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第1章:村編
第4話『村の滅亡未来と封印の災厄』
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朝の空気は、澄んでいた。
収穫を終えた畑の上を、穏やかな風が吹き抜ける。
アーテル村は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
家々から立ちのぼる煙。
井戸端で交わされる挨拶。
子どもたちの足音。
ユウはその光景を眺めながら、胸の奥に残る違和感を意識していた。
続く、消えない感覚。
(……今日も、何も起きていない)
そう思った、その瞬間だった。
視界の奥が、静かに暗転する。
音もなく、家系図が広がった。
今までとは違う。
人の枝ではない。
一本一本の血筋でもない。
村全体を覆う、巨大な枝が浮かび上がっていた。
《アーテル村》
《未来:十年後、滅亡》
心臓が、強く打った。
(……滅亡?)
文字は短く、冷たい。
補足も、猶予もない。
十年後。
この村は、終わる。
枝の先は、黒く塗り潰されたように途切れていた。
その向こうは、何も見えない。
ユウは思わず、家の外へ出た。
朝餉の準備をする母親。
畑へ向かう村人。
昨日と同じ、平和な光景。
(……これが、十年後に……?)
実感はない。
だが、家系図はこれまで一度も嘘をつかなかった。
視線を戻すと、
村の枝の根元に、もう一行、文字が浮かんでいる。
《原因:地下封印の破綻》
地下――。
その言葉を見た瞬間、
胸の奥に溜まっていた違和感が、はっきりと形を持った。
(……これだ)
感じていた、名もなき感覚。
水音に反応し、地の奥を意識させる、あの違和感。
すべてが、ここに繋がっている。
ユウは深く息を吸った。
(まだ……確定じゃない)
未来は示されただけだ。
変えられないと、書かれてはいない。
だが――
放置すれば、確実に起きる。
ユウは家系図を閉じ、村の中心を見渡した。
この村を。
この、何気ない日常を。
(……動くしかない)
そう決めた瞬間、
物語は静かに、次の段階へ進み始めていた。
ユウは、迷わず村長の家へ向かった。
家系図の内容を、誰に話すべきか。
考えるまでもなかった。
村の未来に関わること。
そして「地下封印」という言葉。
それを知っている可能性があるのは、
この村で最も長く生きてきた人物しかいない。
囲炉裏の火は、静かに赤く揺れていた。
「どうした、ユウ」
村長は、いつもと変わらぬ声でそう言った。
だが、その目は、わずかに鋭い。
「……家系図に、村の未来が出ました」
ユウがそう告げると、
村長はすぐには答えなかった。
薪を一本、囲炉裏にくべる。
火が、ぱちりと音を立てた。
「十年後……滅びる、と」
その言葉に、村長の手が止まった。
否定はなかった。
長い沈黙のあと、
村長はゆっくりと息を吐く。
「……やはり、か」
その一言で、すべてが繋がった。
「ご存じだったんですか」
「“知っていた”ほど確かなものではない。
だが……感じてはおった」
村長は囲炉裏の火を見つめながら、低く続ける。
「ここ数年、夜になると、地の底から音がする。
唸りのような、息遣いのような……」
ユウは思い出していた。
第3話で感じた、地の奥を意識させる違和感。
あれは、錯覚ではなかったのだ。
「昔、この村には“封印”があった」
村長はそう言って、古い帳面を取り出した。
「詳しいことは、ほとんど残っておらん。
わしの祖父の代には、すでに“触れるな”という言い伝えだけになっていた」
帳面には、崩れた文字で描かれた簡単な図。
村の外れ。
森の奥。
「古い祠じゃ。
今は誰も近づかん」
村長は、はっきりとユウを見る。
「だが、もし家系図が“地下封印”と言ったのなら、
原因は、そこに違いない」
囲炉裏の火が、わずかに揺れた。
「……行きましょう」
ユウはそう言った。
まだ、確証はない。
だが、放っておく理由もなかった。
村長は、短くうなずく。
「案内しよう。
この村の“裏側”をな」
その言葉と同時に、
ユウは理解した。
――村の滅亡は、突然起きる災害ではない。
長い時間をかけて、静かに進行してきたものなのだと。
祠は、森の奥にあった。
道と呼ぶには曖昧な獣道を抜け、
苔むした岩を回り込んだ先。
木々に押し潰されるように、小さな石造りの建物が佇んでいる。
「……まだ、残っておったか」
村長が低く呟いた。
屋根は崩れかけ、扉には蔦が絡みついている。
だが、不思議と荒れ果てた印象はなかった。
――眠っている。
そんな感じがした。
扉を押し開けた瞬間、
ひんやりとした空気が流れ出す。
祠の内部は狭い。
奥に、地下へ続く石段が口を開けていた。
「ここから下じゃ」
一段、また一段と降りるごとに、
胸の奥の違和感が、はっきりと主張し始める。
音が、聞こえた。
低く、一定ではない振動。
唸りとも、荒い呼吸ともつかない。
(……苦しんでる)
そう思った瞬間、
家系図が反応した。
《地下封印:状態不安定》
《封印劣化:進行中》
視界の奥に浮かぶ文字は、
今までよりも輪郭が曖昧で、揺れている。
地下広間に出た。
中央に刻まれていたのは、円形の魔法陣。
だが、完全な円ではない。
紋様は歪み、
ところどころが欠け、
まるで古い傷跡のようだった。
魔法陣の中心から、
さきほどの振動が直接伝わってくる。
「……本来の封印は、静かなものじゃ」
村長が言った。
「寝息のようにな。
だが、これは違う」
魔法陣が、微かに脈打つ。
押さえつけられ、
なお動こうとしている。
家系図に、さらに一行が浮かぶ。
《調律により未来分岐が変化する可能性:あり》
だが、その先は続かなかった。
方法も、条件も示されない。
(……まだ、足りない)
ユウはそう感じた。
この封印は、
誰かが“力で壊した”わけではない。
長い時間をかけて、
歪み、擦り切れ、限界に近づいている。
そして――
このままなら、十年後に破綻する。
ユウは、歪んだ魔法陣を見つめた。
(……整える、必要がある)
だが、その役目を担う者が、
まだ、この場にはいなかった。
祠を出たあとも、地下で感じた振動は、ユウの胸に残り続けていた。
あの封印は、
放っておけば、確実に壊れる。
だが――
どうやって整えるのか。
誰が、その役目を担うのか。
答えは、まだ出ていない。
◆
夕方、ユウは川辺でリナを見つけた。
水面に映る夕焼けを、ぼんやりと眺めている。
「リナ」
声をかけると、少し驚いた顔で振り返った。
「どうしたの? こんな時間に」
「……頼みがある」
その言葉に、リナの表情が強張る。
「やめてよ。
嫌な予感しかしない」
ユウは一瞬、言葉に詰まった。
だが、嘘はつけない。
「地下に、古い封印がある。
それが……壊れかけてる」
リナは、何も言わなかった。
ただ、川の流れに視線を戻す。
「村が……十年後に滅びる可能性がある」
その言葉で、リナの肩が小さく揺れた。
「……私に、どうしろって言うの」
声が、低い。
「まだ、分からない。
でも……一緒に見てほしい」
「見たら、戻れなくなるでしょ」
リナは、そう言って唇を噛んだ。
「私、ただの村の子だよ。
封印とか、災厄とか……そんなの、背負えない」
拒絶だった。
はっきりとした。
それでも、リナは立ち上がった。
「……見るだけ。
それだけなら、行く」
◆
再び祠に入った瞬間、
地下からの振動が、はっきりと伝わる。
「……なに、これ」
リナの声が、震えた。
地下広間に降りた瞬間、
魔法陣の歪みが、ゆっくりと波打つ。
その時だった。
リナの足元に、淡い揺らぎが広がった。
水面のように、
空気がゆっくりと動く。
「……触れたら、だめな気がする」
リナは、そう呟いた。
だが、魔法陣の歪みが、
彼女に呼応するように震える。
流れるものが、
乱れに引き寄せられていく。
「やめていい!」
ユウは叫んだ。
「今は……まだ!」
リナは、歯を食いしばり、手を引いた。
次の瞬間、
魔法陣から弾かれるような衝撃が走る。
リナの体が、よろめいた。
「……無理」
小さな声。
「これ……簡単じゃない」
地下の振動は、
さらに荒くなっていた。
ユウは、はっきりと悟った。
――整えられる。
だが、今のままでは足りない。
地下広間の空気が、重く沈んでいた。
魔法陣の中心から伝わる振動は、さきほどよりも荒い。
このままでは、いずれ破綻する。
それは、もう疑いようがなかった。
「……もう一度、やってみる」
リナが、かすれた声で言った。
「今度は……逃げない」
ユウは、何も言わなかった。
止める理由は、もうなかった。
リナは魔法陣の前に立つ。
深く息を吸い、ゆっくりと手を差し出した。
その瞬間、
空気が、静かに動いた。
水面に石を落とした時のように、
淡い揺らぎが広がっていく。
歪んだ紋様に触れると、
揺らぎは線に沿って流れ始めた。
乱れた部分を、
なぞるように。
埋めるように。
「っ……!」
リナの体が震える。
魔力の逆流が、体の奥を引き裂く。
鼻先から、赤い雫が落ちた。
「無理だ……戻れ!」
村長が結界を張り、衝撃を抑える。
「……まだ……!」
リナは、歯を食いしばった。
揺らぎは、さらに細かく分かれ、
魔法陣全体を包み込む。
低く荒れていた振動が、
次第に落ち着いていく。
唸りは、
やがて――
静かな寝息へと変わった。
地下広間が、嘘のように静まり返る。
リナは、その場に崩れ落ちた。
◆
地上へ戻った瞬間、
ユウの視界に、家系図が浮かび上がる。
《アーテル村》
《未来:十年後滅亡 → 回避》
《危機レベル:90% → 30%》
《地下封印:調律完了》
息を、吐いた。
完全ではない。
だが、終わりは消えた。
朝日が昇り、
村に、いつもの音が戻ってくる。
畑に向かう足音。
炊事の煙。
リナは、少し疲れた顔で笑った。
「……生きてる、ね。村」
「ああ」
ユウは、遠くを見る。
家系図の奥で、
村とは別の細い流れが、わずかに揺れた。
まだ、名はない。
だが、確実に存在している。
(……今じゃない)
ユウは、静かに家系図を閉じた。
この村は、今日を生きる。
次の災厄は――
その先だ。
収穫を終えた畑の上を、穏やかな風が吹き抜ける。
アーテル村は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
家々から立ちのぼる煙。
井戸端で交わされる挨拶。
子どもたちの足音。
ユウはその光景を眺めながら、胸の奥に残る違和感を意識していた。
続く、消えない感覚。
(……今日も、何も起きていない)
そう思った、その瞬間だった。
視界の奥が、静かに暗転する。
音もなく、家系図が広がった。
今までとは違う。
人の枝ではない。
一本一本の血筋でもない。
村全体を覆う、巨大な枝が浮かび上がっていた。
《アーテル村》
《未来:十年後、滅亡》
心臓が、強く打った。
(……滅亡?)
文字は短く、冷たい。
補足も、猶予もない。
十年後。
この村は、終わる。
枝の先は、黒く塗り潰されたように途切れていた。
その向こうは、何も見えない。
ユウは思わず、家の外へ出た。
朝餉の準備をする母親。
畑へ向かう村人。
昨日と同じ、平和な光景。
(……これが、十年後に……?)
実感はない。
だが、家系図はこれまで一度も嘘をつかなかった。
視線を戻すと、
村の枝の根元に、もう一行、文字が浮かんでいる。
《原因:地下封印の破綻》
地下――。
その言葉を見た瞬間、
胸の奥に溜まっていた違和感が、はっきりと形を持った。
(……これだ)
感じていた、名もなき感覚。
水音に反応し、地の奥を意識させる、あの違和感。
すべてが、ここに繋がっている。
ユウは深く息を吸った。
(まだ……確定じゃない)
未来は示されただけだ。
変えられないと、書かれてはいない。
だが――
放置すれば、確実に起きる。
ユウは家系図を閉じ、村の中心を見渡した。
この村を。
この、何気ない日常を。
(……動くしかない)
そう決めた瞬間、
物語は静かに、次の段階へ進み始めていた。
ユウは、迷わず村長の家へ向かった。
家系図の内容を、誰に話すべきか。
考えるまでもなかった。
村の未来に関わること。
そして「地下封印」という言葉。
それを知っている可能性があるのは、
この村で最も長く生きてきた人物しかいない。
囲炉裏の火は、静かに赤く揺れていた。
「どうした、ユウ」
村長は、いつもと変わらぬ声でそう言った。
だが、その目は、わずかに鋭い。
「……家系図に、村の未来が出ました」
ユウがそう告げると、
村長はすぐには答えなかった。
薪を一本、囲炉裏にくべる。
火が、ぱちりと音を立てた。
「十年後……滅びる、と」
その言葉に、村長の手が止まった。
否定はなかった。
長い沈黙のあと、
村長はゆっくりと息を吐く。
「……やはり、か」
その一言で、すべてが繋がった。
「ご存じだったんですか」
「“知っていた”ほど確かなものではない。
だが……感じてはおった」
村長は囲炉裏の火を見つめながら、低く続ける。
「ここ数年、夜になると、地の底から音がする。
唸りのような、息遣いのような……」
ユウは思い出していた。
第3話で感じた、地の奥を意識させる違和感。
あれは、錯覚ではなかったのだ。
「昔、この村には“封印”があった」
村長はそう言って、古い帳面を取り出した。
「詳しいことは、ほとんど残っておらん。
わしの祖父の代には、すでに“触れるな”という言い伝えだけになっていた」
帳面には、崩れた文字で描かれた簡単な図。
村の外れ。
森の奥。
「古い祠じゃ。
今は誰も近づかん」
村長は、はっきりとユウを見る。
「だが、もし家系図が“地下封印”と言ったのなら、
原因は、そこに違いない」
囲炉裏の火が、わずかに揺れた。
「……行きましょう」
ユウはそう言った。
まだ、確証はない。
だが、放っておく理由もなかった。
村長は、短くうなずく。
「案内しよう。
この村の“裏側”をな」
その言葉と同時に、
ユウは理解した。
――村の滅亡は、突然起きる災害ではない。
長い時間をかけて、静かに進行してきたものなのだと。
祠は、森の奥にあった。
道と呼ぶには曖昧な獣道を抜け、
苔むした岩を回り込んだ先。
木々に押し潰されるように、小さな石造りの建物が佇んでいる。
「……まだ、残っておったか」
村長が低く呟いた。
屋根は崩れかけ、扉には蔦が絡みついている。
だが、不思議と荒れ果てた印象はなかった。
――眠っている。
そんな感じがした。
扉を押し開けた瞬間、
ひんやりとした空気が流れ出す。
祠の内部は狭い。
奥に、地下へ続く石段が口を開けていた。
「ここから下じゃ」
一段、また一段と降りるごとに、
胸の奥の違和感が、はっきりと主張し始める。
音が、聞こえた。
低く、一定ではない振動。
唸りとも、荒い呼吸ともつかない。
(……苦しんでる)
そう思った瞬間、
家系図が反応した。
《地下封印:状態不安定》
《封印劣化:進行中》
視界の奥に浮かぶ文字は、
今までよりも輪郭が曖昧で、揺れている。
地下広間に出た。
中央に刻まれていたのは、円形の魔法陣。
だが、完全な円ではない。
紋様は歪み、
ところどころが欠け、
まるで古い傷跡のようだった。
魔法陣の中心から、
さきほどの振動が直接伝わってくる。
「……本来の封印は、静かなものじゃ」
村長が言った。
「寝息のようにな。
だが、これは違う」
魔法陣が、微かに脈打つ。
押さえつけられ、
なお動こうとしている。
家系図に、さらに一行が浮かぶ。
《調律により未来分岐が変化する可能性:あり》
だが、その先は続かなかった。
方法も、条件も示されない。
(……まだ、足りない)
ユウはそう感じた。
この封印は、
誰かが“力で壊した”わけではない。
長い時間をかけて、
歪み、擦り切れ、限界に近づいている。
そして――
このままなら、十年後に破綻する。
ユウは、歪んだ魔法陣を見つめた。
(……整える、必要がある)
だが、その役目を担う者が、
まだ、この場にはいなかった。
祠を出たあとも、地下で感じた振動は、ユウの胸に残り続けていた。
あの封印は、
放っておけば、確実に壊れる。
だが――
どうやって整えるのか。
誰が、その役目を担うのか。
答えは、まだ出ていない。
◆
夕方、ユウは川辺でリナを見つけた。
水面に映る夕焼けを、ぼんやりと眺めている。
「リナ」
声をかけると、少し驚いた顔で振り返った。
「どうしたの? こんな時間に」
「……頼みがある」
その言葉に、リナの表情が強張る。
「やめてよ。
嫌な予感しかしない」
ユウは一瞬、言葉に詰まった。
だが、嘘はつけない。
「地下に、古い封印がある。
それが……壊れかけてる」
リナは、何も言わなかった。
ただ、川の流れに視線を戻す。
「村が……十年後に滅びる可能性がある」
その言葉で、リナの肩が小さく揺れた。
「……私に、どうしろって言うの」
声が、低い。
「まだ、分からない。
でも……一緒に見てほしい」
「見たら、戻れなくなるでしょ」
リナは、そう言って唇を噛んだ。
「私、ただの村の子だよ。
封印とか、災厄とか……そんなの、背負えない」
拒絶だった。
はっきりとした。
それでも、リナは立ち上がった。
「……見るだけ。
それだけなら、行く」
◆
再び祠に入った瞬間、
地下からの振動が、はっきりと伝わる。
「……なに、これ」
リナの声が、震えた。
地下広間に降りた瞬間、
魔法陣の歪みが、ゆっくりと波打つ。
その時だった。
リナの足元に、淡い揺らぎが広がった。
水面のように、
空気がゆっくりと動く。
「……触れたら、だめな気がする」
リナは、そう呟いた。
だが、魔法陣の歪みが、
彼女に呼応するように震える。
流れるものが、
乱れに引き寄せられていく。
「やめていい!」
ユウは叫んだ。
「今は……まだ!」
リナは、歯を食いしばり、手を引いた。
次の瞬間、
魔法陣から弾かれるような衝撃が走る。
リナの体が、よろめいた。
「……無理」
小さな声。
「これ……簡単じゃない」
地下の振動は、
さらに荒くなっていた。
ユウは、はっきりと悟った。
――整えられる。
だが、今のままでは足りない。
地下広間の空気が、重く沈んでいた。
魔法陣の中心から伝わる振動は、さきほどよりも荒い。
このままでは、いずれ破綻する。
それは、もう疑いようがなかった。
「……もう一度、やってみる」
リナが、かすれた声で言った。
「今度は……逃げない」
ユウは、何も言わなかった。
止める理由は、もうなかった。
リナは魔法陣の前に立つ。
深く息を吸い、ゆっくりと手を差し出した。
その瞬間、
空気が、静かに動いた。
水面に石を落とした時のように、
淡い揺らぎが広がっていく。
歪んだ紋様に触れると、
揺らぎは線に沿って流れ始めた。
乱れた部分を、
なぞるように。
埋めるように。
「っ……!」
リナの体が震える。
魔力の逆流が、体の奥を引き裂く。
鼻先から、赤い雫が落ちた。
「無理だ……戻れ!」
村長が結界を張り、衝撃を抑える。
「……まだ……!」
リナは、歯を食いしばった。
揺らぎは、さらに細かく分かれ、
魔法陣全体を包み込む。
低く荒れていた振動が、
次第に落ち着いていく。
唸りは、
やがて――
静かな寝息へと変わった。
地下広間が、嘘のように静まり返る。
リナは、その場に崩れ落ちた。
◆
地上へ戻った瞬間、
ユウの視界に、家系図が浮かび上がる。
《アーテル村》
《未来:十年後滅亡 → 回避》
《危機レベル:90% → 30%》
《地下封印:調律完了》
息を、吐いた。
完全ではない。
だが、終わりは消えた。
朝日が昇り、
村に、いつもの音が戻ってくる。
畑に向かう足音。
炊事の煙。
リナは、少し疲れた顔で笑った。
「……生きてる、ね。村」
「ああ」
ユウは、遠くを見る。
家系図の奥で、
村とは別の細い流れが、わずかに揺れた。
まだ、名はない。
だが、確実に存在している。
(……今じゃない)
ユウは、静かに家系図を閉じた。
この村は、今日を生きる。
次の災厄は――
その先だ。
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