飼われる側って案外良いらしい。

なつ

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1.波紋を描く、異色の水滴

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その日は朝からやたら体が重かった。

「うごけない…」

しかし行かないといけない。
痛みに軋む体を起こして、何とか立ち上がる。直後がくりと膝から崩れ落ちた。何事だと己の小枝のように細い足へ視線を向ければ小刻みに震えているではないか。


「…………ぐ…ッ!」

もう一度踏ん張って立ち上がって、何も無かったかのように歩き出して支度を始める。すると本当に普段通りな気がしてきた。
今日も一日、同じように過ごせそうで安心だ。

・・・

なんて思っていた時もあった。
全然、全く、いつも通りではなかった。

会社に着いてまず言われた言葉が「倉庫に居ろ」とはこれ如何に。などと疑問を口にする間もなく──そもそも口にする権利など無いが──半ば強引に連れて行かれた先は使われていない倉庫だった。空調設備など無く、掃除すらずっとされていない最低最悪な場所。幼少の頃からまともではない環境で過ごしていたが、中でもトップクラスだと言えるだろう。
そんな事を考えていたら僕をここに案内した男は早足で去っていった。

「Swis関係でしょうか…」

「はっ…!?」

鍵を閉められ1人になったと思ったところで出入口をぼんやり眺めていると、特に気にもしていなかった方向から声が聞こえ思わず声が出る。隅の方に己より幾分か大きな影が薄ら見え……?

……滲んだ?

「わ、お、驚かせてしまってすみません。は、初めまして…?」

もっとよく見てみると、体育座りをしている男がこちらを窺っているのが見えた。

「ぁ…どうも…?」

とりあえず会釈はしておく。お互いに近寄らないから、聞こえてるのかは分からないけど。

「……」
「……」

静かだな。

ここに居るということは会社内での居場所も友人も居ない僕と同じ奴隷のようなものなんだろう。と、紫ヶ崎は思う。結局1人から2人に変わった所でこの通り変わったことはない。なので埃でうっすら白い床に座ってあちこちにこびり付いたシミを数えていた。
どれくらい経っただろうか、紫ヶ崎の肉の無い薄い尻が悲鳴を上げる頃、足音が聞こえてきた。それはどんどん此方に近付き、足音の主は躊躇なくこの倉庫の扉を開ける。
西園寺だ。
 
「ごめんね、少し忙しくて。千成ちせい君は戻ろうか。僕は少し紫ヶ崎君に用があるから、1人で行っててほしいな」

終わった、と思った。一見いつもと変わらない薄い笑みを浮かべているようだが、紫ヶ崎には分かる。これは非常に不味い状態なのだと。  
隅に居た男──千成というらしい──はとっとと行ってしまいもう西園寺と2人っきりだ。

むしむしとした空気と、背中を伝う汗でしか夏を感じることはない暗い黒い倉庫で。振り落とされた拳と踵、崩れる体。
西園寺が最後に呟いた言葉だけが妙に気になった。

…………"あの野郎に喋ったね?"
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