幽幻亭~人と妖狐の不思議な事件簿~

倉谷みこと

文字の大きさ
32 / 64
第4話 猫

蒼矢と朱音

しおりを挟む
 二人は二回目の露店巡りで、焼きそば、から揚げ、わたあめを購入した。もちろん、焼きそばとから揚げは三人分である。

 途中、ポケットが震えたが、二階堂は気づかぬふりをする。おおかた、チャットのメッセージを見た蒼矢からの返信だろう。

 空はオレンジ色に染められ、祭り終了時刻が近いことを教えていた。

 家路へと急ぐ人と、帰る前に買い物をしようと露店に並ぶ人で混雑する大通り。その中を縫うように、二階堂と朱音は進んで行く。

 祭りの喧騒を背中で聞きながら、路地に入り家を目指す。とても楽しみなのだろう、朱音は終始笑顔だった。

「ここだよ」

 そう言って、二階堂は一軒の民家の前で立ち止まった。

 焦げ茶色の屋根と扉にキャラメル色の壁といった、ごく普通の二階建ての民家だ。ここが、二階堂の自宅兼事務所の幽幻亭である。

 扉を開けて中に入ると、二階堂はスリッパを準備して、どうぞと朱音に声をかけた。

「……お邪魔します」

 遠慮がちに言って、朱音は玄関に入る。

 スリッパに履き替えて、二階堂の後ろについて行った。

「……誠一さんよぅ、ちゃんと説明してもらおうか?」

 二階堂が居間に入るや否や、早めの晩酌を始めていたらしい蒼矢が説明を求めた。テーブルには一升瓶と酒の入ったコップが置かれている。

「ただいま。いか焼き、買って来たよ」

 二階堂はそう言って、荷物をテーブルの上に置いた。手洗いをするためにキッチンへと向かう。

「おう、サンキュー。……じゃねえよ! 猫又連れて来たって、どういうことだっつの!」

 わけがわからないと、二階堂に噛みつく蒼矢。その剣幕に圧倒されて、朱音は居間の入り口で立ち尽くしていた。

「朱音ちゃんが怯えてるだろ?」

 キッチンから戻って来た二階堂は呆れながら、蒼矢をたしなめる。持って来た麦茶入りのコップを二つ、テーブルに置くと椅子に座って一息ついた。

 蒼矢は舌打ちして、面白くなさそうに酒をあおる。

 彼の態度に小さくため息をつくと、二階堂はいまだ立ち尽くしている朱音に手招きをした。

 数秒遅れて、朱音はおそるおそる室内に入る。二階堂にすすめられるまま、彼の隣の椅子に腰を下ろした。

 二階堂は蒼矢に朱音を、朱音に蒼矢をそれぞれ紹介すると、朱音を連れて来た経緯を説明する。

「――なるほど、そういうことか」

 蒼矢は納得したらしく、から揚げを一つ口に入れた。

 ある程度冷めてしまってはいるが、噛む度にあふれる肉汁が口内に幸せを運んでくる。その旨さに気が緩んだのか、今まで隠していた蒼矢の狐耳と尾が突然現れた。

「――っ!?」

 二階堂の説明を聞きながら朱音もから揚げを食べていたのだが、目の前の突然の変化に驚いて盛大にむせてしまった。

「大丈夫? 朱音ちゃん!」

 二階堂は、慌てて朱音の背中を軽く叩き、麦茶を手渡した。

 朱音はそれを受け取ると、一気にのどに流し込む。

「大丈夫か? 何か、悪いな……」

 蒼矢が、心配そうに謝罪する。

「……ぷはっ! だ、大丈夫、です。あたしの方こそごめんなさい。事前に聞いてたのにびっくりしちゃって」

 と、落ち着きを取り戻した朱音も謝罪を口にした。

「そう言えば、あんた、猫又になって間もないんだっけ?」

 蒼矢が朱音に尋ねると、朱音はうなずいて、

「そうです。うまく変化できなくて……」

 そう言ってキャスケットを取ると、オレンジ色の猫耳がぴょこんと顔を出した。

「ああ、別に敬語じゃなくていいよ。そういうの、俺、苦手だし」

 そう言うと、蒼矢は一口酒を飲んだ後、目を細めて朱音を見る。何か、集中しているようだ。

「あ、あの……」

 値踏みするような蒼矢の視線に耐えかねた朱音が、おずおずと声をかける。

「ああ、悪い悪い。妖力のコントロール、どのくらいできてんのかなって思ってよ」

「そういうの、見ただけでわかるもんなのか?」

 二階堂の素朴な疑問に、蒼矢はうなずいた。

「まあ、妖怪全員が、この力を持ってるわけじゃねえんだけどな。で、話を戻すと、だ。朱音は、コントロールの基本ができてねえ」

 だから、時間が経つと変化が解けてしまうのだという。素質も妖力の質もいいのにもったいないと、蒼矢はつけ加えた。

 蒼矢によると、妖力の質がいい妖怪と質が悪い妖怪がいるらしい。力の質がいいと、コントロールもしやすいのだそうだ。それに加えて、朱音には力を物質化する素質があるらしく、きちんと修行すれば、蒼矢のように妖力を込めた勾玉なども作れるようになるとのこと。

 これには、二階堂だけでなく朱音本人も驚いた。まさか、自分にそんな素質があるなんて思ってもいなかったのだ。

「あ、でも、俺が修行の面倒見るとか、無理だから」

 蒼矢のこの一言で、朱音の表情は一気に曇った。今にも泣き出しそうである。

「何とかならないのか?」

「何とかって言ってもな~……」

 蒼矢は、困ったように頭をかいた。

 そもそも、朱音に合うだろう修行メニューが思い浮かばない。それ以前に、効率がよく効果的な修行がどんなものなのか、蒼矢はまったく知らなかった。

「……しかたねえ、あの二人に頼むしかないか」

 蒼矢は、苦虫をかみ潰したような表情でつぶやいた。

「あの二人って……?」

 朱音が尋ねると、二階堂が白紫稲荷の双子の天狐のことだと答えた。

「えっ!? あの天狐様方とお知り合いなの?」

「ああ。昔、ちょっとあってな。明日、ちょっと交渉してくるわ」

 蒼矢は、どこか諦めたように告げた。

(本当に行きたくないんだな)

 と、彼の表情から読み取り、二階堂は苦笑する。

「さて、明日のことも決まったことだし、夕飯にしようか」

 二階堂が気持ちを切り替えるように告げると、待ってましたとばかりに蒼矢と朱音が同時に喜びの声を上げる。

 二人のテンションの上がりように、二階堂は苦笑せざるを得ない。

 少し待つように二人に告げると、二階堂は冷めてしまったいか焼きと焼きそばを温めるため、キッチンへと向かうのだった。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...