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第6章 商売を始めよう
第66話 昼食は焼き貝の味
しおりを挟むここはエスペラントの街の一角、獣人達が多く暮らすいわゆる獣人街。その獣人街の中にある鳶職の親方であるバンズゥの家の裏庭では主とその妻キオンの前に仕事道具を担いだ職人達が整列し仕事に出かける前の挨拶をしている。その職人達のリーダー格、年長の猫獣人の職人が口を開いた。
「朝メシも食ったし道具も持った…。よしっ!!それじゃあ…頭、行ってきやすぜ」
「おう、気張っていけよ。もう何日かしたらよ、俺も現場に復帰するからそれまでしっかりやってくれ」
「「「「へいっ!!」」」」
「気をつけて行くんだよ!」
そう言ってキオンがカチッカチッと火おこし道具である火打ち石を軽く打ち合わせ火花を職人達に向けて飛ばす。どうやら厄除けの意味合いがあるらしい、このへんは日本の江戸時代の風習と似ているような気がする。
俺はそんな事を思いながら仕事現場に向かっていく鳶の職人達を見送っていた。さて、俺達も出かけるとしようか。
冒険者ギルドでひと暴れした後に降り出した昨夜の雨もすっかりやんで地面にはところどころに水たまりがある。その水面は上ったばかりのお日様を映して輝いている。
「さてと…」
職人達を見送ったバンズゥがこちらを向いた。
「客人、今日はどうなさるんでえ?」
職人達を見送ったバンズゥが声をかけてきた。
「ミニャに案内してもらって街を歩いてみようと思う。…この街で何が売れてるのか…、あるいは何が売れそうか考えてみるつもりだ」
「なあるほど、何が売れるか分かんなかったら商売のやりようもねえもんな」
「ああ、夕暮れ前には戻るよ。その時、親分さんとマルンの怪我の具合を診させてくれ」
「そりゃわりいな、よろしく頼むぜ」
「でも親分さん、今日は大人しくしていてくれよ。昨日も冒険者ギルドに飛び込んで来たんだから…」
「そうはしてえんだが…、どうも黙ってらんねえ性分でなァ…」
「安静に頼むよ、そうでないと治るモンも治らなくなっちまう。マルンの事もあるし、今日はひとつあの子の面倒をみてやる傍ら自身も安静にするみたいな感じで…」
俺がそう言うとバンズゥの嫁さんであるキオンがずいっと前に出て口を開いた。
「安心しなよ!アタシがしっかり見張ってるからさ!ウチの人がどっかに飛び出して行きそうになったら首に縄つけてでも家から出したりしないよ!」
「お、おい…。キオン…、きゃ…客人、なんとか言ってくれよ」
腕組みしてどっしりと構えた肝っ玉母ちゃんといったキオンにさすがのバンズゥ親分もタジタジといった感じでなんとも歯切れが悪い。
「ははは、さすがにどうにもならないよ。それじゃッ!!」
そう言って俺はロゼが乗ったキャタピラ式車椅子を押して裏庭から出る事にした。
「そ、そりゃないぜ客人よォ…」
なんとも弱々しいバンズゥの声が背後から聞こえてくる。
「じっちゃん、大人しくしてるニャ。カヨダの言う通りにしとけば間違いニャいんだから。ロゼの足も完治間近ニャ、目が元通りになればまた前のように暮らせるニャ!!」
「お兄ちゃんを困らせたら…駄目」
ミニャと新たに仲間に加わったカグヤがバンズゥにそんな声をかけていた。
□
ミニャの案内で色々な場所を見て回った。名だたる商会…いわゆる大店が軒を連ねる地域や場所代を払えば所定のスペースでバザーのように物売りができる自由市。海や川に面した場所では船着場や荷上げ場がある。
街の門を見てみればこれから中に入ろうと並ぶ人々がズラリと並ぶ。体ひとつ、背負い袋ひとつという人もいれば荷馬車とそれを守る護衛の一団もいる。
あちこち歩き回り昼時となったので軽く何か食べようかといった頃、食べ物を売る行商人に話しかけようとしたら見知った顔を見つけた。バンズゥの所の職人達である。
「おっ、こりゃあ客人じゃねえか」
「奇遇だね。そちらさんは昼メシかい?」
「へへっ、そうそう。キリの良いトコで切り上げて少しばかりのひと休みってヤツさ」
そう言って職人達が買い求めていたのは焼き貝と保存用の固い…薄焼き煎餅のようなパン。試しに俺達も買い求めてみたのだがパンは見た目通りの固い食感であり、焼き貝はアサリぐらいの大きさだ。その焼き貝も焼きたてではなくすっかり冷めたものだった。せめてもの救いは浜辺で漁れたものをそのまま焼いたから海水による塩味が付いていた事だろうか。
ちなみに焼きたてでないのはこの場所に煮炊き出来るような器材がない事からも一目瞭然だ。おそらくは行商人が自宅で焼いてきたものを運んできてこの場所で売っているのだろう。
これでお値段は800ゴルダほど…、しかし職人達によればこれでもまだまだ安く済んでいるんだとか。
「海が近いから魚を焼いたものとかを食べていると思ったが…」
俺がそう言うと職人達は一斉に首を振った。
「いやいやお客人、いかに海が近くにあろうと魚だってボサッとしてる訳じゃねえ。素早く逃げちまわぁ」
「そうだよ、それに漁れたにしたって小さな雑魚ばっかりだよお。大きなのは船を出さなくっちゃ!」
「でも、沖に出たなら出たでモンスターに襲われるかも知れねえ。まあ、そりゃあ漁師も魚も一緒だけどな」
「んな訳でそんな大変な思いをして漁れた魚だ、すぐに高い値がついちまう。俺達庶民にゃあ中々回ってこねえんだ」
「だから沖に出なくても手に入る貝は潮が引いた時に浜辺にあったりするから魚より苦労はねえし、人間は魚とか貝よりは獣肉のが好きだからあまり買い手はつかねえ。だから俺達みてえな猫獣人は魚は食えなくとも同じ海で漁れる貝を食うって寸法さ」
「貝の中に少しは魚の風味…、ニオイっつうのかな。それを追い求めてさァ…」
広場の隅でそんな事を話しながら俺達は昼飯を食べた。そしてしばらくすると職人達は仕事現場に戻っていった。
「魚ひとつ食べるというか…、手に入れるのも大変なんだな…。全部人力で、モンスターもいるんだし…」
彼らを見送った俺は思わず呟く。
「ニャ!それだけじゃニャいよ、カヨダ」
ミニャが口を開いた。
「他にも何か問題があるのか?」
「うん、このエスペラントの街は大きくて人がたくさん住んでるニャ。商売が盛んだからまわりの国から狙われる、だから街を守る為に外壁を建てその周りは沼みたいな所も多いのニャ」
「そうだな、そんな沼が城で言えば天然の堀となって攻めにくくさせるって事だろう?」
「その通りニャよ。だけど安全と引き換えに沼地のせいで木はあんまり生えてニャいんだ。だから薪とか木炭を沼の外側にある森とかまで取りに行かニャいといけニャいから炊事をするのにどうしてもお金がかかるのニャ」
「そうなのか…、ん!?」
その時、俺に一つのアイディアが浮かんだ。今ある環境で売れるものが作れるんじゃないかと…。
「みんな、バンズゥの親分のトコに戻るぞ!」
「どうしたのニャ?カヨダ、いきなり…」
「思いついたんだ、商売するものが。きっと売れる、そんな訳でまずはバンズゥの親分と相談してみようと思ってな」
そう言って俺は仲間達に向けて思いついた事を話し始めた。
□ □ □ □
次回は第67話、『異世界的ファーストフード』。
お楽しみに。
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