僕たちはその歪みに気付くべきだった。

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小岩の痛み①

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「……じゃあそろそろ出ますか? ホタカ先生。ん? おーい! 聞こえてますかー?」

 僕の呼びかけに、彼女はテーブルに顔を埋めたまま微動だにしない。
 無理もない、か。
 高級焼肉店において、成長期真っ盛りの中高生3名(男子2名は用事のため不参加)を一手に引き受けるなど、20代半ばの彼女にとってみれば荷が重かったのかもしれない。
 僕としても、さすがに遠慮がなさすぎたと少し反省している。

「……あの、ホタカ先生? だっけ? あたしも少し出そっか? ほら! なんつーの? あたしん家はまぁまぁ余裕ある方だし!」

 テーブルに突っ伏しているホタカ先生に向けて、灯理が申し訳なさそうに言う。
 ホタカ先生がどう感じるかは分からないが、少なくとも大人が中学生相手に言われて嬉しいセリフではないはずだ。

「あの、ホタカ先生。ごめんなさい……。何か久しぶりに凄い楽しくて。一杯頼んじゃいました……」

 風霞も負けじと罪悪感を滲ませながら、彼女を呼びかける。
 それでもホタカ先生は動じない。
 いや……。より正確に言えば、一切体を動かすことなく『給料日前なのに』という一節を、何かの呪詛かの如くただひたすら唱えているだけだ。

「あのー。ホタカ先生? こう言っちゃなんですけど……、メチャクチャ美味しかったです。他人ひとの金なんで」

 僕がそう言うと、彼女はビクリと体を震わせる。

「お兄ちゃん! 追い打ちかけてどうすんの!?」

 こういった積み重ねが彼女をに追いやったのだとすれば、僕は大いに反省するべきなのだろう。

「あのー。ホタカ先生? 本当にすみませんでした。流石に調子乗りすぎま……」

 僕の言葉を待たず、ホタカ先生は突如バンッとテーブルを叩き、立ち上がる。

「トーキくん! キミのの友達の子! なんて言ったけ?」

 ホタカ先生は、目を見開いて言う。
 さり気なく煽られたような気がしたが、きっと気のせいだと思う。
 
「えっと……、ひょっとして小岩のことですか?」
「そう! それ! コイワくんっ!」
「……で、小岩がどうかしたんですか?」
「ほら! さっきのフーカちゃんのエッチな写真送れって言ってきたヤツ! 私的に絶対ウラに大人がいると思うんだよね!」
「まぁ……、そうかもしれませんね」
「えっ!? どういうこと!? お兄ちゃん!」

 風霞は心底驚いた様子で僕に問いかけてくる。
 今更ながら、この程度の認識であの軽率な行動に至ったと思うと、恐ろしく思う。
 
「……風霞がいくら提示されたのかは知らないけど、その原資は一体どこから出てくると思う?」
「あ……」
「まぁ元々、麻浦先輩がそれだけの金額を用意出来るほど、児童ボルノで儲けていた可能性もある。でも所詮は高校生だ。単独で、警察の目を搔い潜って大儲け出来るとは思えない。多分、ホタカ先生が言ったみたいに、ウラにいる大人から中間マージンをもらってたんだと思う」
「そう! 言っちゃえば、コレは綿密に計画された組織的犯行だね!」

 ホタカ先生はそう言って、得意げな笑みを浮かべる。

「……で、それが小岩とどう関係あるんですかね?」

 僕が疑問を呈すると、ホタカ先生は呆れるように両手を挙げ、溜息を吐く。
 やはり彼女は、確信犯的に僕のことを煽り散らかしているようだ。

「それはねー。一ヶ月前にキミが巻き込まれた事件の詳細について知っている数少ない人物、という点さ!」

 彼女の言葉に、その場にいた誰もがピンときたようだ。

「トーキくんの反応を見る限り、その先輩ってとも関係があるんでしょ? 余罪ってわけじゃないけどさ。ココを叩いたら芋づる式に色々明らかになると思うんだよね。ほら! 一石二鳥ってヤツ?」

 やはり見破られていた。
 最初のカウンセリングの時に、僕の周辺事情についてアレコレ話してしまったが、あの事件の詳細についてだけはどうしても話す気になれなかった。
 ただ一つ。比較的仲の良い友達、つまり小岩とは事実を共有しているということだけは流れの中で話した。
 彼女は痛みに敏感になれと言うが、この話を無闇やたらに公言したくないという点は、僕に残された唯一の人間らしさなのかもしれない。

「……まぁ、ホタカ先生のおっしゃることにも一理あるとしましょう。でもだからって、小岩が児童ポルノ云々まで知ってるとは思えないんですけどね」
「いや、そうとも限らないでしょ! その、アサウラくん? に直接聞いたところで口割らないだろうし、コネクションの中で手がかりを探すしかないでしょ?」
「すみませんでしたね、コネクションが少なくて……。ていうか、ホントに何かする気なんですね」
「当然でしょ! 一応、ウチの生徒が犯罪に巻き込まれてるんだよ!?」
「ま、まぁそりゃそうですけど……」
「それにね。コレは私自身のためでもあるの!」
「はぁ?」
「忘れたの? トーキくんに一緒に死ん」

 僕はそこまで言いかけたホタカ先生の口を、既のところで塞ぐ。

「お兄ちゃん? どうしたの?」
「い、いやっ! な、なんでもない!」

 慌てる僕を尻目に、ホタカ先生は僕の手元で、もがもがと口を動かし、抵抗の構えを見せている。
 どうやら、自分の発言の危うさに気付いていないようだ。
 僕はそんな彼女の耳元で、風霞たちに聞こえないように囁く。

「バカなんですかアナタこんな公共の場で! しかも分かってます? 風霞たちがいるんですよ? アナタにはもう少しだけ常識というものがあると思いましたがねっ!」
「イイじゃん別にー。どうせにはバレちゃうんだしぃー」

 彼女は不服そうに顔をしかめる。
 なまじ日常生活には支障が見られない分、彼女が自殺志願者である事実を忘れてしまいそうになる。

「まぁいいや! トーキくん、明日の放課後は何か予定ある?」
「いえ、特には……」
「じゃあ、明日の放課後さ! その小岩くんと一緒に相談室に来てよ!」
「まぁ僕は別にいいですけど……。小岩次第、ですかね」
「オッケー! ヨロシクね! じゃあこれから二次会のカラオケだね! 行くぞっ! クソガキどもっ!」
「まだどこか行くつもりですか……」
「ま、まぁせっかくだし行こうよ! お兄ちゃん! 私は結構楽しいよ!」

 風霞はそう言って、暴走気味のホタカ先生をフォローする。
 まぁ腐っても、久々に用意された社交の場だ。
 風霞にとってみても、悪いことではないのかもしれない。

「あのさ、風霞の兄貴」

「へ? どうした?」

 会計へ向かったホタカ先生の後に続くと、灯理に呼び止められる。
 しかし、待てど暮せど彼女がその続きを話すことはない。

「ごめん、何でもない……」

 そう言って灯理は、彼女たちの後を追った。
 僕はこの時の違和感をいつまでも、拭い去ることが出来なかった。
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