飼われる側って案外良いらしい。

なつ

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1.波紋を描く、異色の水滴

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西園寺が出て行った後、暫く天井を見ていた。特に意味は無いが身体が動かないからそうしている。
小窓から見える色は腹の立つくらい鮮やかな橙。夕方だ。

「は、…」

疲れたな

つかれた。疲れた疲れた疲れた。ああつかれた。
しかしその4文字は口に出来なくなっていた。いつからだっただろうか、と首を傾げ中身のない思い出に浸る。

何の為に生きているんだろうな

社会人になってからじゃない。生まれた時から疎まれてる自分に、どうやって生きていけばいいのか分かるはずもなくて。
親にすら捨てられて施設でも虐められ親戚中の家をたらい回しにされ、誰にも必要とされたことなんて一度もない。

そんなのって、とっくに死んでるようなものだろ。

「かえるか」
 
机の上には書類が積み上がってる。そんなことは見なくても分かる。でももうなんだか、もう…どうでもよくて。
最大限身体に気を使いながら立ち上がれば、まだ立てた。

恐る恐る一歩踏み出してまだ歩けることを確認すると、鞄を持って帰路に着く。紫ヶ崎の瞳は虚ろで、ふらふら、ゆらゆらと覚束無い足取りで歩いていた。
どこからどう見ても普通の状態じゃないが、人とすれ違っても誰も話しかけない。そこに何も無いかのように。
紫ヶ崎はそれが凄く心地よく、身体の痛みも忘れられるようだった。

電車に乗って最寄り駅で降りた。
歩く、歩く。
遠いな、歩いても歩いても距離が縮まらないような気がする。

既に夕日は沈んでいて、月や星がきらりと街に灯りを落としている。大きな大きな満月は今夜はより黄色く輝いていて、きっとこれをみた人々は見上げたり、1枚思い出を残したりなんてことをするのだろう。

最後に何かを綺麗だと思ったのは、いつだったか…

立ち止まって、煌々と輝く丸を見つめる。月だな。
大きさも明るさもバラバラに、各々輝く点を見つめる。星だな。

がくり、と膝から崩れ落ちた。そのまま上半身も地面にぴたりと張り付いているかのように動かない。
頬に当たる地面の小さな凹凸が痛い。

「ぁ…?うごけな…?」

声を出して漸く、異様に己の呼吸が荒いことに気付いた。
駅から歩いて15分くらいのはずの家が、まだ見えないくらい遠いのに。視界がどんどん狭まっていく。
目の前が夜空より暗くなる直前、輝くそれらが一瞬だけきれいにみえた気がした。

◆    ◆    ◆

それは偶々だった。

今日は用事が早く済んで、もしかしたら居るかもと思って、探してみたんだ。セミュールには「それ、人間界ではストーカーって呼ぶらしいのですが」などと言われたが。
俺はただ将来的に自分のペットになる子を見に行ったというだけで。

「おや、矢張りそうでしたか」

「ちっ、俺の家に向かう」

車は紫ヶ崎を乗せ動き出した。
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