僕たちはその歪みに気付くべきだった。

AT限定

文字の大きさ
9 / 54

小岩の痛み①

しおりを挟む
「……じゃあそろそろ出ますか? ホタカ先生。ん? おーい! 聞こえてますかー?」

 僕の呼びかけに、彼女はテーブルに顔を埋めたまま微動だにしない。
 無理もない、か。
 高級焼肉店において、成長期真っ盛りの中高生3名(男子2名は用事のため不参加)を一手に引き受けるなど、20代半ばの彼女にとってみれば荷が重かったのかもしれない。
 僕としても、さすがに遠慮がなさすぎたと少し反省している。

「……あの、ホタカ先生? だっけ? あたしも少し出そっか? ほら! なんつーの? あたしん家はまぁまぁ余裕ある方だし!」

 テーブルに突っ伏しているホタカ先生に向けて、灯理が申し訳なさそうに言う。
 ホタカ先生がどう感じるかは分からないが、少なくとも大人が中学生相手に言われて嬉しいセリフではないはずだ。

「あの、ホタカ先生。ごめんなさい……。何か久しぶりに凄い楽しくて。一杯頼んじゃいました……」

 風霞も負けじと罪悪感を滲ませながら、彼女を呼びかける。
 それでもホタカ先生は動じない。
 いや……。より正確に言えば、一切体を動かすことなく『給料日前なのに』という一節を、何かの呪詛かの如くただひたすら唱えているだけだ。

「あのー。ホタカ先生? こう言っちゃなんですけど……、メチャクチャ美味しかったです。他人ひとの金なんで」

 僕がそう言うと、彼女はビクリと体を震わせる。

「お兄ちゃん! 追い打ちかけてどうすんの!?」

 こういった積み重ねが彼女をに追いやったのだとすれば、僕は大いに反省するべきなのだろう。

「あのー。ホタカ先生? 本当にすみませんでした。流石に調子乗りすぎま……」

 僕の言葉を待たず、ホタカ先生は突如バンッとテーブルを叩き、立ち上がる。

「トーキくん! キミのの友達の子! なんて言ったけ?」

 ホタカ先生は、目を見開いて言う。
 さり気なく煽られたような気がしたが、きっと気のせいだと思う。
 
「えっと……、ひょっとして小岩のことですか?」
「そう! それ! コイワくんっ!」
「……で、小岩がどうかしたんですか?」
「ほら! さっきのフーカちゃんのエッチな写真送れって言ってきたヤツ! 私的に絶対ウラに大人がいると思うんだよね!」
「まぁ……、そうかもしれませんね」
「えっ!? どういうこと!? お兄ちゃん!」

 風霞は心底驚いた様子で僕に問いかけてくる。
 今更ながら、この程度の認識であの軽率な行動に至ったと思うと、恐ろしく思う。
 
「……風霞がいくら提示されたのかは知らないけど、その原資は一体どこから出てくると思う?」
「あ……」
「まぁ元々、麻浦先輩がそれだけの金額を用意出来るほど、児童ボルノで儲けていた可能性もある。でも所詮は高校生だ。単独で、警察の目を搔い潜って大儲け出来るとは思えない。多分、ホタカ先生が言ったみたいに、ウラにいる大人から中間マージンをもらってたんだと思う」
「そう! 言っちゃえば、コレは綿密に計画された組織的犯行だね!」

 ホタカ先生はそう言って、得意げな笑みを浮かべる。

「……で、それが小岩とどう関係あるんですかね?」

 僕が疑問を呈すると、ホタカ先生は呆れるように両手を挙げ、溜息を吐く。
 やはり彼女は、確信犯的に僕のことを煽り散らかしているようだ。

「それはねー。一ヶ月前にキミが巻き込まれた事件の詳細について知っている数少ない人物、という点さ!」

 彼女の言葉に、その場にいた誰もがピンときたようだ。

「トーキくんの反応を見る限り、その先輩ってとも関係があるんでしょ? 余罪ってわけじゃないけどさ。ココを叩いたら芋づる式に色々明らかになると思うんだよね。ほら! 一石二鳥ってヤツ?」

 やはり見破られていた。
 最初のカウンセリングの時に、僕の周辺事情についてアレコレ話してしまったが、あの事件の詳細についてだけはどうしても話す気になれなかった。
 ただ一つ。比較的仲の良い友達、つまり小岩とは事実を共有しているということだけは流れの中で話した。
 彼女は痛みに敏感になれと言うが、この話を無闇やたらに公言したくないという点は、僕に残された唯一の人間らしさなのかもしれない。

「……まぁ、ホタカ先生のおっしゃることにも一理あるとしましょう。でもだからって、小岩が児童ポルノ云々まで知ってるとは思えないんですけどね」
「いや、そうとも限らないでしょ! その、アサウラくん? に直接聞いたところで口割らないだろうし、コネクションの中で手がかりを探すしかないでしょ?」
「すみませんでしたね、コネクションが少なくて……。ていうか、ホントに何かする気なんですね」
「当然でしょ! 一応、ウチの生徒が犯罪に巻き込まれてるんだよ!?」
「ま、まぁそりゃそうですけど……」
「それにね。コレは私自身のためでもあるの!」
「はぁ?」
「忘れたの? トーキくんに一緒に死ん」

 僕はそこまで言いかけたホタカ先生の口を、既のところで塞ぐ。

「お兄ちゃん? どうしたの?」
「い、いやっ! な、なんでもない!」

 慌てる僕を尻目に、ホタカ先生は僕の手元で、もがもがと口を動かし、抵抗の構えを見せている。
 どうやら、自分の発言の危うさに気付いていないようだ。
 僕はそんな彼女の耳元で、風霞たちに聞こえないように囁く。

「バカなんですかアナタこんな公共の場で! しかも分かってます? 風霞たちがいるんですよ? アナタにはもう少しだけ常識というものがあると思いましたがねっ!」
「イイじゃん別にー。どうせにはバレちゃうんだしぃー」

 彼女は不服そうに顔をしかめる。
 なまじ日常生活には支障が見られない分、彼女が自殺志願者である事実を忘れてしまいそうになる。

「まぁいいや! トーキくん、明日の放課後は何か予定ある?」
「いえ、特には……」
「じゃあ、明日の放課後さ! その小岩くんと一緒に相談室に来てよ!」
「まぁ僕は別にいいですけど……。小岩次第、ですかね」
「オッケー! ヨロシクね! じゃあこれから二次会のカラオケだね! 行くぞっ! クソガキどもっ!」
「まだどこか行くつもりですか……」
「ま、まぁせっかくだし行こうよ! お兄ちゃん! 私は結構楽しいよ!」

 風霞はそう言って、暴走気味のホタカ先生をフォローする。
 まぁ腐っても、久々に用意された社交の場だ。
 風霞にとってみても、悪いことではないのかもしれない。

「あのさ、風霞の兄貴」

「へ? どうした?」

 会計へ向かったホタカ先生の後に続くと、灯理に呼び止められる。
 しかし、待てど暮せど彼女がその続きを話すことはない。

「ごめん、何でもない……」

 そう言って灯理は、彼女たちの後を追った。
 僕はこの時の違和感をいつまでも、拭い去ることが出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...