『家系図スキルで滅びの未来を書き換える』 

ゆきちゃん

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第1章:村編

第6話『赤い枝の正体』

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王都の書庫は、静かすぎて怖かった。

 声を出すと、怒られそうな気がする。
 天井は高くて、壁は分厚い。
 本棚は全部、僕の背よりずっと高い。どれも茶色くて、古い匂いがした。

(……一人だったら、絶対迷子だ)

 そう思った瞬間、少しだけ足がすくむ。
 歩くたびに靴が鳴るのも、嫌だった。

「こっちだ、坊主」

 ガルドの声に、ほっとする。
 大人の歩幅は大きい。気を抜くと、すぐ置いていかれる。

 机の上に置かれていたのは、王家の血統書だった。
 分厚くて、開くだけで両手が痛い。

(……重い)

 触れた瞬間、家系図スキルが反応した。

 視界が、ぐらりと揺れる。
 紙の上の文字が滲み、赤く染まった。

「……っ」

 息が詰まる。
 赤い線が、血のように脈打っている。

(なに、これ……)

 王の名前。
 王子の名前。
 その下に――赤い枝。

 枝は一本じゃない。
 何代も、何代も続いている。
 途中で、誰かが死ぬ未来。
 争いで終わる未来。
 王都が燃える未来。

 頭の奥が、じんじん痛む。

(……呪いだ)

 見た瞬間、分かってしまった。
 これは自然なものじゃない。
 誰かが、意図して入れたものだ。

「坊主?」

 ガルドが、異変に気づく。

「……王家、呪われてる」

 声が震えた。
 自分でも分かるくらい、幼い声だ。

「代々、ずっと。
 しかも……これ、途中で止まらない」

 視界の端で、赤い線が動く。
 地下へ。
 王都の下へ。

(……下に、ある)

 視界が暗くなり、膝が少し笑った。
 立っているだけで、疲れる。
 5歳の身体は、長く集中できない。

「迷宮だ」

「地下迷宮か?」

「そこに……原因がある。
 全部じゃないけど、強い“核”が」

 ガルドは、しばらく黙ってから言った。

「お前は戦えねぇ」

「分かってる」

 胸が苦しい。
 剣も振れない。走れば息が切れる。

 それでも。

「……僕が、見る。
 あなたたちは、動いて」

 赤い枝は、まだ消えていない。
 でも、一本だけなら――切れる。

 そう確信した瞬間、
 頭の奥で、鈍い痛みが走った。

地下迷宮の入口は、王城の裏にあった。

 重い石の扉が開いた瞬間、冷たい空気が流れ出す。
 肌に当たって、ぞくりとした。

「……さむい」

 思わず声が漏れる。
 自分の声が、高くて細いのが分かって、少し恥ずかしかった。

 階段は急で、段差が大きい。
 一段降りるだけで、足にぐっと力が入る。

(長い……)

 数段で、もう太ももが痛い。
 騎士たちは何でもない顔で降りていく。
 その背中が、どんどん遠くなる。

「坊主」

 ガルドが気づいて、振り返った。

「……だいじょうぶ」

 強がって言ったけど、息が上がっていた。
 次の瞬間、体がふわりと浮く。

「無理すんな」

 ガルドが、片腕で僕を抱えた。
 鎧は硬くて冷たい。でも、落ちる心配はない。

(……悔しい)

 自分の足で立っていたかった。
 でも、体は正直だった。

 迷宮の中は暗い。
 松明の火が揺れて、影が壁を這う。

 視界が低い。
 大人たちの腰や太ももしか見えない。
 血の跡。
 古い傷。

(……ここで、戦ってたんだ)

 因果視を、少しだけ開く。

 ――ぐらり。

 頭が揺れた。
 視界の端に、赤い光が走る。

(右……)

 同時に、喉の奥がむかむかした。

「止まって……右……」

 声が弱い。
 ガルドが代わりに叫ぶ。

「止まれ!」

 次の瞬間、右の通路から黒い影が飛び出した。
 風を切る音。
 爪が、石壁を削る。

「来るぞ!」

 剣が抜かれる音が重なった。

 ガルドは、僕を後ろに下ろす。
 膝が少し震えた。

(……見る)

 因果視を深く潜る。
 視界が歪む。
 未来の光景が、重なって流れ込む。

 ――血。
 ――倒れる騎士。
 ――叫び。

(……右に出ると、死ぬ)

 頭が割れそうに痛い。
 目の奥が熱い。

「右、出ないで……!
 前で、止めて……!」

 一瞬の沈黙。
 でも、ガルドは迷わなかった。

「聞いたな! 前で受けろ!」

 騎士たちが動く。
 魔物の突進が、盾にぶつかる。

 ガンッ!

 衝撃が、床を伝って足に響いた。
 胸がびくりと跳ねる。

 魔物は倒れない。
 だが、進めない。

(……よし)

 視界が暗くなる。
 頭痛が、じわじわ広がる。

(長くは、もたない)

 5歳の身体は、すでに限界に近かった

広い空間に出た瞬間、空気が変わった。

 湿った匂いが、鼻を刺す。
 鉄の匂い。
 血の匂い。

(……いる)

 中央。
 黒い石の祭壇の前に、それは立っていた。

 人の形に近い。
 だが、動きがぎこちない。
 皮膚の隙間から、赤黒い光が漏れている。

「……でかい」

 誰かが呟いた。

 魔物が、ゆっくりと顔を上げる。
 石を擦るような音が鳴った。

(……見なきゃ)

 怖い。
 でも、目を逸らしたら終わる。

 因果視を開いた瞬間、世界が歪んだ。

 視界が引き伸ばされ、音が遠のく。
 未来が、断片になって流れ込む。

 ――突進。
 ――左腕の薙ぎ。
 ――騎士が吹き飛ぶ。

(……左、来る)

 こめかみがズキッと痛む。

「左……!
 左、来る……!」

 声が裏返る。
 喉が、ひりつく。

「盾、左だ!」

 ガルドの怒鳴り声が響く。

 ドンッ!!

 衝撃。
 盾が大きく揺れ、騎士が後ずさる。
 だが、耐えた。

(……当たらなかった)

 一瞬、安堵が走る。

(いける……)

 未来が、まだ視える。
 次は――

 ――胸。
 結晶。
 砕ける映像。

「次……胸……!」

 その瞬間だった。

 視えた未来が、ずれた。

(……え?)

 魔物の動きが、視えていた軌道から外れる。
 胸ではない。
 踏み込みが、深い。

「ちが――」

 言い終わらなかった。

 魔物の腕が振り抜かれる。

 ゴンッ!!

 鈍い音。
 ガルドの身体が宙を舞った。

「ガルド!」

 石壁に叩きつけられ、血が飛ぶ。
 鎧が、嫌な音を立てた。

(……なんで)

 頭が、割れるように痛い。
 視界が赤く染まる。

(視えたはず……!
 未来は……確定じゃない……?)

 足が震え、立っていられない。
 膝をついた瞬間、吐き気が込み上げる。

(……読めない)

 赤い枝が、視界いっぱいに広がる。
 絡みつくように、未来を覆っている。

(……呪いだ)

 気づいた瞬間、寒気が走った。

(この魔物……
 呪いが、因果を歪めてる)

 因果視だけじゃ、足りない。
 視るほど、頭が壊れていく。

「坊主……っ」

 ガルドが、歯を食いしばって立ち上がる。
 血が、床に落ちる。

(……ここで、終わらせないと)

 怖い。
 でも、止められない。

 ユウは、さらに深く因果を潜った。

 視界が焼ける。
 涙が止まらない。

(……視える)

 赤い光の奥で、何かが動いている。
 魔物の中。
 結晶の“位置”が、わずかにずれる瞬間。

(……そこだ)

 声が、喉の奥で震えた。

視界が、赤に染まっていた。

 血じゃない。
 未来の残像だ。

 倒れる騎士。
 砕ける盾。
 踏み潰される足。

(……これ以上、見たら)

 頭の奥で、何かが軋んだ。
 吐き気が込み上げる。

(……でも、見ないと、全員死ぬ)

 ユウは歯を食いしばった。
 小さな顎が、痛い。

 魔物が、一歩踏み出す。
 床が、ドンと揺れた。

 ガルドが、剣を構える。
 片腕が、わずかに下がっている。

(……無理させすぎた)

 自分のせいだ。
 未来を読み違えた。

 胸が、ぎゅっと縮む。

(……待て)

 赤い枝の奥。
 さっきまで、ただ濁って見えていた場所。

 そこが――動いた。

(……固定されてない)

 気づいた瞬間、思考が繋がる。

(この魔物、呪いの“器”だ。
 核は……中で、動いてる)

 胸じゃない。
 肩でもない。
 攻撃の直前、重心が変わる瞬間。

 核が、そこに寄る。

 視界が、ぐにゃりと歪む。
 目の奥が、焼けるように痛い。

(……これ以上は)

 足が、震える。
 声が、出ない。

 それでも。

「……ガルド」

 声が、かすれた。

「次……受けて。
 避けないで……!」

 一瞬、沈黙。

「坊主?」

「……次で、終わらせる。
 お願い……」

 ガルドは、短く息を吐いた。

「分かった」

 魔物が、腕を振り上げる。
 突進。

 ゴォッ!

 風が唸る。

 ガルドは、動かない。
 真正面から、受ける。

 ドンッ!!

 衝撃。
 鎧が軋む音。
 血が、飛ぶ。

「ガルドッ!」

「……まだだ!」

 魔物の動きが、一瞬止まる。
 重心が、ずれる。

(……今!)

「右肩ッ!!
 そこ……!」

 叫んだ瞬間、視界が白く弾けた。

 ガルドの剣が、唸る。
 鋼が、肉を裂く音。

 ガキィン!!

 硬い。
 だが――

 ピシリ。

 確かな手応え。

「続けろッ!!」

 騎士たちが、一斉に畳みかける。
 剣戟。
 衝撃。
 怒号。

 バキンッ!!

 嫌な音が、広間に響いた。

 魔物の動きが、止まる。
 赤黒い光が、漏れ出す。

 ユウの視界で、
 赤い枝が――一本、折れた。

 次の瞬間。

 ドサッ。

 巨体が、崩れ落ちる。

 静寂。

 ユウは、その場に座り込んだ。
 立てない。
 指先が、冷たい。

(……終わった?)

 頭が、ぼんやりする。
 因果視を、閉じる。

 世界が、元に戻る。
 音が、戻る。

「……坊主」

 ガルドが、血を拭いながら近づく。

「……よく、見てたな」

 ユウは、答えられなかった。
 ただ、息をするだけで精一杯だった。

魔物が倒れても、迷宮はすぐには静まらなかった。

 赤黒い光が、床を這うように残っている。
 それは霧のように薄く、けれど完全には消えない。

(……まだ、ある)

 ユウは、ぼんやりする頭でそれを見つめた。
 因果視は閉じている。
 それでも、赤い“気配”だけが分かる。

 ガルドが、剣を杖代わりに立っていた。

「終わり、か?」

「……全部じゃない」

 声が、かすれる。
 喉が痛い。
 長く喋れそうにない。

「強いのは……壊した。
 でも……残ってる」

 騎士の一人が、周囲を見回す。

「じゃあ、この迷宮は……」

「もう、前みたいにはならない」

 ユウは、ゆっくり首を振った。

「呪いは、弱くなった。
 でも……消えてない」

 赤い枝の感触が、頭の奥に残っている。
 さっき折れたのは、一本だけだ。

(……根は、もっと深い)

 それ以上考えようとして、頭が痛んだ。
 視界が、ふっと暗くなる。

「坊主」

 気づいたときには、ガルドに抱えられていた。
 鎧の匂いが、近い。

「もういい。戻るぞ」

 反論しようとして、やめた。
 身体が、言うことをきかない。



 王城に戻った頃には、夜になっていた。

 玉座の間は、静まり返っている。
 王と、数人の重臣。
 神官たちが並んでいた。

 ユウは、ガルドの腕の中で、床に降ろされる。
 立とうとして、ふらついた。

「……結果を、聞かせてくれ」

 王の声は、低く落ち着いていた。

「地下迷宮の呪いは……一部、壊れました」

 短く、必要なことだけを話す。

「王都が、すぐ滅ぶ未来は……消えました」

 その言葉に、重臣の一人が息を吐く。

「だが――」

 ユウは、続けた。

「王家の呪いは……続いています」

 空気が、張りつめた。

「この呪いは、偶然じゃない」

 頭が痛む。
 それでも、言わなければならない。

「王家だけを、長い時間かけて壊すように……作られてる」

 王は、目を伏せた。

「……完全に消すことは?」

「今は、無理です」

 はっきり言う。

「呪いの核は……一つじゃない。
 それに……」

 少し、間を置く。

「この呪い……
 今も、誰かが……見てる」

 神官が、顔を上げた。

「見てる……?」

「保ってる。
 壊れないように……」

 玉座の間に、重い沈黙が落ちた。

 ユウは、家系図を思い浮かべる。
 赤い枝の奥。
 王家とは別の場所に、細い線が伸びていた。

(……外だ)

 王家の外。
 王国の外。

「この先……迷宮だけじゃ、済まない」

 声が、震える。

「人が……関わってる」

 王は、しばらく黙ってから、静かに言った。

「……そなたに、頼みたい」

 ユウは、顔を上げる。

「王家の呪いの正体を……探ってほしい」

 小さな身体で、そんなものを背負うのは重い。
 分かっている。

 それでも。

「……やります」

 答えは、自然に出た。

 赤い枝は、まだ消えない。
 けれど。

 確かに――
 一本は、折れた。

 それが、次の戦いの始まりだった。

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