僕たちはその歪みに気付くべきだった。

AT限定

文字の大きさ
24 / 54

僕の痛み③・回想

しおりを挟む
「お兄ちゃん、何かごめん……」
 
 特段、何か僕たちに不都合があったわけでもないが、意図せず起こったイレギュラーは、僕たちを不安に陥れた。
 いや……。
 それも不正確で、実のところ僕たちが勝手にセンチになっているだけなのだろう。
 『被害妄想』と言ってしまえばチープに聞こえるが、僕たちの間で漠然とした淀みのようなものが蓄積されていたのかもしれない。

 まぁだからと言って、このまま家へ引き返すのも何か違う。
 僕たちは予定通り、風霞が予約していた喫茶店に向かった。
 差し詰め、お通夜といったところか。
 お互いどこかよそよそしく、大凡僕の進学を祝うような空気ではない。
 そんな雰囲気に拍車を掛けるように、風霞はまたしても筋違いな謝罪をしてくる。
 もはや謝ることがクセになっているとしか思えない。
 僕自身が不快だとか、そういった次元の話ではなく、社会的に見てもあまりこういうのは良くない気がする。
 であれば、ココは諌めてやるとしよう。

 そう思い、口を開きかけた矢先、風霞に阻まれる。

「あのさ! お兄ちゃんっ! さっきの続き、聞いてもいい?」
「は? 続き?」
「うん。お兄ちゃんの将来やりたいことの話!」

 率直に言って、仰天した。
 この子は僕の話の何を聞いていたのか。
 その話は既に終わっているはずだ。

「やりたいことって……。さっきも話しただろ? 特にないって」
「……ホントに?」

 風霞は、どこか悲壮感を孕んだ瞳で見つめてくる。
 その視線は、どこか僕の腹を探っているかのようだ。
 正直、心底鬱陶しい。
 しかし、ここで『しつこい』などと跳ね除けてしまえば、きっと何かが決定的になってしまう気がする。
 だから、ここは卑怯かもしれないが、話題を変えて誤魔化すしかない。

「……風霞は疑い深いな。こりゃ将来彼氏でも出来た日には苦労するな」
「っ!? 彼氏とかっ!! お兄ちゃん、馬鹿じゃないの!? 私はまだそんな……」

 風霞は両頬を紅潮させて、まくし立てる。
 案の定、というか想定通りの反応で安心した。
 実際、彼氏はおろか友達すらも、そう多くないのだろう。
 僕と彼女は根本の部分では似ているから、よく分かる。

「……お兄ちゃんはさ。彼女とかいないの?」

 風霞は、仕返しとばかりに聞いてくる。

「いるわけないだろ。何だ? 嫌味か?」
「ち、違うよっ! そんなんじゃなくてさ。ほらっ! お兄ちゃんって、ナンか色々我慢してるんじゃないかなって思って……。私はさ。妹だからか分かんないけど、割と好き勝手出来てるじゃん? あんまり期待されてないだけかもしれないけどさ……」

 風霞は、自虐的に微笑みながら話す。
 確かにウチの両親は、昔から躾にはかなり厳しい方だったと思う。 
 いつだったかは詳しく覚えていない。
 ただ、母さんの仕事が早く終わった日、僕が文化祭の準備とやらでかなり帰りが遅くなることがあった。
 別に好きで遅くなったわけでもなかったが、その時はロクに理由も聞かれずに、こっ酷く叱られた記憶がある。
 まぁ長男がとあらば、世間的に見て良ろしくないのだろう、とその時は納得した。

 確かにそれに比べれば、風霞は割と自由に育ってきたとは思う。
 『受験前最後の思い出作り』などと称して髪を染めた時も、父さんも母さんも何も言わなかった。
 でも、僕はそれを羨ましく思ったことなんてないし、何より僕と風霞では立場が違う。
 初めから決まっていて、これからも不動の事実を、アレコレ言うのは生産的じゃない。

「……我慢なんてしてない。彼女が出来ないのも、僕が単純にモテないだけだ」
「そ、そっか……」

 そうして、僕たちの間にまた沈黙が生まれる。
 これでいい。
 これが僕と風霞との距離感だ。


「あれ? 今日は良く会うね」


 上手く煙に巻けたと安心したのも束の間、今考え得る限りで一番聞きたくない声が聞こえてくる。
 今日は厄日かもしれない。
 振り向くと、その声の主はどこか薄気味悪い視線で、僕たちを見下ろしていた。
 ……パッと見る限り、能登は居ないようだ。

「ど、どうも……」
「こ、こんにちは」

 僕は萎縮しながらも、何とか麻浦先輩の呼びかけに応える。
 風霞も負けじと、引きつった笑みで何とか言葉を絞り出す。
 
「ま、まぁそんな怯えないでさ。俺、二人が怖がるようなこと、したかな?」

 僕も風霞も、露骨に態度に出してしまっていたのか、麻浦先輩は苦笑いを浮かべ聞いてくる。

「あれ~、蓮哉ぁ? どしたん?」
 
 その時、僕たちの後方から彼を呼ぶ声が聞こえた。
 掛け声とともに、つかつかと近づいてきたその女子生徒は、麻浦先輩の同級生か何かだろう。
 大胆なグレー系ハイトーンカラーに染められたロングヘアを自信ありげに揺らしている姿を見ると、僕たちとは住む世界が違う人間だと思え、嫌でも萎縮してしまう。

「誰なん? その子たち」

 彼女は僕たちの存在に気が付くと、すかさず質問をする。
 そんな彼女に、麻浦先輩は数刻考え込んで応える。

「……俺の後輩の友達だよ。燈輝くんに風霞ちゃん」
「ふーん」

 彼女はそう呟くと、僕たち二人を舐め回すかのように見てくる。
 目を細めてどこか蔑むかのような視線を浴びせてくるあたり、僕たちは既に彼女の中で扱いになっているのかもしれない。

「そっか! アタシ、泉純いずみ須磨 泉純すま いずみ
「えっ!? 須磨っ!? 須磨さんですか!?」
「へ? そうだけど。ナニ?」
「い、いえっ! な、なんでもありません……」
「……ふーん。ま、いいや。アタシも蓮哉と同じ長江の2年だからさ。ヨロシクね!」

 そう言うと、須磨先輩は僕たちにウィンクをしてくる。

「よ、よろしくお願いします……」

 僕は辿々しく、彼女に挨拶を返す。

「うん! じゃあ行こっか。蓮哉」
「……そうだな。あ、そうそう! 燈輝くん」
「え? は、はい……。なんでしょう」
「キミたちのお父さんのお仕事って、マスコミ関係だったりする?」
「そ、そうですけど……、それが何か?」
「そっか。ううん。何でもないんだ。ごめんね。変なこと聞いちゃって。じゃあね、二人とも」

 そう言い残し、二人は自分たちのテーブルに向かっていった。

「お兄ちゃん……」

 風霞は怯えた顔で、僕に呼び掛ける。
 お祝いムードなんて、すっかりどこかに吹き飛んでいってしまった。
 もはや続行不能となれば、ココに留まる理由はない。
 僕たちは何を言うでもなく席を立ち、会計に向かった。

 ……風霞には悪いが、少しホッとしている自分もいたりする。
 正直な話、今日はあまり気乗りがしなかった。
 今日も風霞の話の節々で感じていたが、やはり彼女は僕に気を遣っている。
 こういうことがある度に痛感する。
 兄妹といっても、所詮は他人なのだ。

「風霞、知ってるか? 揚げ物する時に、衣に卵使うだろ?」
「え?」

 急にどうした、とばかりに風霞の目は点になる。
 無理もない。風霞でなくともこうなるだろう。

「それでな。卵の代わりにマヨネーズを使うと、サクッと揚がるらしいぞ」
「そ、そうなの……?」
「あぁ。何でも、マヨネーズの油が衣の余計な水分を蒸発させてくれるから、らしい」
「へ、へぇ……」

 風霞の顔はますます困惑度合いを高める。
 
「……だからな。お兄ちゃん、ちょっと試してみたいんだよ。付き合ってくれるか?」

 風霞は少し沈黙した後、ハッとした表情になる。
 僕の意図を何となくは察してくれたようだ。

「うんっ! 分かった! じゃあ早速買い出しに行こっか! 私、オニオンリングがいい!」

 風霞はそう言うと、満面の笑みを浮かべる。
 そんな彼女を見て、僕は胸を撫で下ろした。
 同時に少しばかりの疚しい気分に襲われる。
 
「? お兄ちゃん、どうしたの?」

「……いや。それより本当にオニオンリングでいいのか?」

「えっ? 駄目? あ! そっか。最近、玉ねぎ高いから……」

「いや、そういうことじゃなくて……。まぁいいや。行くか」

「うん!」

 我ながら、不誠実だとは思う。
 でも、きっとこれが僕の役割なのだろう。
 この先、どんなことが起こったとしても、僕は兄貴として風霞を守らなければならない。
 例え、自分自身に不都合が生じたとしても……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...