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第一章「王城金貨横領事件」
修行時代、そして大事件
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倫太郎が助手になってから、もう一か月が経っていた。
宿の一室を使った渚の相談室には、近所の人々がぽつぽつと訪れる。
「最近眠れなくて……」
「夫婦喧嘩が絶えなくて……」
渚は一人ひとりの悩みに耳を傾け、“心の糸”を丁寧に調律していく。
俺は横で茶を淹れたり、記録を書いたり。
時には「こっちの旦那さん、完全に尻に敷かれてるな……」と心の中で突っ込みを入れるのも仕事のうちだ。
不思議なことに、この生活は居心地がよかった。
勇者パーティで「役立たず」と言われた俺が、ここでは誰かの役に立てている。
それが、ただ嬉しかった。
そんなある朝のこと。
宿の一階に飛び込んできた少年が、息を切らせながら号外の紙束を配っていた。
「大変だ! 王城で金貨がごっそり消えたぞ!」
客たちが一斉にざわつく。
俺は慌てて一枚受け取った。
《緊急号外 王城金貨、未明に大量消失》
《内部犯行か? 管理体制に疑問の声》
見出しが目に飛び込んできて、背筋が冷たくなる。
「王城……金貨……?」
思わず声が裏返った。
渚は俺の隣で紙面を見つめ、淡々と呟いた。
「いずれ大きな渦になるでしょうね。この事件は」
俺は唾を飲み込む。
――まさか、自分たちがその渦の中に巻き込まれていくなんて。
このときはまだ、想像もしていなかった。
数日後、宿の一室に慌ただしいノックが響いた。
扉を開けると、立っていたのは王城の会計官を名乗る男だった。
「……王家の財貨について、ご相談したいのです」
震える声で彼は事情を語る。
半年前から、王城の金庫から金貨が少しずつ消え始め、ついには今回の“大量消失”に至った。
しかし城の中は箝口令が敷かれ、調査は暗礁に乗り上げている。
「どうか、真導殿……そして助手の方。真実を探り出していただけませんか」
机の上に置かれた封筒は、依頼料としては破格だった。
その額からも、この事件の重大さが伝わってくる。
一方その頃――王城の広間では、別の光景が広がっていた。
「報酬が減らされた? ふざけるな!」
「我らが命懸けで魔物を討っているというのに!」
勇者パーティの面々が声を荒らげていた。
金貨の消失によって褒美が削られたと聞かされ、苛立ちを隠そうともしない。
「城の管理が甘いせいだ! なぜ俺たちが割を食わねばならん!」
「英雄を軽んじるとは、王家も落ちぶれたものだな!」
その隣には、絹の衣をまとった金髪碧眼の少年――第一王子アレクシスがいた。
彼は兵士を従え、退屈そうに玉座の隅で足を組んでいる。
「くだらん……褒美が減ったくらいで騒ぐなど、下賤の民と変わらぬな」
吐き捨てるような言葉に兵士たちは顔を曇らせたが、誰一人として反論できない。
“ワガママ王子”の異名を持つ彼の機嫌を損ねることは、命を削るに等しいのだから。
王城で渦巻く不信と苛立ち。
その裏で、市井の宿に拠点を構えた一組の探偵コンビが動き始めようとしていた。
渚は依頼状を丁寧に畳み、倫太郎へ視線を向ける。
「倫太郎さん。この糸を手繰れば、必ず真実にたどり着けます」
俺はごくりと唾を飲んだ。
勇者パーティ、ワガママ王子、そして王城そのもの――
彼らが絡み合う巨大な糸の結び目を解くことが、俺たちの最初の大仕事になるのだ。
王城の会議室。
長机を挟んで座るのは、会計官、勇者パーティの面々、そして俺と渚。
場の空気は重く、誰もが苛立ちを隠しきれていなかった。
「では、まず金貨の管理方法をお聞かせください」
渚は落ち着いた声で質問を投げる。
視線は鋭いが、決して責め立てる調子ではない。
俺は横で必死にペンを走らせた。
メモ帳の上に、彼女の言葉を一字一句漏らさないように書き留める。
……とはいえ、目の前の勇者パーティの姿が視界に入るたび、手が震えた。
数か月前に「役立たず」と追放された相手だ。
彼らの嘲るような視線が、皮膚に突き刺さる。
(うわぁ……すげぇ気まずい……! 逃げ出したい……!)
そんな俺の様子に気づいたのか、渚がそっと小声で囁いた。
「倫太郎さん。あなたの役目は、糸を紡ぐこと。――ただ、書き留めてくださればいいのです」
その藤色の瞳に背を押され、俺はぐっと息を吸った。
視線を紙に落とし、勇者たちの声を余すことなく記録する。
「褒美が減らされては困る!」
「盗みなど我らの名誉を汚すものだ!」
どの言葉も苛立ちと不満に満ちていた。
けれど渚は一切動じず、淡々と質問を重ねていく。
その横顔を見ながら、俺は思った。
(……俺も、もう“役立たず”じゃない。渚さんの隣でなら、俺にできることがあるんだ)
ペンを握る手に、少しだけ力がこもった。
宿の一室を使った渚の相談室には、近所の人々がぽつぽつと訪れる。
「最近眠れなくて……」
「夫婦喧嘩が絶えなくて……」
渚は一人ひとりの悩みに耳を傾け、“心の糸”を丁寧に調律していく。
俺は横で茶を淹れたり、記録を書いたり。
時には「こっちの旦那さん、完全に尻に敷かれてるな……」と心の中で突っ込みを入れるのも仕事のうちだ。
不思議なことに、この生活は居心地がよかった。
勇者パーティで「役立たず」と言われた俺が、ここでは誰かの役に立てている。
それが、ただ嬉しかった。
そんなある朝のこと。
宿の一階に飛び込んできた少年が、息を切らせながら号外の紙束を配っていた。
「大変だ! 王城で金貨がごっそり消えたぞ!」
客たちが一斉にざわつく。
俺は慌てて一枚受け取った。
《緊急号外 王城金貨、未明に大量消失》
《内部犯行か? 管理体制に疑問の声》
見出しが目に飛び込んできて、背筋が冷たくなる。
「王城……金貨……?」
思わず声が裏返った。
渚は俺の隣で紙面を見つめ、淡々と呟いた。
「いずれ大きな渦になるでしょうね。この事件は」
俺は唾を飲み込む。
――まさか、自分たちがその渦の中に巻き込まれていくなんて。
このときはまだ、想像もしていなかった。
数日後、宿の一室に慌ただしいノックが響いた。
扉を開けると、立っていたのは王城の会計官を名乗る男だった。
「……王家の財貨について、ご相談したいのです」
震える声で彼は事情を語る。
半年前から、王城の金庫から金貨が少しずつ消え始め、ついには今回の“大量消失”に至った。
しかし城の中は箝口令が敷かれ、調査は暗礁に乗り上げている。
「どうか、真導殿……そして助手の方。真実を探り出していただけませんか」
机の上に置かれた封筒は、依頼料としては破格だった。
その額からも、この事件の重大さが伝わってくる。
一方その頃――王城の広間では、別の光景が広がっていた。
「報酬が減らされた? ふざけるな!」
「我らが命懸けで魔物を討っているというのに!」
勇者パーティの面々が声を荒らげていた。
金貨の消失によって褒美が削られたと聞かされ、苛立ちを隠そうともしない。
「城の管理が甘いせいだ! なぜ俺たちが割を食わねばならん!」
「英雄を軽んじるとは、王家も落ちぶれたものだな!」
その隣には、絹の衣をまとった金髪碧眼の少年――第一王子アレクシスがいた。
彼は兵士を従え、退屈そうに玉座の隅で足を組んでいる。
「くだらん……褒美が減ったくらいで騒ぐなど、下賤の民と変わらぬな」
吐き捨てるような言葉に兵士たちは顔を曇らせたが、誰一人として反論できない。
“ワガママ王子”の異名を持つ彼の機嫌を損ねることは、命を削るに等しいのだから。
王城で渦巻く不信と苛立ち。
その裏で、市井の宿に拠点を構えた一組の探偵コンビが動き始めようとしていた。
渚は依頼状を丁寧に畳み、倫太郎へ視線を向ける。
「倫太郎さん。この糸を手繰れば、必ず真実にたどり着けます」
俺はごくりと唾を飲んだ。
勇者パーティ、ワガママ王子、そして王城そのもの――
彼らが絡み合う巨大な糸の結び目を解くことが、俺たちの最初の大仕事になるのだ。
王城の会議室。
長机を挟んで座るのは、会計官、勇者パーティの面々、そして俺と渚。
場の空気は重く、誰もが苛立ちを隠しきれていなかった。
「では、まず金貨の管理方法をお聞かせください」
渚は落ち着いた声で質問を投げる。
視線は鋭いが、決して責め立てる調子ではない。
俺は横で必死にペンを走らせた。
メモ帳の上に、彼女の言葉を一字一句漏らさないように書き留める。
……とはいえ、目の前の勇者パーティの姿が視界に入るたび、手が震えた。
数か月前に「役立たず」と追放された相手だ。
彼らの嘲るような視線が、皮膚に突き刺さる。
(うわぁ……すげぇ気まずい……! 逃げ出したい……!)
そんな俺の様子に気づいたのか、渚がそっと小声で囁いた。
「倫太郎さん。あなたの役目は、糸を紡ぐこと。――ただ、書き留めてくださればいいのです」
その藤色の瞳に背を押され、俺はぐっと息を吸った。
視線を紙に落とし、勇者たちの声を余すことなく記録する。
「褒美が減らされては困る!」
「盗みなど我らの名誉を汚すものだ!」
どの言葉も苛立ちと不満に満ちていた。
けれど渚は一切動じず、淡々と質問を重ねていく。
その横顔を見ながら、俺は思った。
(……俺も、もう“役立たず”じゃない。渚さんの隣でなら、俺にできることがあるんだ)
ペンを握る手に、少しだけ力がこもった。
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