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江戸編
第12話 筆は猫になる⑤
しおりを挟む「に“ゃあああっ!にゃん、なあああお!」
『ちょっとあんた、なに私の縄張りを荒そうとしてんのよ!私は江戸に行くんだから邪魔すんじゃないわよ!』
なんとか普通の猫の姿に戻った猫又が、血気盛んに飛び出していった。
先ほどまで猫又流踊りをしていた者とは思えない威勢の良さである。
荷馬車の中から見れば、猫又が盗賊たちの顔を思いきりひっかいていた。
たくさんいた盗賊たちが、勢いに押されてどんどん逃げていっている。
さすがである。
荷馬車の中に盗人がいるんだと思っていたら、助けに来た人々が盗賊だったなんて、商人も驚きだろう。人とはなんと恐ろしいのだ。
筆や猫又のような魑魅魍魎よりもえげつない感じがする。
筆は毛先が逆立つ感じがした。
商人は、地面に転がったままぽかんと口を開けて呆けていた。
まだ混乱しているようだ。
「ひいぃ、なんだこの猫!」
少し待っていると、最後まで残っていた岡っ引きの盗人が捨て台詞を言いながら逃げていった。
「み、見逃してやるから感謝しろよ!」
見逃してくれているのは猫又の方なのだが。
手加減していなければ、とっくにあの世に行っているはずだから。
一仕事終えた猫又は、ふんっとひげを揺らした。
なんて根性のない男たちだろうか。
すまし顔で顔を洗い始めた猫又を見て、商人はひとり納得していた。
私が聞いた声は、この白猫のものだったに違いないと。
旅の途中で、どこかから迷い込んだのだろう。
正確には、最初からいたのだが。
この自分よりも小さい猫が、私の恩人、いや恩猫なのだと。
普通であれば信じられないところだが、この商人はなぜかすんなりとそう思うことができた。
商人として、借りた恩はきっちりと返さねばならない。
商魂を心に刻み付けている彼は、猫又へと声をかけた。
「助けてくれて、どうもありがとう。間一髪のところだったよ」
猫又は横目で商人を見やりつつ、顔を洗っている。
「お礼といってはなんだけど、次の宿場町は海産物が有名でね。かつお節や干し魚、好きかい?もしよかったら…」
「!」
商人が言い終わらないうちに、猫又の視線が商人に釘付けになった。
猫にとって垂涎ものの食べ物が手に入るのだ。当然の反応だろう。
それにしても、普通の猫のふりをしている猫又は、なんだか見ていてきもちわるいなと筆は感じていた。
あれがいわゆる、「猫を被る」というものである。
「もちろん、現物はここにはないし、必ず買える保証はないけれど。君が食べられるように、できるだけの努力はしよう」
商人はかつお節という言葉に反応した目の前の猫を見て、この交渉が成立しそうだと確信していた。好物の名前に反応するとは、なんと賢い猫なんだ。
猫に交渉を持ちかけるなど、聞いたこともないし、友人にはなにやってんだと呆れられかねないが。
それでもこの猫は、盗賊を追い払ったすごい猫なのだ。
丁重におもてないしなくては。
それに、商人は猫が好きだ。江戸での生活をこの猫と過ごせたなら、とても楽しいだろう。
そんな私欲もあった。
「だから、このまま私と江戸へ行ってくれないだろうか?」
猫又は目を輝かせ、商人に近づいた。
交渉成立だ。商人は安堵した。
「それと、ねずみ退治もしてくれると助かるなあ…。商品をたまに盗みに来るんだ。って、さすがにわかんないか」
「なぁ~」
『別にいいわよ、そのくらい』
自分で言っておいて苦笑する商人に、猫又は間髪入れず頷いた。
商人は少し目を見開いて猫を見ると、お礼を言って出発の準備を始めた。
ふと辺りを見回すと、ちらほらと人が行き交うようになっていた。
暗くならないうちに次の宿場町まで行きたい。
商人は念のため、荷馬車の中が荒らされていないか中を見た。
すると、荷馬車の入り口に、あの坊主からもらった筆が転がっていた。
「なぉん」
猫は勝手知ったるように商人の脇をすり抜け、荷馬車の中に入ると、筆に近づいた。
「あっ君、中にあるもので遊んじゃあだめだよ」
それに君、勝手に中に入っていただろう。だめだよ、世の中には悪い人間がいるんだから、いじめられかねないからね。
商人が叱るのを、猫又は神妙な面持ちで聞いていた。
商人が再出発してから数刻。
荷馬車の中で、筆は猫又に詰め寄られていた。
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