。地球のように照明が行き届いていないのでランプなり篝火などを明かりとする。明かりを灯す魔導具もあるが高額であるらしい、またエネルギー源として魔石を使用するらしい。購入するのもランニングコストも非常に高額、使える人は限られる。だから夕食を食ったらすぐに就寝する。
その夕食、または朝飯だって調理には薪や木炭を使って煮炊きする。日本のようにガスや電気の送電網が整備されてはいないので当然と言えば当然だがその薪は買ってくるなり採ってくるなりしなくてはならない。運ぶのも荷馬車か水運か人力だ、人件費も考えたらガスとかと比べて割高だ。だから飯を作る回数も極力減らす、主食も保存の出来るパン…見た目はくすんだ色の油揚げか薄焼き煎餅か…それを食している。見た目通りとても固い、だからスープに漬けて食べるのだ。日本で言うところの郷土料理せんべい汁みたいな感じだ。
「まずは湯だな…」
大鍋を用意してもらった俺はバンズゥ宅の裏庭にドームハウスを収納から出し、中の湯沸かし器で湯を出した。それを手分けして大鍋に、同時にルーヤー側で大量にとったサモンを取り出しバンズゥの嫁さんに次々とぶつ切りにしてもらった。それというのも…。
「骨も皮もついてるくらいが丁度いいのさ、あの子達もアタシらも喜んで食うさね。骨は捨てるけどさ…ねえ、お前さん?」
「ははは、そうよなァ…。骨までしゃぶってからしてえモンだな、こんな上物の魚は。ようし、俺もちいとばかし手伝わせてもらおうかい」
「えっ!?お前さんもかい?」
「へへへ、たまには良いじゃねえかい。こうしておめえと二人、並んで何かするってのもよう…」
バンズゥ夫妻がそんな風に話している。そんなやりとりもあってサモンは大胆なブツ切りとなった訳なんだが、これで材料を切ったりするのはバンズゥの夫妻に任せる事に…。
「じゃ、じゃあ残りの材料はこれだから…」
そう言って何だか二人の邪魔をしちゃいけないような気がしたので俺達は炊事場を後にした。
急に俺達は手持ち無沙汰になってしまった。鍋物だから材料を切り準備さえすれば後は煮るだけ、しかしその準備を任せてしまったので俺達一行はヒマになってしまって…。
ぽつり…。
雨が落ちてきた。見上げればしっかりした雨雲が街の真上にやってくるところだった。
ぽつり、ぽつり…。
「思ったより雨の降るのが少し早かったな」
「風向きを計算に入れてなかった。ギルドの中では風が吹いてないから、失策…」
ロゼが呟く。
「うーん、これだと街に走った皆がずぶ濡れになりそうニャ…」
ミニャがそんな心配を口にする。俺はミニャと初めて会った時の事を思い出した。
「少し雨に降られるかな…ぐらいに考えていたがこれじゃあな…。よし、風呂を準備しておこう。材料はたくさんあるんだし…」
「お風呂?あれは良いニャ!雨に降られて冷えた体がすぐにポカポカになるニャ!」
ミニャが嬉しそうな声を上げた。
「よし、そうと決まれば…」
俺はそう言って川を下ってきた時に使った筏を材料に3畳ほどの広さがある木製の湯船を創造した。やはり材料があるのは良い、消費するMPも工賃くらいのもので済む。
そこにドームハウスの風呂場から熱めにした湯をバスタブにためて作った湯船に次々と運ぼうと考えた。
「ん、あれ?」
そんな時、途中でふとした思いつきからバスタブにたまっている湯に手をかざして収納を試みてみると…。
「あ…」
出来ちゃった、収納…。物質なら何でも良いのかな、液体でも…。
「ま、まあともかく…収納しておくか。ストレージに入れておけば湯は冷めないし…」
そんな訳で俺はバスタブをドームハウス内の風呂場をフル活用し湯をたくさん準備した。木製の湯船の方は裏庭に、周りから見えないようにブルーシートを創造した。身軽なミニャに庭木などを使って紐を張ってもらいブルーシートを吊るしていく。天井、周り四面にシートを張り最後に地面にブルーシートを敷いてその上に出来たての湯船を置いた。
ぽつぽつ…、ぽつ、…ざああああッ!!
準備が終わってすぐ後に雨足が急に強くなった、本降りだ。こりゃあ使いに出た人達はずぶ濡れになって帰ってくるな…。
「こ、こりゃあ…何だい?客人よォ」
材料の準備が終わったのか裏庭に様子を見に来たバンズゥが驚きの声を上げた。
「ああ、風呂だよ。思ったより雨の降りが早い。使いに走ってるみんなも雨に降られて体を冷やして帰ってくるだろう?面倒をかけてるんだ、このぐらいはさせてくれ…」
「おめえさんって奴ァ…」
バンズゥがそう言ったところに若い衆達が帰ってきた。皆、一様に雨に濡れている。
「頭ァ、ただ今帰りやした!!こちらの口上、キッチリ伝えてきやしたぜ!!」
「へへッ!みんな頷いてやがりましたぜ!」
「おうっ!そうか!それとな、聞いてくれ。客人がお前達に用意してくれたモンがある」
バンズゥが雨が降っているのも構わずに庭に出て若い衆を出迎えた。
「風呂を沸かしておいたんでまずは体をあっためてくれ!」
俺はそう言ってブルーシートで覆った即席の風呂場に向かい湯船に湯を出した。
「うん、冷めてない。よしよし…」
ブルーシートの向こうでミニャの声がした。
「湯を張ったお風呂ニャよ!あったかいのニャ」
俺は外に出た。
「さあさあ、冷めないうちに入ってくれ、中で服も脱げるだろう」
そう言って中に促す。
「お前達、ここはお言葉に甘えて…だ。客人のせっかくの心使い、無駄にすんじゃねえ。着替えの服は持ってきておく。…お前達、雨ン中…ご苦労だったな」
「「「「へいっ!!!」」」」
そう言って若い衆達は頭を下げると中に入っていった。中からは湯に入った驚きか、喜びか。若い衆達の声が盛んに上がっていた。
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