時空の剣 ~太古の剣を手にする者~

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 -南阿蘇村の悲劇-

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 もう何度この地に立っただろう、と日野タケルは思った。
 しかし、今日の南阿蘇村は初めて来た土地のような気がした。
 
 夏に向かう5月、みずみずしい新緑が溢れるこの季節に、阿蘇山の裾野に拡がる草原は冬枯れのような色で、すっかり葉を落としてしまった木立は急に吹き起こる風に枝を揺らしていた。
 
 
 昼前のコンビニの駐車場で、アスファルトの上をカサカサと枯れ葉が転がる音を聞きながら、タケルと阿比留健一は目を疑う光景にただ立ち尽くすだけだった。

 
 熊本地震から3年が経ち、まだ完全に復興してはいない南阿蘇村はまた新たな災害に見舞われていた。
 
 世界最大級のカルデラ阿蘇は、豊かな水資源に恵まれ最高の水質を誇る天然水が湧く所だが、今年の始め頃から南阿蘇村とその周辺だけは伏流水が異常をきたし、幾多の湧水地が枯れてしまっていたのだ。
 
 それだけではない。
 もう3ヶ月以上も前から一滴の雨も降っていなかった。
 冬にはこの辺りも雪が降ることも珍しくなく、雄大な火の山阿蘇も雪化粧をした姿を見せるのだが、今年はわずかに舞ったくらいですぐに消えた。
 梅や桜も芽吹くことさえもなく終わってしまった。


『今日は冷えるねぇ、今夜は積もるね。早う帰って一杯やるか』
『お、いいねぇ』

『今年も花見に行こうや』
『いつがいい!?』

 そんな会話が聞こえてくることはなかった。

 
 もう、そこに、《水の生まれる郷》南阿蘇村は無くなっていたのだ。

 
 友人の成瀬リサが、コンビニから買ってきたアイスコーヒーをタケルと阿比留に手渡した。
 タケルと阿比留は5月の連休を利用して、地元の阿蘇で働いているリサの、22歳の誕生日のお祝いと南阿蘇村の様子を見に来たのだった。
 
 アイスコーヒーを受け取ったタケルはありがとう、と言って、
「福岡でも、阿蘇地方が異常気象と毎日のようにニュースでも言っとるけど、まさかここまでとは思わんかった…」
 と、ため息をついた。

 「すぐには、ここが南阿蘇村とは思えんかったもんな。リサ達は大丈夫なんか?」
 阿比留も心配した。
「うん、大丈夫よ。ありがとう!今日は来てくれて二人には感謝してるよ。二人の顔を見たら少し気持ちが軽くなった気がする」
 リサは笑って、アイスコーヒーのストローをすすった。

「この異常気象と熊本地震は関係はなかって言いよったろう!?」
 阿比留が聞いた。
「うん。二人も知ってるように地震の被害は大きかったけど、この日照りと地震は全く関係ないらしか。それに地震からは3年も経ってるしね…。この間も、国と熊本県の気象関係の人が調査に来たらしいけど、結局は分からずじまいだったらしいよ」
「そうか…。白川水源は!?」
「最近、特に外国人の観光客が増えてきてたんだけどね。この天気で、またさっぱり…」
「やっぱりな」

「今年になってから、地下からの水も湧かんし雨も降らん…。それもこの南阿蘇村周辺だけ…。本当にただの異常気象なんかな!?」
 タケルが辺りを見渡しながら、ひとり言のようにつぶやいた。
「ね、おかしいやろ?この様子は変だとみんな騒ぎだしたんよ。もうここでは暮らせんと村を出た人もおるし、観光客も来ないから店をたたんだ所もあるしね…。コンビニの店長もいつまで営業できるか分からんって言ってた。
 
 私もこの頃、これから先もこの状態が続いたら、南阿蘇村は無くなってしまうんやなかろうか、って思うようになったよ…」
 リサは眉を寄せ、青空にくっきりと映える阿蘇山を見上げた。
 
 いつもは美しいとさえ思える南阿蘇村の空が、今は腹立たしいとも言っていた。
 リサの気持ちを考えると、タケルと阿比留は何も言えなかった。

 阿比留が飲み干したアイスコーヒーのカップを振ると、氷の音だけがカラカラと響いた。

 3人がたたずむ駐車場には時々、真夏のビル街を吹き抜けるような暑く乾ききった風が吹き付けてくる。
 
 その風は砂塵を巻き上げて、枯れた草花を地面に崩し落としていく。
 道の向こう側には、誰かが乗り捨てたであろう自転車のスポークに、つるまき草が巻き付いたまま枯れていた。
 
 
 枯れ野に立つ陽炎を見ていたタケルの頭の中が突然チリチリと傷んだあと、目がつり上がった不気味な女の笑い顔と、銀色に輝く剣がよぎってすぐに消えた。
 一瞬の出来事だった。
「ん!?つっ…!」
「どうした?タケル。何か言ったか?」
 阿比留とリサが振り向いた。
「いや、なんでもなか。ちょっと頭が痛かっただけ…」
「こんな天気やからね、体調を悪くしたんやない!?大丈夫?」
 リサが心配そうな顔をした。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ!もう良うなったけん」
 (なんだ?今のは?)

 
 何か訳の分からないモヤモヤと気分のタケルと辺りを見渡していた阿比留に、リサが声をかけた。

「ねぇ、高千穂に行こうよ」
「高千穂…!?宮崎県の?」
 タケルがリサを見た。
「そう!おばあちゃんがおるんよ。行ったことある?」
「いや、ないなぁ。アビは?」
「俺もない。たしか、天孫降臨の地…。アマテラスが洞窟に隠れた所、だっけか?」
「アビ君、よう知っとるねぇ」
「この前テレビでチラッと観ただけで、意味はよう分からん」
 「おばあちゃんに、福岡から友達が来るって言ったら、特別なご馳走は出来んけどご飯作るから、高千穂に連れておいでって。
 こことは違って、高千穂は異常気象とは無関係やから過ごしやすいよ。一時間ちょっとで行けるし…。
 おばあちゃんの作るご飯、美味しいよ~」

 タケルと阿比留は「ご飯」の言葉に顔を見合わせてニヤリとした。
「アビ君が言ってた、アマテラスが隠れた岩戸のある神社も案内するよ」

 タケルは、さっき頭のなかに浮かんだ女と剣は気のせいだろうと思うことにして、阿比留がハンドルを握る助手席に乗り込み、リサの車の後を追った。
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