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丘多主記

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夏の大会編

逸樹の過去

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 逸樹と薗部の出会いは、小学校四年生に遡る。

 逸樹は、翔規と同じ近所の野球チームに所属していた。今でこそプロ注目レベルの選手である逸樹だが、当時はチームで一番下手くそな選手だった。

 守備ではエラー、バッティングでは三振や凡打を連発。幾度ととなくチームの足を引っ張っていた。そのため、野球チーム内でよく虐められていた。

 その上、内向的な性格も災いして、学校でもよくイジメの対象になっていた。

 ある五月の夕方。逸樹のミスが影響して負けてしまい、いつものように逸樹がいじめられていた。

 いつも終った後に声を掛けていた翔規が、その時ばかりは見るに見かねたのか、いじめている側に飛びかかった。

 飛びかかったまではよかったが、大勢に一人では敵うわけもなく、逸樹と共に袋叩きにされていた。

 その時だった。

「おい。そこのクソガキ共!」

 バットを持った高校生が大声で怒鳴った。男子高校生に怒鳴られたせいか、いじめていたチームメイトは手を止めた。

「さっきから黙って見てりゃあ、お前が下手だから負けただの何だの言いって、挙句の果てには大勢でリンチして。お前らに聞くが、そいつが上手くなるように、ちゃんと教えたのか? 守備とか、バッティングにコツとか? どうなんだ?」

 虐めていたチームメイトは誰も答えない。

「仲間を上手くしてやろうなんて気持ちもねえくせに、野球やってんじゃねえよボケどもが! そいつのミスで負けたかもしれんが、そいつの分までカバーしようってきはねえのか‼︎」

 高校生の怒りながらの問いかけに怖気づいたのか逸樹と翔規だけを残し、全員が逃げ出した。

「ったく、情けねえやつらだ」

 高校生は逸樹と翔規の元まで寄ってきた。

「大丈夫か? 怪我とかはねえか?」

「はい。慣れてるので、なんとか…」

「そんならよかった。ほら、」

 高校生に手を差し出され二人は立ち上がった。

「さて、そっちの方」

 逸樹は指を差される。

「ちょいと今からお前のバッティングを見たい。バッティングセンターまでついて来てくれるか?」

 逸樹は頷いた。

「じゃあついて来い」

 逸樹と翔規は高校生と一緒にバッティングセンターまで行くことになった。

 バッティングセンターに入ると、逸樹は百二十キロのゾーンで立ち止まった。

「今からここで打ってもらうわけだが、俺が見ていいと思ったら、お前に野球を教えてやろう」

 そう言われ逸樹が躊躇していた。そんな球速は打ったことも見たこともなかったからだ。それを見かねた高校生は、逸樹を強制的にケージに入れ扉を締めた。

「さあお前はもう逃げられないぜ。見込みがあると思えば教えてやるんだ。ちなみに、あと数十秒で一球目が来る。チャンスは二十五球だ。さあ頑張れ」

 逸樹は打席に急いで打席に立った。当然だが当たるはずはない。振っても振っても。どれだけ振っても当たる気配はしなかった。

「さあ頑張れ。あと十三球だぞ」

 この様子を怒りを抑えながら黙って見ていた翔規だったが、耐え切らなくなっていた。

「おい! あんたはなんでこんなことさせるんだ‼︎」

「何って? テストだ」

 当たり前だと、言わんばかりに、素っ気なく答える。

「こんなの無謀じゃないか! 俺は兎も角、逸樹がこんな早い球当てれるーー」

「そんなことは期待してねえよ」

「え?」

 翔規は虚をつかれた。

「当てれるなんて、ハナから期待してねえよ。俺が見てえのはあいつの心だ」

 腕組みをしながら、男子高校生はバッターボックスの逸樹を見ていた。畜生っ、当たれと無我夢中になって振り続ける。疲れて息を切らしスイングが波打つようになってきた。それでもバットを振る。

 神様はその思いに答えるほど優しくはなかった。一球、また一球とバットは空を切り、残りの球数が減っていく。

「最後の一球だぞ。ラストチャンスだぞ」

 高校生の声が聞こえる。

(僕に残されたチャンスは、この一回。絶対に当てて、僕を変えるんだ‼︎)

 無機質な機械から最後の一球が投じられる。ラストチャンスに祈りを込め、最後の力を振り絞りバットを振る。だが、

 ブォオオン、パスン……。

 聞こえてきたのは虚しく空を切ったスイング音と、後ろのマットに当たったボールの当たった音だった。

 二十五球が終わり逸樹は下を向いて、半泣きになりながらケージから出て来た。

「お疲れさん」

 出て来た逸樹の肩を叩いたが、逸樹は項垂れたままだった。

「そんなにへこむこたあねえよ。喜べ、お前は合格だ」

 その言葉に、逸樹が顔をあげた。

「え、打たないと……」

「打たなかったらダメ、なんて言ってないぜ。それに、お前からは『自分を変えたい』って想いが伝わってきた。そう思えるのなら、いつだって変われるし、変わる見込みがある。だから、上手くなってあいつらを見返すぞ!」

 この一言で悔しさや嬉しさが爆発し、逸樹は大粒の涙を流していた。

「おいおい。ここで泣いてたら俺が脅したみたいになっちゃうじゃんか。でも、そんだけ必死だったんだな。よし、俺もヤル気が出て来た!じゃあ……」

 そういうと制服からメモ帳とペンを取り出し、何かを書き始めた。そして書き終えると、それを逸樹に渡した。

「今日から一週間、これを意識して、バットを振ってみろ。まずはそこからだ。じゃあ一週間後に、このバッティングセンター前でな!」

 高校生は自分のバットを持って、急ぎ足で帰ろうとした。

「待って下さい!あなたの名前は?」

「薗部圭太! 菊洋学園の一年生だ!」

 これが、逸樹と薗部の始めての出会いだった。




 それから時は流れ八年前の春。福岡空港。

 メジャーナンバーワンプレイヤーという夢の為に日本を旅立つ薗部は、見送りにきた逸樹に別れの挨拶を告げていた。

「俺はワールドシリーズ制覇して、世界一の選手になる。そして日本に凱旋すっから、それまでに逸樹も上手くなっとけよ!」

「うん!」

 別れを告げた薗部は、大きく手を振って搭乗口へと向かった。その姿はまさしく、希望の光に満ち溢れていた。

 その時の薗部はまさか二年後に、自分が現役を引退しているとは、思いすらしていなかった。
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