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第4話 猫
宴の終わり
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二人が神社の一つ目の鳥居をくぐると、奥の方から軽快なお囃子が聞こえてきた。どうやら、奉納演舞が始まっているようである。
すべての鳥居をくぐり抜けて行くと、たくさんの観客が本殿前に釘付けになっていた。人々の間を分け行って、見える場所まで移動する。
そこに設置されているステージ上では、白い着物を着た二人の青年が、ステージ横で軽快に演奏されているお囃子に合わせて踊っている。奉納演舞の一つ、『天狐神楽』である。
二人の演者は、毎年、商工会青年部の中から選出されることになっている。比較的、運動神経のいい青年が選ばれるらしい。今年の演者も踊りにキレがあり、観客全員の目を奪っている。
お囃子の音色と時折聞こえるひぐらしの声が、演舞を幻想的に彩る。
ふと、二階堂は、視界の端に白い姿を認めた。本殿の奥に視線を送ると、白装束に身を包んだ二人の男性がこちらを見ていた。正確に言えば、二階堂ではなく演舞を見ているのだが。
その内の一人が二階堂に気づいたのか、うれしそうに手を振っている。二階堂は軽く会釈をしてそれに応え、すぐに視線をステージへと戻す。
この二人こそ、この白紫稲荷神社に奉られている双子の天狐である。手を振っている方の名を『白梨』と、ステージ上に目を奪われている方の名を『紫縁』という。
蒼矢と同じく、二階堂もこの天狐達には多少の縁がある。幼い頃から人ならざる者が見えていた二階堂にとっては、昔なじみと言っても差し支えないだろう。もっとも、相手は神様である。今でも、親友のように軽々しく話しかけることは出来ない。
『誠ちゃんが女の子連れてるなんて、めっずらしい!』
唐突に、耳もとで揶揄するような声が聞こえた。
視線を本殿の奥に移すと、男性は一人になっている。どうやら、先程手を振っていた白梨が、二階堂のもとに遊びに来たようだ。
(ちょっと困ってたんで、助けたんですよ)
断じて恋人ではないと、心の中で反論する。
『そっか……』
出鼻をくじかれた白梨は、つまらなそうにつぶやいた。
(そこで、しょぼくれないでくださいよ。後で、お二方にもご協力をお願いするかもしれません。その時はよろしくです)
『……なるほど、そういうことか。紫縁にも言っておくよ』
二階堂の言葉に、白梨は快諾する。二階堂の言わんとするところを察したらしい。
『蒼矢に、たまには顔見せろって言っておいて』
それだけ言うと、白梨は気配を消した。紫縁のところへ戻ったようである。
(言ったところで、来ないだろうな。蒼矢は)
そんなことを考えて、二階堂は苦笑する。
仕事でもない限り、蒼矢がこの神社に足を向けることはまずない。彼は、白梨の世話好きで好奇心旺盛なところが苦手なのである。
二階堂が意識をステージへと戻したところで、周囲から拍手が巻き起こった。ちょうど、天狐神楽の演舞が終了したところらしかった。
二階堂も周囲につられて拍手をするが、最後まで見られなかったことが少し残念だった。
(まあ、しかたないか)
気持ちを切り替え、再びステージへと意識を向ける。
二人の青年と入れ替わりに、一人の巫女がステージに上がった。手には、神楽鈴と呼ばれる鈴を持っている。
辺りが静まりかえると、先程お囃子を演奏していた楽器隊が、ゆっくりとした神楽を奏で始めた。
その音色に合わせて、巫女がゆったりと舞う。二つ目の奉納演舞『清華の舞』である。
舞に合わせて、巫女が神楽鈴を鳴らす。その鈴の音に、境内の空気だけではなく観客の心も浄化されていくようだ。
観客は皆、その幻想的で美しい光景に魅了されている。
厳かな雰囲気の中、清華の舞は開始から約十五分後に終了した。神楽の音色がやむと、盛大な拍手が境内に響き渡る。
拍手の中、巫女は本殿と観客に一礼をしてステージをおりる。楽器隊もその後に続いた。
しばらくして拍手も鳴りやむと、人々は散々にその場を後にする。だが、甘酒をもらうために集会用テントに向かう者が大半だった。
二階堂と朱音も、テントへ向かう列に並ぶ。しばらく並んだ後、甘酒をもらった二人は、他の人の邪魔にならないように気をつけながら鳥居側へと移動した。
甘酒を一口飲む。ほのかな甘味とほどよい冷たさが口の中に広がる。
「美味しい!」
今まで甘酒を飲んだことのなかった朱音は、初めての味に目を丸くしながら感嘆の声を上げた。
「気に入ってもらえたみたいで、よかった」
そう言って、二階堂も甘酒を味わう。本日二度目の甘酒は、はしゃいで疲れたのどを優しく癒してくれた。
「……朱音ちゃん、これからどうする?」
帰る場所はあるのかと尋ねると、朱音は首を横に振り、
「もともと、根なし草の野良猫だからね、野宿でもするよ」
あっけらかんと告げた。
「もしよかったら、うちに来る?」
「え……!?」
二階堂の誘いに、朱音は警戒し身構える。
二階堂は慌てて、下心はないと告げた。しかし、いぶかしむ朱音の視線は変わらない。
二階堂は小さくため息をついて、
「猫耳隠せてないの、忘れてない? また、人間に変な目で見られてもいいの?」
「……っ! それは……」
言葉を詰まらせる朱音に二階堂は、
「うちなら妖狐もいるからさ」
何か助けになることがあると思うと、だめ押しとばかりに言葉を紡ぐ。
「妖狐……?」
「ああ、僕の相棒なんだ」
朱音はわずかの逡巡、
「それじゃあ、お世話になります」
にこやかにそう言って、頭を下げた。
二階堂はうなずくと、ポケットからスマートフォンを取り出し、
『あと何軒か回ったら帰る。あ、猫又も連れてくから、よろしく』
と、蒼矢との連絡に使用しているチャットに書き込んだ。
スマートフォンをポケットにしまうと、二階堂は朱音にもう一度露店巡りをしようと提案した。
「もう一度?」
「ああ。まだ行ってない屋台、結構あるからさ。そこで、今日の夕飯を賄おうかなって」
そう言うと、朱音は満面の笑みで行きたいと告げた。
こうして、二人は二回目の露店巡りへと向かったのだった。
すべての鳥居をくぐり抜けて行くと、たくさんの観客が本殿前に釘付けになっていた。人々の間を分け行って、見える場所まで移動する。
そこに設置されているステージ上では、白い着物を着た二人の青年が、ステージ横で軽快に演奏されているお囃子に合わせて踊っている。奉納演舞の一つ、『天狐神楽』である。
二人の演者は、毎年、商工会青年部の中から選出されることになっている。比較的、運動神経のいい青年が選ばれるらしい。今年の演者も踊りにキレがあり、観客全員の目を奪っている。
お囃子の音色と時折聞こえるひぐらしの声が、演舞を幻想的に彩る。
ふと、二階堂は、視界の端に白い姿を認めた。本殿の奥に視線を送ると、白装束に身を包んだ二人の男性がこちらを見ていた。正確に言えば、二階堂ではなく演舞を見ているのだが。
その内の一人が二階堂に気づいたのか、うれしそうに手を振っている。二階堂は軽く会釈をしてそれに応え、すぐに視線をステージへと戻す。
この二人こそ、この白紫稲荷神社に奉られている双子の天狐である。手を振っている方の名を『白梨』と、ステージ上に目を奪われている方の名を『紫縁』という。
蒼矢と同じく、二階堂もこの天狐達には多少の縁がある。幼い頃から人ならざる者が見えていた二階堂にとっては、昔なじみと言っても差し支えないだろう。もっとも、相手は神様である。今でも、親友のように軽々しく話しかけることは出来ない。
『誠ちゃんが女の子連れてるなんて、めっずらしい!』
唐突に、耳もとで揶揄するような声が聞こえた。
視線を本殿の奥に移すと、男性は一人になっている。どうやら、先程手を振っていた白梨が、二階堂のもとに遊びに来たようだ。
(ちょっと困ってたんで、助けたんですよ)
断じて恋人ではないと、心の中で反論する。
『そっか……』
出鼻をくじかれた白梨は、つまらなそうにつぶやいた。
(そこで、しょぼくれないでくださいよ。後で、お二方にもご協力をお願いするかもしれません。その時はよろしくです)
『……なるほど、そういうことか。紫縁にも言っておくよ』
二階堂の言葉に、白梨は快諾する。二階堂の言わんとするところを察したらしい。
『蒼矢に、たまには顔見せろって言っておいて』
それだけ言うと、白梨は気配を消した。紫縁のところへ戻ったようである。
(言ったところで、来ないだろうな。蒼矢は)
そんなことを考えて、二階堂は苦笑する。
仕事でもない限り、蒼矢がこの神社に足を向けることはまずない。彼は、白梨の世話好きで好奇心旺盛なところが苦手なのである。
二階堂が意識をステージへと戻したところで、周囲から拍手が巻き起こった。ちょうど、天狐神楽の演舞が終了したところらしかった。
二階堂も周囲につられて拍手をするが、最後まで見られなかったことが少し残念だった。
(まあ、しかたないか)
気持ちを切り替え、再びステージへと意識を向ける。
二人の青年と入れ替わりに、一人の巫女がステージに上がった。手には、神楽鈴と呼ばれる鈴を持っている。
辺りが静まりかえると、先程お囃子を演奏していた楽器隊が、ゆっくりとした神楽を奏で始めた。
その音色に合わせて、巫女がゆったりと舞う。二つ目の奉納演舞『清華の舞』である。
舞に合わせて、巫女が神楽鈴を鳴らす。その鈴の音に、境内の空気だけではなく観客の心も浄化されていくようだ。
観客は皆、その幻想的で美しい光景に魅了されている。
厳かな雰囲気の中、清華の舞は開始から約十五分後に終了した。神楽の音色がやむと、盛大な拍手が境内に響き渡る。
拍手の中、巫女は本殿と観客に一礼をしてステージをおりる。楽器隊もその後に続いた。
しばらくして拍手も鳴りやむと、人々は散々にその場を後にする。だが、甘酒をもらうために集会用テントに向かう者が大半だった。
二階堂と朱音も、テントへ向かう列に並ぶ。しばらく並んだ後、甘酒をもらった二人は、他の人の邪魔にならないように気をつけながら鳥居側へと移動した。
甘酒を一口飲む。ほのかな甘味とほどよい冷たさが口の中に広がる。
「美味しい!」
今まで甘酒を飲んだことのなかった朱音は、初めての味に目を丸くしながら感嘆の声を上げた。
「気に入ってもらえたみたいで、よかった」
そう言って、二階堂も甘酒を味わう。本日二度目の甘酒は、はしゃいで疲れたのどを優しく癒してくれた。
「……朱音ちゃん、これからどうする?」
帰る場所はあるのかと尋ねると、朱音は首を横に振り、
「もともと、根なし草の野良猫だからね、野宿でもするよ」
あっけらかんと告げた。
「もしよかったら、うちに来る?」
「え……!?」
二階堂の誘いに、朱音は警戒し身構える。
二階堂は慌てて、下心はないと告げた。しかし、いぶかしむ朱音の視線は変わらない。
二階堂は小さくため息をついて、
「猫耳隠せてないの、忘れてない? また、人間に変な目で見られてもいいの?」
「……っ! それは……」
言葉を詰まらせる朱音に二階堂は、
「うちなら妖狐もいるからさ」
何か助けになることがあると思うと、だめ押しとばかりに言葉を紡ぐ。
「妖狐……?」
「ああ、僕の相棒なんだ」
朱音はわずかの逡巡、
「それじゃあ、お世話になります」
にこやかにそう言って、頭を下げた。
二階堂はうなずくと、ポケットからスマートフォンを取り出し、
『あと何軒か回ったら帰る。あ、猫又も連れてくから、よろしく』
と、蒼矢との連絡に使用しているチャットに書き込んだ。
スマートフォンをポケットにしまうと、二階堂は朱音にもう一度露店巡りをしようと提案した。
「もう一度?」
「ああ。まだ行ってない屋台、結構あるからさ。そこで、今日の夕飯を賄おうかなって」
そう言うと、朱音は満面の笑みで行きたいと告げた。
こうして、二人は二回目の露店巡りへと向かったのだった。
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