『家系図スキルで滅びの未来を書き換える』 

ゆきちゃん

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第2章:王国・大陸編

第14話『古代遺跡と家系図の真相の一端』

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 セルグ侯が去ったあとも、空気は戻らなかった。

 その場に残された沈黙は、静かというより、張り付いている感覚に近い。
 皮膚に、ぬるりとまとわりつく。

 ユウは、無意識に指を開いた。

 何かを掴もうとしている。
 だが、そこには何もない――はずだった。

 (……まだ、見えてる)

 視界の端。
 赤黒い“線”が、微かに揺れている。

 家系図スキルは、閉じている。
 意識的に、完全に。

 それでも、線は消えなかった。

 呼吸をするたびに、わずかに増えていく。
 まるで、こちらの様子を窺うように。

 胸の奥が、じわりと重くなる。

 ――おかしい。

 今まで、こんなことはなかった。
 スキルを解除すれば、視界は必ず元に戻った。

 だが、今回は違う。

「ユウ。動かないで」

 低く、張り詰めた声。

 振り向くより先に、手首を掴まれた。
 強い力。迷いがない。

 エリアだった。

 彼女の視線は、ユウの顔ではなく、右手に向けられている。

「……俺、何かしてたか」

 声が、わずかに掠れた。

「掴もうとしてた」
「自分の意思じゃない」

 エリアの指が、さらに力を込める。

 その瞬間、線が一気に引いた。
 視界が、少しだけ澄む。

 ユウは、息を吐いた。
 思った以上に、肺が苦しかった。

「さっきの戦いで……無茶はしてない」

「ええ。でも――」

 エリアは、言葉を切った。

 ほんの一瞬。
 視線が揺れる。

 その僅かな間が、ユウの胸に刺さった。

「あなた、あの場で“見過ぎた”の」

「見過ぎた……?」

「本来なら、流れ込まない情報量よ」
「私も……こんな反応は初めて見る」

 その一言が、重かった。

 エリアは、常に知っている側だった。
 調整者。守護者。世界の裏を理解している存在。

 その彼女が、「初めて」と言った。

 ユウは、喉の奥で唾を飲み込む。

「原因は?」

 問いは、短くした。
 長くすれば、何かが決壊しそうだった。

 エリアは、即答しなかった。

 代わりに、遠く――遺跡のある方角へ視線を向ける。

「……近づいている」

「何に」

「始まりに」

 胸の奥が、きしんだ。

 始まり。
 家系図スキルの。
 そして――世界の。

 聞き返さなかった。
 聞かなくても、分かってしまったからだ。

「行くわ」

「どこへ」

「古代遺跡」
「封印の場所よ」

 その言葉を聞いた瞬間、
 ユウの視界で、一本の枝が、はっきりと伸びた。

 遺跡へ向かう未来。
 何かを見て、戻れなくなる未来。

 (……勝手に出てくるな)

 歯を食いしばり、意識の奥へ押し戻す。

「確認する必要がある」
 エリアは続けた。
「封印が揺らいでいるのか――
 それとも、あなた自身が揺らしているのか」

 ユウは、少しだけ迷った。

 だが、その迷いの隙間に、線が入り込む。

 選ばなければ、
 いずれ“選ばされる”。

 それは、もう嫌というほど分かっていた。

「……分かった」

 短く答え、頷く。

 その瞬間、線が一斉に静まった。

 遺跡のほうから、
 冷たい風が吹いた気がした。

 まるで――
 呼ばれたかのように。

 古代遺跡は、丘陵の影に沈んでいた。

 遠目には、ただの崩れかけた石造りの残骸にしか見えない。
 だが、近づくにつれて、空気が変わる。

 冷たい。
 湿っている。
 石と土が混じった匂いが、鼻の奥に残る。

 足を踏み出すたび、音が吸われた。
 靴底が地面に触れる感触だけが、やけに鮮明だ。

「……静かすぎる」

 ユウの呟きは、ほとんど反響しなかった。

「音が消えているわけじゃない」
 エリアが言う。
「ここは、“迷い”を反射しない」

 意味を考える前に、視界が揺れた。

 遺跡の入口が――三つに分かれる。

 左は、天井が崩れ落ちた細い通路。
 右は、淡い光に満ちた回廊。
 正面は、奥が見えない暗闇。

 だが、足元を見れば分かる。
 現実には、道は一つしかない。

「……またか」

 喉の奥が、ひりついた。

 左を選べば、犠牲は出るが被害は小さい未来が見える。
 右を選べば、誰も死なないが、後で大きな歪みが残る未来。
 正面は――何も見えない。

 選べば、結果が分かる。
 選ばなければ、不安だけが残る。

 セルグ侯のときと、同じ構図。

「これは……遺跡の罠?」

「ええ」
 エリアは頷く。
「家系図スキル保持者だけに作用する」
「“正解を選べ”って、迫る仕組み」

 ユウは、視線を三つの道に巡らせた。

 右の光が、やけに眩しい。
 胸の奥が、そちらへ引かれる。

 (……楽なほうを選べってか)

 歯を食いしばる。

 この感覚を、知っている。
 正しさを選んだ“気分”になれる瞬間だ。

「ユウ?」

 エリアの声に、顔を上げる。

「……違和感がある」

「どんな?」

「“選べる”のが、もうおかしい」
「ここは封印の場所だろ」
「なら、正解なんて――残しておくはずがない」

 一歩、前に出る。

 幻の道を、無視して。

「だから……選ばない」

 足を強く踏み鳴らす。

 次の瞬間、三つに分かれていた通路が、音もなく崩れた。
 光も、崩落も、闇も、すべてが剥がれ落ちる。

 残ったのは、一本の道だけ。

 冷たい空気が、奥から流れ出てきた。

 視界の端で、線が細くなる。

「……通過条件、クリアね」

 エリアの声は、わずかに緩んでいた。

「今の、私が言う前に気づいた」

 ユウは、小さく息を吐く。

「分かりたくなかったけどな」
「……始祖が間違えた理由、
 少しだけ、触った気がする」

 暗闇の奥で、何かが待っている。

 遺跡は、まだ何も語っていない。
 だが――試すのは、もう始まっていた。

通路の先は、円形の広間だった。

 天井は高く、暗闇の向こうに溶けている。
 空気は冷たく、湿り気を帯びていた。
 石の匂いが、喉の奥に残る。

 足音が、返ってこない。

 広間の中央に立った瞬間、ユウは違和感を覚えた。
 視線が、勝手に壁へ引き寄せられる。

 そこには、壁画があった。

 円。
 線。
 分岐。

 見慣れたはずの形。
 だが、どこか“荒い”。

 触れた覚えはない。
 それでも、頭の奥が、きしんだ。

 ――視界が、反転する。

 ユウは、立っているはずなのに、
 同時に“見下ろして”いた。

 大地。
 都市。
 人々。

 数え切れないほどの命が、一本の中心へと繋がっている。

 (……高すぎる)

 この視点は、人のものじゃない。

 第一の波が来る。

 始祖の視界。

 世界は、まだ不完全だった。
 争いがあり、断絶があり、未来は常に揺れている。

 その揺れを、一本の意思が見下ろしていた。

 ――正したい。

 願いは、純粋だった。

 第二の波。

 選択肢の暴走。

 線が増える。
 枝分かれが止まらない。

 救える未来。
 犠牲が出る未来。
 犠牲を出さなければ、別の場所が壊れる未来。

 可能性が、雪崩のように押し寄せる。

 (……選びきれない)

 だが、始祖は選び続けた。
 選ばなければ、壊れると信じて。

 線は、太くなり、絡まり、
 やがて世界そのものを縛り始める。

 都市が、同じ形をする。
 人々が、同じ言葉を口にする。

 自由が、薄れていく。

 第三の波。

 介入。

 線を断つ影が、現れる。

 人の形をしているが、顔がない。
 複数。
 静かに、淡々と。

 彼らは、始祖を裁かない。
 ただ、削る。

 未来を。
 選択肢を。

 その代わりに、世界は――呼吸を取り戻す。

 映像が、弾けた。

 ユウは、膝をついていた。
 床の冷たさが、掌に伝わる。

 息が、荒い。
 胸が、締めつけられる。

 (……同じだ)

 始祖が立っていた場所に、
 自分が立ちかけている。

「……見た?」

 エリアの声が、すぐそばで聞こえた。

 彼女の顔色も、良くない。
 汗が、こめかみを伝っている。

「ああ」
 ユウは、短く答えた。

「説明はいらない」
「……これ以上、選び続けたら、
 同じところに行く」

 壁画は、何も語らない。

 だが――
 始まりは、確かに刻まれていた。

 広間の空気が、わずかに歪んだ。

 音はない。
 だが、温度が下がる。

 吐いた息が白くなるほどではない。
 それでも、皮膚が粟立つ。

 床に刻まれた円環の一部が、淡く光った。
 線が、ゆっくりと動く。

 その中心に――影が立っていた。

 人の形。
 だが、顔がない。

 輪郭は曖昧で、石壁の模様と溶け合っている。
 存在しているのに、現実感がない。

 ユウの心臓が、一拍遅れて強く打った。

「……守護者か」

 声は、思ったより落ち着いていた。

 影は、すぐには答えない。
 代わりに、ユウの周囲を一周する。

 視線――というより、重さを感じた。
 測られている。

『……』

 言葉にならない振動が、頭の内側を撫でる。

『ここに立つ資格を持つ』

 短い。
 説明はない。

 ユウは、眉をひそめた。

「資格、ね」
「それを決めるのが、お前か」

 影は、否定もしない。
 肯定もしない。

 ただ、円環が一段、強く光った。

 視界に、自分の家系図が浮かび上がる。
 勝手に。
 半ば、強制的に。

 枝の数。
 太さ。
 切り落とされた痕跡。

 胸の奥が、重くなる。

『……欠けている』

 その一言で、十分だった。

 ユウは、視線を逸らさない。

「全部は、持たない」
「最初から、そのつもりだ」

 影は、今度はエリアのほうを向いた。

 彼女の肩が、僅かに強張る。

『……お前も』

 短い言葉。

 エリアは、唇を噛んだ。
 視線を、床に落とす。

「……私は」

 言いかけて、言葉を止める。

 影は、追及しない。
 だが、沈黙が、十分に語っていた。

 知っていた。
 始祖の末路を。
 それでも、ここまで来た。

 ユウは、初めて理解した。

 エリアが、なぜ自分を止め続けてきたのか。
 なぜ、それでも離れなかったのか。

「……秤にかけるなら、俺だけでいい」

 ユウは、一歩前に出た。

「エリアは、もう十分見てきた」

 影は、わずかに揺れた。

『測定、開始』

 円環が、強く光る。

 重圧が、肩にのしかかる。
 息が詰まる。

 だが、視界は澄んでいた。

 逃げたい衝動より、
 選ばない覚悟のほうが、はっきりしている。

 数秒。
 あるいは、一瞬。

 影が、後退した。

『……保留』

 その言葉に、エリアが顔を上げる。

『完全ではない』
『だが、崩壊でもない』

 影は、最後に告げた。

『封印は、長くは保たない』
『次は――外だ』

 光が、急速に失われる。

 影は、霧のように溶け、消えた。

 沈黙が戻る。

 だが、それは、先ほどまでの静けさとは違った。

 張りつめた予感だけが、残っている。

 エリアが、小さく息を吐いた。

「……ごめんなさい」

 ユウは、首を振る。

「まだ、終わってない」

 足元で、線が再び、微かに脈打ち始めていた。

 守護者の残影が消えた直後、遺跡が低く鳴った。

 崩れる音ではない。
 内部で、何かが噛み合わなくなった音だ。

 床の円環が、ゆっくりと回転を始める。
 線が一本、外れる。

「……まずい」

 エリアの声が、硬くなる。

「封印が、部分的に解錠された」
「完全じゃない。でも……このままじゃ、外に影響が出る」

 ユウの視界に、強烈な分岐が走った。

 遺跡を出る未来。
 間に合わない未来。
 誰かが“選ばされる”未来。

 胸の奥が、引き攣る。

 (またか……)

 だが、今回は違った。

 ユウは、未来を“選ぼう”としなかった。
 代わりに――自分自身の奥へ、手を伸ばす。

 家系図。
 自分のもの。

 無数の枝の中に、まだ触れていない一本があった。

 それは、未来だ。
 ユウ自身の。

 ぼんやりとしか見えない。
 だが、確かに存在している枝。

 掴めば、分かる。
 折れば、戻らない。

 喉が、鳴った。

「ユウ……?」

 エリアの声が聞こえる。
 だが、もう振り返れなかった。

 指先が、勝手に動く。

 枝に、触れる。

 凍るような感触が、皮膚を刺した。
 腕を伝って、胸の奥まで冷気が走る。

 息が、一瞬止まる。

 (……これを切れば、何かを失う)

 はっきりとは、分からない。
 だが――大切な何かだ。

 それでも。

「俺が……選ぶ」

 声は、震えていなかった。

 掴む。
 引く。

 抵抗は、なかった。
 だからこそ、重い。

 音はしない。

 だが、胸の奥で――何かが、崩れ落ちた。

 視界の端から、光が一つ消える。
 もう二度と、繋がらない未来。

 膝が、自然と床についた。

 息が、荒い。
 心臓が、痛いほど打っている。

 その代わり、暴れていた線が、一斉に沈静化した。
 円環の回転が、止まる。

 封印は、完全ではない。
 だが――崩壊は、食い止められた。

「……何を、失ったの?」

 エリアの問いに、ユウは首を振る。

「分からない」
「でも……戻れない未来だ」

 遺跡が、静まる。

 その静けさを破ったのは、外からの振動だった。

 地鳴り。
 続いて、遠くの悲鳴。

 エリアが、出口の方角を見る。

「……セルグ領の方角」
「私の予想より……早い」

 ユウは、ゆっくりと立ち上がった。
 足は、まだ震えている。

 だが、目は逸らさない。

「行こう」
「選ばされる前に、行く」

 遺跡を出る直前、ユウは一度だけ振り返った。

 円環は、沈黙している。
 だが、その奥で――確かに何かが目覚めかけていた。

 始祖ではない。
 だが、始祖に続く存在を、
 世界が呼び始めている。

 その自覚を胸に、ユウは外へ踏み出した。
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