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第5章 終幕
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「おい、しっかしろ! ……秀人!」
反射的に崩れ落ちた秀人は、劣化しきった壁に凭れている。その肩を、周は真正面から必死に揺さぶる。
「……一緒に逝かなきゃ……」
譫言のように繰り返す言葉に、周は歯を噛み締める。
琉依は、自分の紙をまとめていたヘアゴムを外し、秀人の手首にきつく巻き付ける。持っていたハンカチで傷口を押さえるが、深い傷から流れ落ちる血は、止まる気配を見せない。それでも、必死に、懸命に、震える手で命を繋ぎ止めようとする。
「おい!」
ぱしん、と、乾いた音が、廃墟に鳴り響く。周の両手が、秀人の顔を挟んでいた。
「……ひら……き……?」
相変わらず焦点の合わない目が、周の方を向く。
「何してんだよ……お前……」
震える声で、必死に繋ぎ止める。溢れ落ちそうになる涙を必死に堪える。
「約束……したんだ。」
徐々に、呼吸か弱々しくなっていく。周の心臓が、跳ねる。
「……やく……そく?」
「いっ……しょに……」
聞き返す周に、その返事は返ってこない。虚ろな瞳は、何も映していないように見える。けれど、その約束だけは、果たさせてはならない。本能的に、それだけは分かる。
「しっかりしろよ!」
縋るように、懇願するように、周は秀人の胸ぐらを掴む。そこは、血でぐっしょり濡れていた。
「なあ、お前言ってたじゃん……なんか、社会をよくするんだろ……?」
そこに、涙の粒が一つ、二つ、新たな染みを作っていく。宙を見る、光の無い二つの目。
「……お……まえ……」
「大義とかなんとか、言ってたじゃん!」
段々と語気が強まる。
「ああ……あれか……」
興味なさげに、虚ろな瞳が揺れる。
「あんな……こと……ほん……とに……できると...…思ってたのか?」
自嘲気味に笑う秀人。やっと合った瞳は、それでも周を映さない。
ただの強がりだった。普通になれない、親からも拒絶された自分を、唯一大きな夢で覆い隠した。まさか、それを本気にしていた人間がいるとも、思っていなかった。
「……え?」
呆気にとられた周は、場に似つかわしくない間抜けな声を出す。
「……無理だよ……」
自分を覆い隠す全てを、取り払う。取り繕ったところで、戻る場所など、どうせ、もう、ない。繋がりは全て、裁ち切った。
周は肩を震わせる。言葉に、詰まる。ひどい顔だと、自分でも思う。けれど、
「……とにかくっ……とにかく一緒に帰るんだよ!」
いつも話に聞いていた夢の話は、最後の切り札だった。あれは、きっと、本当だと思ったから。それさえも、秀人を引き戻す鍵にはならない。この際、もう何でも良い。
「……だから……」
徐々に弱々しくなっていく秀人の声に、ため息が混ざる。息が、浅い。琉依は持てる力の全てを以て、ひたすらに、秀人の手首を握る。溢れ落ちていく命を、必死に塞き止めるために。
「生きてればっ……生きてれば何とかなるだろっ……!」
よく聞く陳腐なセリフ。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、それでも、何とか届いてほしい。
「……おま……お前に、何が分かるんだよ……」
悲しみを宿した瞳に、やっと、周の姿が映る。
「分かんねえよ……」
目を逸らし続けた事実。追い付くことの出来ない友達。諦めたように、秀人は目を閉じる。
「お前みたいに頭よくねえし! 先の見通しだって甘いし……」
自分の全てをさらけ出す。情けない部分、弱い部分。それでも、
「お化けも見えないし!」
投げつけるのではない、受け取ってもらうために、言葉を伝えようとする。秀人の肩が、ぴくりと揺れた。
「でもさ……分からないままで」
涙が止めどなく流れる。何故か、いつも格好がつかない。
「知らないままで、お前が死ぬのは嫌なんだよ!」
周は吠える。そこにあるのは同情でも、忌避でも、憐憫でもない。ただ、必死に繋ぎ止める。
「……ねえ、一緒に帰ろう?」
琉依は、そこに静かな言葉を置いた。ほとんど感覚の残っていない左手に、秀人は琉依の温度を感じた。
頷くでもなく、言葉を返すでもなく、秀人はただただ黙っていた。代わりに、諦めたような、安堵したような微笑みと一筋の涙を返す。そして、静かに目を瞑る。そこから、厭な気配は消えていた。いつの間にか薄くなった雲の間から、朧な月の光が差し込んでいた。
反射的に崩れ落ちた秀人は、劣化しきった壁に凭れている。その肩を、周は真正面から必死に揺さぶる。
「……一緒に逝かなきゃ……」
譫言のように繰り返す言葉に、周は歯を噛み締める。
琉依は、自分の紙をまとめていたヘアゴムを外し、秀人の手首にきつく巻き付ける。持っていたハンカチで傷口を押さえるが、深い傷から流れ落ちる血は、止まる気配を見せない。それでも、必死に、懸命に、震える手で命を繋ぎ止めようとする。
「おい!」
ぱしん、と、乾いた音が、廃墟に鳴り響く。周の両手が、秀人の顔を挟んでいた。
「……ひら……き……?」
相変わらず焦点の合わない目が、周の方を向く。
「何してんだよ……お前……」
震える声で、必死に繋ぎ止める。溢れ落ちそうになる涙を必死に堪える。
「約束……したんだ。」
徐々に、呼吸か弱々しくなっていく。周の心臓が、跳ねる。
「……やく……そく?」
「いっ……しょに……」
聞き返す周に、その返事は返ってこない。虚ろな瞳は、何も映していないように見える。けれど、その約束だけは、果たさせてはならない。本能的に、それだけは分かる。
「しっかりしろよ!」
縋るように、懇願するように、周は秀人の胸ぐらを掴む。そこは、血でぐっしょり濡れていた。
「なあ、お前言ってたじゃん……なんか、社会をよくするんだろ……?」
そこに、涙の粒が一つ、二つ、新たな染みを作っていく。宙を見る、光の無い二つの目。
「……お……まえ……」
「大義とかなんとか、言ってたじゃん!」
段々と語気が強まる。
「ああ……あれか……」
興味なさげに、虚ろな瞳が揺れる。
「あんな……こと……ほん……とに……できると...…思ってたのか?」
自嘲気味に笑う秀人。やっと合った瞳は、それでも周を映さない。
ただの強がりだった。普通になれない、親からも拒絶された自分を、唯一大きな夢で覆い隠した。まさか、それを本気にしていた人間がいるとも、思っていなかった。
「……え?」
呆気にとられた周は、場に似つかわしくない間抜けな声を出す。
「……無理だよ……」
自分を覆い隠す全てを、取り払う。取り繕ったところで、戻る場所など、どうせ、もう、ない。繋がりは全て、裁ち切った。
周は肩を震わせる。言葉に、詰まる。ひどい顔だと、自分でも思う。けれど、
「……とにかくっ……とにかく一緒に帰るんだよ!」
いつも話に聞いていた夢の話は、最後の切り札だった。あれは、きっと、本当だと思ったから。それさえも、秀人を引き戻す鍵にはならない。この際、もう何でも良い。
「……だから……」
徐々に弱々しくなっていく秀人の声に、ため息が混ざる。息が、浅い。琉依は持てる力の全てを以て、ひたすらに、秀人の手首を握る。溢れ落ちていく命を、必死に塞き止めるために。
「生きてればっ……生きてれば何とかなるだろっ……!」
よく聞く陳腐なセリフ。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、それでも、何とか届いてほしい。
「……おま……お前に、何が分かるんだよ……」
悲しみを宿した瞳に、やっと、周の姿が映る。
「分かんねえよ……」
目を逸らし続けた事実。追い付くことの出来ない友達。諦めたように、秀人は目を閉じる。
「お前みたいに頭よくねえし! 先の見通しだって甘いし……」
自分の全てをさらけ出す。情けない部分、弱い部分。それでも、
「お化けも見えないし!」
投げつけるのではない、受け取ってもらうために、言葉を伝えようとする。秀人の肩が、ぴくりと揺れた。
「でもさ……分からないままで」
涙が止めどなく流れる。何故か、いつも格好がつかない。
「知らないままで、お前が死ぬのは嫌なんだよ!」
周は吠える。そこにあるのは同情でも、忌避でも、憐憫でもない。ただ、必死に繋ぎ止める。
「……ねえ、一緒に帰ろう?」
琉依は、そこに静かな言葉を置いた。ほとんど感覚の残っていない左手に、秀人は琉依の温度を感じた。
頷くでもなく、言葉を返すでもなく、秀人はただただ黙っていた。代わりに、諦めたような、安堵したような微笑みと一筋の涙を返す。そして、静かに目を瞑る。そこから、厭な気配は消えていた。いつの間にか薄くなった雲の間から、朧な月の光が差し込んでいた。
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