僕たちはその歪みに気付くべきだった。

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痛みの連鎖

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「そっか。そうだったんだね……」

 僕が事の顛末を話し終えると、ホタカ先生は柄にもなく神妙な顔をしていた。
 
「……まぁてなわけで、今に至るんですが。こんな感じでよろしいでしょうか?」

 出来得る限り、当時の心境のまま話したつもりだ。
 ホタカ先生はココから何を読み解くのか。
 どこか他人事のようにそう考えていると、不意にホタカ先生はフフッと意味深に微笑む。
 
「あの……、どうされました?」
「ううん。それよりどう? 今の気持ちは?」
「今の気持ち、というのは?」
、だよ」

 、か。
 確かに今なら分かる。
 如何にあの時間が歪だったか。
 いや……。
 あの時も内心では分かっていたが、意識的に気付かないようにしていただけなのだろう。
 
 本当に……、つくづく罪な人だ。
 気付かなかったら、あのままで、あの場所に居られた。
 温くて、冷たくて、それでいて居心地のいい、あの地獄に。
 ホタカ先生は、僕の心の内などお見通しのようだ。
 眉尻を下げて、申し訳なさそうに僕を見つめる彼女の姿をみれば、一目瞭然だ。

「トーキくん、ごめんね」
 
 ホタカ先生は、今にも消え入りそうな声で謝ってくる。
 こんな彼女の声、聞いたことがない。

 何を今更。
 本当にやめて欲しい。僕はもう戻れない。
 勝手に帰る場所を奪っておいて、その言い草は本当に卑怯だと思う。

「……それをあなたが言いますか?」

 これ以上、深い話をしたくないと反射的に思ってしまった。
 もっと正確に言えば、今はまだ結論めいたことを聞きたいと思えない。
 だから僕は、咄嗟に誤魔化すような返答をしてしまう。

「そうだね……。よし! なるほどねっ! これで事件の真相に一つ近付いたわけだ! うんうん」

 ホタカ先生は、先程までのしおらしさは何処へやらといった具合に、腕を組んで得意げに話す。
 流石だ。僕の心変わりを察して、話の軸を逸らしてくれた。
 正直、今は彼女の過去を聞いていられるほどの、精神的な余裕はないと思う。
 自分から嗾けておいて、何とも情けない。

「……まぁ正直、決定的な何かを引き出す前に一方的にやられましたからね。唯一の手掛かりは、麻浦先輩が僕の両親の仕事を知っていた、くらいですかね? なぁ、風霞」

 僕が風霞に問いかけると、何やら難しい顔で唸っていた。

「ん? どうした?」

 僕が聞くと、彼女はハッとした表情になる。
 すると、何とも居心地の悪そうに僕を見つめてくる。

「あのさ……。お兄ちゃん。須磨先輩のことなんだけどさ……。その、えっと……」

 風霞はそう言いかけたものの、また黙り込んでしまう。

 須磨先輩?
 確かに僕たちにとって、彼女は存在そのものが寝耳に水のようなものだ。
 彼女は突如として目の前に現れて、僕たちをかき乱していった。
 結局のところ、彼女は一体何がしたかったのだろうか。

「フーカちゃん。ひょっとして、そのスマさんって子と元々面識があったりしたの?」

 そんな風霞の姿を見たホタカ先生は、すぐに深堀りしようとしてくる。

「い、いえ! そういうわけじゃないんですけど。ただ……」
「タダ?」

 ホタカ先生の問いかけに、風霞は少しの間、口を噤む。

「えっと……、この前会った灯理って子、覚えてますか?」
「うん! もちろん! あっ! ていうかフーカちゃん。さりげなく先生のこと、おばちゃん扱いしてな~い? 私、言っとくけど一応平成生まれだからね!」

 ホタカ先生は、何故か憤慨しながら応える。
 
「い、いえ。そんなことは!」
「……あの、話進まないんで、止めてもらっていいですか? あと残念ながら、平成生まれというだけで若さの証明になる時代は過ぎ去りました」
「うーわっ! トーキくん、それは辛辣過ぎるでしょ!? 平成1桁台生まれって、お姉さんとおばさんの狭間にいて、今スゴ~くナイーブになってるんだからね!?」
「あーはいはい、すみませんでした。……で、風霞。灯理がどうしたって?」

 僕が改めて問いただすと、風霞はゆっくりと口を開く。

「灯理から直接聞いたワケじゃないんだけどさ……。たぶん、須磨先輩。灯理のお姉ちゃんだと思う」
「は? ソレ、本当か? でも灯理の名字って……」
「うん。三原みはらだね」
「それって……」

 僕が呟いたその瞬間、横で嬉しそうにほくそ笑むホタカ先生の姿が目に映る。

「ふっふっふっ!! お姉さん、全部分かっちゃったかも!!」

 ホタカ先生は腰に手を当て胸を張り、ここぞとばかりに勝ち誇った顔をする。
 そんな彼女を見て僕は少し力が抜けてしまった。

「あーれー? トーキくんともあろう人が、まぁだ分かんないのかなぁー?」

 ホタカ先生はまるで鬼の首を取ったかのように、僕を煽ってくる。

「……流石に分かりますよ。両親が離婚して、それぞれ別の親が引き取ったから、でしょうね」
「ありゃ? なーんだ。分かってたんだー」

 僕の返答に、ホタカ先生は残念そうにぼやく。

「ちょっと前にさ……。見ちゃったんだよね。灯理の小学校の時のアルバム……」
 
 そこから風霞は、詳細について話し出す。
 風霞が、初めて灯理の家に遊びに行った時の話だ。
 彼女の部屋に通された時、偶々乱雑に放置されていた小学校時代の卒業アルバムを見つけたらしい。
 何気なく手に取り開くと、彼女のクラス写真の名前の欄には『三原』ではなく、『須磨』と書かれていたことに気付く。
 疑問に思った風霞は、そのことを灯理に聞くと、どうやら僕やホタカ先生の想定していた通りだった。
 何でも、現在の父親は母親の再婚相手のようで、都心に事務所を構えるいわゆるの弁護士らしい。
 なるほど。
 この前、ホタカ先生たちと焼き肉に行った時、家計に余裕があるようなことを言っていたが、それなら納得もいく。
 
 さて、肝心な須磨先輩についてだ。
 灯理には、二つ上の姉がいた。
 彼女とは、灯理が中学に進学した頃、両親の離婚をきっかけに袂を分かったらしく、家族会議の結果、灯里は母親が、灯理の姉は父親が引き取ることになったようだ。
 一口にと言っても、『外に男を作った母親に愛想を尽かした灯理の姉が、一方的に絶縁を叩きつけた』というのが実状のようで、大凡話し合いともいえないような空気感だったと言う。
 だから、彼女とは既に他人同然で、付き合いもないらしい。
 元々、母親と折り合いが悪かった彼女にとって、それに付いていった自分も同類だから無理もない、と灯理は話していたようだ。
 兎にも角にも、その『灯理の姉』とされる人物は須磨先輩の可能性が高いと、風霞は話すが……。

「灯理には悪いことしちゃったかな……。マズいかなって思ったんだけど、勢いで聞いちゃったんだよね。アレ以来、お姉ちゃんのことは聞いてないんだけど、あの人も長江の2年生だって言ってたし、間違いないと思う。顔の雰囲気とかも、似てたしね」
「確かに言われてみれば面影がなくもない、か? でもな。だからって一体、それがどうしたんだよ?」

 すると、僕のその反応を待っていたとばかりに、ハァとわざとらしく、大きな息を吐く音が聞こえてくる。出処は……、言うまでもない。

「まだまだ青いな、トーキくん」

 ホタカ先生はそう言いながら、両手を上げて分かりやすく呆れたようなポーズをとる。
 溜息をしたわりに、やたらと嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

「フーカちゃん! ちなみに今、カノジョと連絡は取れたりするかな?」
「は、はいっ」
「……また何か尋問する気ですか?」
「いいかい? トーキくん。まずは結論から言おうじゃないか!」

 ホタカ先生はそう言って、大げさに咳払いをする。

「ココ最近でキミの周りで起きた一連の面倒ごと。それは全て繋がっているのです! まぁ言っちゃえば、かな!」
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