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Episode2:No spice,No life
2-8 強調すればするほど嘘っぽい【累視点】
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そしてまた夜が明け、新しい1日が始まった。
だが、その日才造さんは職場に姿を現さなかった。熱を出したので欠勤すると、上司に連絡があったらしい。
昨夜、あのあと二人がどうなったかはまだ僕にも分からないけど、きっと莉子ちゃんのことを心配しすぎて体調を崩したのだろう。不器用な人だ。そんなところが可愛いのだけど。
才造さんのいないチームのフロアは、いつもよりどことなく活気に欠けていた。僕の隣の郡さんは、明らかにここではないどこかに心が向かい、不意に作業の手が止まるということが午前中だけで少なくとも4回あった。普段ならそんなことは一度もない。
莉子ちゃんは、才造さんの状態を知っているんだろうか?
「大丈夫かなぁ、草田さん。感染症じゃなければいいけど」
この間と同じように、またフリースペースで郡さんと一緒にランチを摂りながら、僕は聞こえよがしの独り言を呟いてみた。すると、彼女ももはや包み隠さず僕に同意した。
「いちファンとして、非常に心配です。気がかりで仕事の効率が低下してしまいました」
「そうだね」
「受診はされたのでしょうか。食事も摂れていると良いのですが。どなたか……パートナーの方が看病についてらっしゃるのでしょうか」
「うーん、莉子ちゃんも仕事があるからね。週末はお客さんが多いから忙しいと思うし。今日は多分遅番じゃないかな。あ、彼女ね、ネイリストをやってるんだよ」
と、聞かれてもいないけど莉子ちゃんの個人情報をペラペラと漏らす僕。
「まぁ、僕が定時で上がって様子を見に行って……あっ、草田さんから電話だ」
僕のスマートフォンの着信音が鳴り、才造さんの名前が画面に表示されていた。郡さんも食い入るようにして僕の方を見た。その場で通話に応じる。
「はい、さいぞーさん? 大丈夫ですか?」
『お前に頼み事をしなきゃならないなんて、一生の不覚……』
開口一番、彼は地の底を這うような声で電波の向こうから僕にそう言い放った。ぐふっ、と今にも言いそう。
「何なりとおっしゃってください。看病ですか? 今から半休取ってそちらに向かいますね?」
『お前の顔を見たら吐き気まで加わるから来るな』
「悪態をつく余裕はありそうで何よりです♡ 病院、行きました?」
『今、這って行って来た。ただの風邪。月曜から復活する予定だけど……今日やっといてほしいことがいくつかある』
「はーい」
『15時からB社のコバヤシさんとWEBミーティングで進捗報告……お前一人で出て。できんだろ』
「はい、そのつもりでいましたよ。エラーチェック済んでます。変更点ないか聞いておきますね」
『あと……C社と打ち合わせ日程調整して、必要なデータ揃えて。そっちはタミヤさんに聞けば分かる。それと……』
通話をスピーカーに切り替え、才造さんの指示を聞きながらスマートフォンのメモ機能を使って要件を入力した。なので話の内容は郡さんにも筒抜けである。
一通り引き継ぎ事項を伝えたあと、才造さんは大きなため息を漏らし、苦々しい口調で最後の頼み事をして来た。
『終業後でいいから……俺のデスクに入ってるUSB、うちに持って来てくんない?』
「構いませんけど……さいぞーさん、家で仕事するつもりですか?」
『月曜の朝イチまでにやっとかなきゃいけないのがある。俺が任されてるやつ』
「無理しないでくださいね。だいぶ辛そうですよ。ゴハン、食べました?」
『ゼリー飲料食っただけ。作る気しないし、それしか食えない』
「あとでおかゆでも作りに行きますよ。莉子ちゃんには体調崩したこと伝えたんですか? 昨夜ケンカして家出したって聞きましたけど」
電話の向こうで才造さんがピシッと固まった。なんで知ってるんだと言わんばかりに。ついでに僕の向かいの郡さんもピクリと反応した。あえてスピーカーをオンのまま会話を続ける。
「誤解しないでくださいね。僕のとこに駆け込んで来たわけじゃないですよ。桃ちゃんが話を聞いてやってくれって僕に連絡をくれたので、電話で話しただけです。うちに来ればいいのにって言いましたけど、それは力いっぱい拒否されたので安心してください。気持ちが落ち着いたら仲直りしなよって言っておきましたけど、どうなりました?」
『……今日は帰るとだけ連絡来たけど、今朝は桃のとこから直接出勤したらしい。今日俺が仕事休んだのも言ってない』
「知らせておいた方がいいんじゃないですか?」
『今日、忙しいはずだから……連絡つきにくいだろうし、ついたところで抜けられないと思う』
「無駄に心配させたくないっていうのも分かりますけど、それでも後から知ったら『なんで言わないんだ』って怒りますよ。ケンカ中だとしても、せめてSINEくらい入れといたらどうですか? 僕から伝えましょうか?」
『……自分でするからいい』
「必ずですよ? じゃあ、夕方までゆっくり休んでてください。何かあったらすぐ連絡くださいね」
いやだ、と吐き捨てて才造さんは通話を切った。その顔を想像してニヤニヤ笑いながら郡さんの方を向くと、彼女は何やらまた読み込み中のパソコンのような顔をしていた。
「草田さんのしんどそうな声、セクシーだよねぇ♡ 本人の前で言ったら怒られるけど」
「何か、私にできることはないでしょうか」
「うーん。とりあえず草田さんのいない穴を埋めるまでは行かないけど、せめていつもどおり仕事をするのが一番じゃない?」
「そうですね」
「そういうわけなんで、僕もう戻るね。もう一度データチェックしておかなきゃ。お先に」
郡さんにそう告げ、僕はいそいそとランチボックスを片付けてオフィスへ戻った。
敬愛する才造さんからの頼まれごとで頭がいっぱいだったせいで、郡さんがまだ食事中のテーブルの上にスマートフォンを置き忘れてしまった。
そう――あくまでうっかり、無意識に。
そのスマートフォンの待受画面が、莉子ちゃんのワンショット画像に設定されていたのも不慮の事故――
僕が撮影したもので、何気ない日常の一コマだけれど、莉子ちゃんが実物よりもさらにとびきり可愛らしく撮れたものだ。三人で食事をしていた時の風景で、莉子ちゃんが上目遣いで笑いながらスプーンにカレーを乗せてカメラに向かって差し出す姿。
それが何とも――今風の言葉を使うと、エモいとでもいったところだろうか。
僕だけでなく才造さんもそのショットをいたく気に入ったらしく、SINEで送ってくれとせがまれたので、彼の元にも同じ画像がある。
何も知らない人が見れば、まぁ恋人の写真かと思うだろう――
そんな画像を、決して郡さんに見せようと思ってわざとやったわけではない。そう、決して。
だが、その日才造さんは職場に姿を現さなかった。熱を出したので欠勤すると、上司に連絡があったらしい。
昨夜、あのあと二人がどうなったかはまだ僕にも分からないけど、きっと莉子ちゃんのことを心配しすぎて体調を崩したのだろう。不器用な人だ。そんなところが可愛いのだけど。
才造さんのいないチームのフロアは、いつもよりどことなく活気に欠けていた。僕の隣の郡さんは、明らかにここではないどこかに心が向かい、不意に作業の手が止まるということが午前中だけで少なくとも4回あった。普段ならそんなことは一度もない。
莉子ちゃんは、才造さんの状態を知っているんだろうか?
「大丈夫かなぁ、草田さん。感染症じゃなければいいけど」
この間と同じように、またフリースペースで郡さんと一緒にランチを摂りながら、僕は聞こえよがしの独り言を呟いてみた。すると、彼女ももはや包み隠さず僕に同意した。
「いちファンとして、非常に心配です。気がかりで仕事の効率が低下してしまいました」
「そうだね」
「受診はされたのでしょうか。食事も摂れていると良いのですが。どなたか……パートナーの方が看病についてらっしゃるのでしょうか」
「うーん、莉子ちゃんも仕事があるからね。週末はお客さんが多いから忙しいと思うし。今日は多分遅番じゃないかな。あ、彼女ね、ネイリストをやってるんだよ」
と、聞かれてもいないけど莉子ちゃんの個人情報をペラペラと漏らす僕。
「まぁ、僕が定時で上がって様子を見に行って……あっ、草田さんから電話だ」
僕のスマートフォンの着信音が鳴り、才造さんの名前が画面に表示されていた。郡さんも食い入るようにして僕の方を見た。その場で通話に応じる。
「はい、さいぞーさん? 大丈夫ですか?」
『お前に頼み事をしなきゃならないなんて、一生の不覚……』
開口一番、彼は地の底を這うような声で電波の向こうから僕にそう言い放った。ぐふっ、と今にも言いそう。
「何なりとおっしゃってください。看病ですか? 今から半休取ってそちらに向かいますね?」
『お前の顔を見たら吐き気まで加わるから来るな』
「悪態をつく余裕はありそうで何よりです♡ 病院、行きました?」
『今、這って行って来た。ただの風邪。月曜から復活する予定だけど……今日やっといてほしいことがいくつかある』
「はーい」
『15時からB社のコバヤシさんとWEBミーティングで進捗報告……お前一人で出て。できんだろ』
「はい、そのつもりでいましたよ。エラーチェック済んでます。変更点ないか聞いておきますね」
『あと……C社と打ち合わせ日程調整して、必要なデータ揃えて。そっちはタミヤさんに聞けば分かる。それと……』
通話をスピーカーに切り替え、才造さんの指示を聞きながらスマートフォンのメモ機能を使って要件を入力した。なので話の内容は郡さんにも筒抜けである。
一通り引き継ぎ事項を伝えたあと、才造さんは大きなため息を漏らし、苦々しい口調で最後の頼み事をして来た。
『終業後でいいから……俺のデスクに入ってるUSB、うちに持って来てくんない?』
「構いませんけど……さいぞーさん、家で仕事するつもりですか?」
『月曜の朝イチまでにやっとかなきゃいけないのがある。俺が任されてるやつ』
「無理しないでくださいね。だいぶ辛そうですよ。ゴハン、食べました?」
『ゼリー飲料食っただけ。作る気しないし、それしか食えない』
「あとでおかゆでも作りに行きますよ。莉子ちゃんには体調崩したこと伝えたんですか? 昨夜ケンカして家出したって聞きましたけど」
電話の向こうで才造さんがピシッと固まった。なんで知ってるんだと言わんばかりに。ついでに僕の向かいの郡さんもピクリと反応した。あえてスピーカーをオンのまま会話を続ける。
「誤解しないでくださいね。僕のとこに駆け込んで来たわけじゃないですよ。桃ちゃんが話を聞いてやってくれって僕に連絡をくれたので、電話で話しただけです。うちに来ればいいのにって言いましたけど、それは力いっぱい拒否されたので安心してください。気持ちが落ち着いたら仲直りしなよって言っておきましたけど、どうなりました?」
『……今日は帰るとだけ連絡来たけど、今朝は桃のとこから直接出勤したらしい。今日俺が仕事休んだのも言ってない』
「知らせておいた方がいいんじゃないですか?」
『今日、忙しいはずだから……連絡つきにくいだろうし、ついたところで抜けられないと思う』
「無駄に心配させたくないっていうのも分かりますけど、それでも後から知ったら『なんで言わないんだ』って怒りますよ。ケンカ中だとしても、せめてSINEくらい入れといたらどうですか? 僕から伝えましょうか?」
『……自分でするからいい』
「必ずですよ? じゃあ、夕方までゆっくり休んでてください。何かあったらすぐ連絡くださいね」
いやだ、と吐き捨てて才造さんは通話を切った。その顔を想像してニヤニヤ笑いながら郡さんの方を向くと、彼女は何やらまた読み込み中のパソコンのような顔をしていた。
「草田さんのしんどそうな声、セクシーだよねぇ♡ 本人の前で言ったら怒られるけど」
「何か、私にできることはないでしょうか」
「うーん。とりあえず草田さんのいない穴を埋めるまでは行かないけど、せめていつもどおり仕事をするのが一番じゃない?」
「そうですね」
「そういうわけなんで、僕もう戻るね。もう一度データチェックしておかなきゃ。お先に」
郡さんにそう告げ、僕はいそいそとランチボックスを片付けてオフィスへ戻った。
敬愛する才造さんからの頼まれごとで頭がいっぱいだったせいで、郡さんがまだ食事中のテーブルの上にスマートフォンを置き忘れてしまった。
そう――あくまでうっかり、無意識に。
そのスマートフォンの待受画面が、莉子ちゃんのワンショット画像に設定されていたのも不慮の事故――
僕が撮影したもので、何気ない日常の一コマだけれど、莉子ちゃんが実物よりもさらにとびきり可愛らしく撮れたものだ。三人で食事をしていた時の風景で、莉子ちゃんが上目遣いで笑いながらスプーンにカレーを乗せてカメラに向かって差し出す姿。
それが何とも――今風の言葉を使うと、エモいとでもいったところだろうか。
僕だけでなく才造さんもそのショットをいたく気に入ったらしく、SINEで送ってくれとせがまれたので、彼の元にも同じ画像がある。
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