【完結】Spice up my life〜元カレが今カレに一目惚れしたら目の前で薔薇が舞い散るようになってしまったんですが

ていくみー

文字の大きさ
2 / 60
Episode1:Welcome to the new world

1-1 対岸の多様性。

しおりを挟む
「私達、結婚式を挙げるんです」

 ネイルサロンに女性二人組で来店したお客様が揃ってはにかむような笑顔を浮かべたので、あたしは営業スマイルを貼り付けたまま一瞬のシンキングタイムを要した。

 あぁ、それぞれ男性のパートナーと同時期に式を挙げるので、仲の良いお友達同士で来店されたんだな――そう解釈して、まず祝福の言葉を述べた。

 でも、よくよく話を聞くとその解釈は間違っていた。彼女たちは女性同士で同性婚をするのだという。数年前にこの自治体で施行されたパートナーシップ制度を利用して、夫婦同然の立場になるらしい。

 そういうことかとようやく理解し、あたしは彼女たちのカウンセリングを進めた。
 当日二人が着るというドレスの画像を見せてもらい、それに合うネイルをお任せで、というオーダーだった。それぞれの好みをじっくり聞き取り、本人たちの雰囲気も考慮してデザインをいくつか提案し、その中から気に入ったものを選んでもらって施術に入った。

 半径数cmの小さなキャンバスに筆を滑らせ、繊細なグラデーションカラーを作り出す。さらにそこへキラキラしたストーンやレースパーツを載せ、最後にトップコートを入念に重ねてライトで硬化。微妙にデザインを変えながら、それを左右の指計10本に施す。それを2セット――つまり二人分。

「はい、完成です。いかがですか?」

 彼女たちはそれぞれ自分の爪を目の前に揃え、あたしの塗ったジェルネイルを眺めて、幸せそうにほぅとため息を漏らした。さらにお互いの手を取り合いながら、キャッキャとはしゃいでいる。

「ステキ~♡ それぞれカラーは違うのに、リンクしたデザインなのね」
「本当ね。私達の個性と絆が表現されているみたい。これならドレスともバッチリ合いそうだわ」

 その言葉を聞いて安心する。ネイリストにとって、お客様の喜ぶ顔が何よりのご褒美だ。

 あたしは神尾莉子かみおりこ、23歳。
 専門学校を卒業して、このネイルサロンで働くようになって数年が過ぎた。順調に指名客も増え、着々と仕事にやりがいを感じられるようになってきたところであります。

 就職した頃には、もう今日みたいな性的マイノリティーのお客様がたびたび来店するような時代の流れになっていた。だから今日のようなオーダーにもさほど驚かないし、素直に祝福したい気持ちになれる。
 「多様性」という言葉が、隅々にとまでは言わないけれど、徐々に浸透しつつある。

 けど、この時のあたしにとって、その言葉はまだまだ他人事だった。





 この日の最後のお客様だった二人の花嫁さんたちをお見送りし、先輩スタッフたちと談笑しながら閉店作業を終えると、時計は21時近くを指していた。

「あれ、莉子ちゃんの彼氏じゃな~い? 待ち合わせ?」

 先輩に言われて店舗の窓から外を覗くと、道路を挟んだ向かいのコンビニに入って行く男の姿が見えた。その見知ったシルエットは、確かにあたしの恋人――才造さいぞうだった。

「明日休業日だし、向こうも休み取ったって言うんで、焼き鳥でも食べに行こうってことになってて」
「え~、デートで焼き鳥ぃ? もうちょっとオシャレな店とか行かないの?」

 先輩に少し呆れられてしまった。

「ん~……もう付き合いも長いし、あんまり気ぃ張らないところの方が楽なんですよねぇ。だいたい居酒屋とか赤提灯とか、そんな感じかな」
「もぉ、サラリーマンのおっさんじゃないんだからぁ。たまには気を張らないとマンネリしちゃうわよ」
「あははっ、気をつけます~。じゃ、お疲れ様でした~」

 先輩からのアドバイスを笑って聞き流すフリをしたが、ここだけの話、あたしは内心少しだけギクリとしていた。

 ――ともあれ、店を出て道路を渡り、あたしは待ち合わせ相手の元へ向かった。

 コンビニの雑誌コーナーで立ち読みして待っている彼はスラッと背が高く、一見なかなかのクール系イケメンである。
 店の外からガラス越しに軽く手を振ってアピールすると、彼が顔を上げ、あたしの存在に気付いた。ボーッとした顔のまま雑誌を棚に戻し、店内から出てくると、あたしの元へやって来て軽く片手を挙げた。

「おす」
「おす」

 あたしもまた片手を挙げて応えた。

「さいぞー、それTシャツの裾、入れるのか入れないのかハッキリしてよ。クソダサい。ってゆーかだらしない」
「え~……」

 カーキのミリタリーシャツと黒い細身のパンツが、引き締まった身体によく似合ってはいるけど、残念ながらインナーのTシャツの裾がウエストに中途半端にインされていてだらしない。この男はいつもこんな感じなのだ。
 まぁ、そういう抜けてるところが可愛いのだけど。

 もそもそと仕方なさそうに着衣の乱れを直した彼と連れ立って繁華街の方へ向かい、馴染みの焼き鳥屋の暖簾をくぐった。

 草田才造くさださいぞう、通称・クソダサいぞう。冗談みたいな名前だけど本名である。
 キリッとした切れ長の目が特徴的で、パッと見、落ち着いたオトナの男という風に見えなくもない。だけどその実、ボーッとして抜けていて、あんまり何も考えていない男である。

 そんな才造とカウンターに並んで座り、ひな皮、ねぎま、豚精、ハツ、砂肝、そして生ビールと、だいたいいつもと同じメニューを注文した。
 それをつまみながら、他愛のない会話を交わす。

 ボソボソとした喋り方をする才造は、大人数で集まるとおとなしい方だけど、無口というほどでもない。
 二人っきりだとあたしの方がよく喋るけど、くだらない話も目を見ながら聞いてくれたり、短いながらも時々コメントを挟んだり、フフッと笑ったり、それなりの反応がある。高校時代の同級生ということもあって共通の友人も多く、話題に困るということもない。

 この日は、社会人2年目になった才造の仕事の愚痴をあたしが聞いた。

「んで、課長がいい人なんだけど熱血すぎて……この前血走った目で『お前も社畜にならないか?』って言われた」
「鬼だね、その人」
「なんて答えるべきか分からんくてしどろもどろしてたら、『真に受けんな。ツッコめ』って怒られた。理不尽じゃね?」
「あははッ、超楽しそうだけど、さいぞーの職場」

 笑いながら相槌を打つと、才造も可笑しそうにハハッと笑った。
 だいたいいつも、会えばこんなノリで時間を過ごす。


 その才造と付き合い始めたのは、3年くらい前。当時、あたしは前の彼氏にフラれたばかりで――
 そう。才造とのはじまりを語るには、まず初めての彼氏――大崎累おおさきるいくんのことから遡る必要がある。





 あたしが累くんと出会ったのは、才造と付き合い始めるさらにその1年前。

 当時あたしは、生まれ故郷から地方都市へ出て、美容系の専門学校に入ったばかりだった。今でこそ街のオサレな職場で働いているけど、元々は山と畑に囲まれたド田舎生まれなのだ。

 そんな右も左も分からない田舎者が、やれ新歓だ、やれコンパだと、周りに誘われるがままあちこちの飲み会へ顔を出し、華やかな世界に足を踏み入れた。
 そんな中で、ある先輩から

「何人か精鋭を集めてハイレベル大学の男子グループと飲み会をセッティングするから、莉子参加して!」

 と声をかけられた。
 まぁ、いわゆる合コンというやつである。その条件でなぜあたしが呼ばれたのかは未だによく分からないけど。盛り上げ要員だろうか。

 そして、その合コンに来ていたハイスペック男子のうちの一人が、あたしと同じで今年高校を出て進学したばかりだという累くんだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...