僕たちはその歪みに気付くべきだった。

AT限定

文字の大きさ
41 / 54

ホタカ先生の痛み⑤

しおりを挟む
 10年前。
 高島先生が高校教師として、初めてクラスを受け持った頃の話だ。

 病気で休職に入った前任から引き継ぐカタチだったが、ただでさえ新規採用されて間もない新人教師だ。
 高島先生でなくとも、肩に力が入るだろう。
 幸い、生徒同士それなりに関係性が出来上がっていたこともあって、高島先生のことも温かく迎え入れてくれる土壌があった。
 学校行事にも協力的で結束力も高く、特段問題の見当たらない、だったと言う。
 教師生活のスタートを良いカタチで切れたことは、当時の高島先生を深く安堵させたようだ。
 ただ一つのを除いては……。
 
「なるほど。その不穏分子とやらがホタカ先生だった、と。随分な物言いですね」
「何が違うんだ? 実際、コイツがいなけりゃ俺の教師生活は順調そのものだったぞ」

 僕が聞くと、不敵に笑いながら言い返してくる。

「……そういうの、もういいですから。それで、高島先生はどうしたんですか?」

 僕が言うと、高島先生はどこか投げやりに笑う。

「まぁ、そりゃよな」
「そうですか……」
「何だ? 意外か?」
「はい」
「はっきり言うな。だから言っただろ? あの頃は若かったって」
「まるで、取り除かないことが正義みたいな言い方ですね」
「違うのか?」

 高島先生に即答された時、僕の中に極わずかに残っていた大人への期待のようなものが、完全に雲散霧消したことが分かった。

「失望したか?」

 高島先生は、やはり確信犯だ。
 僕の中に生じた僅かな動揺を正確に読み取り、聞いて欲しくないことをピンポイントで聞いてくる。

「……恨んでるか? 俺のこと」

 質が悪い。
 高島先生は、僕とホタカ先生がこれまでどんなやり取りをしてきたか、大凡勘付いていのだろう。
 彼女のを知る一人として。
 であるなら、僕が高島先生を恨むことなど出来ないと、彼は知っているはずだ。

「……どうでもいいじゃないですか、そんなこと。それより、続きを話してもらえますか?」

 僕がはぐらかすと、高島先生は一瞬苦しそうな顔を見せた。
 卑怯にも程がある……。
 やはり僕は、僕の中に矛盾を抱えている。
 筋違いの淡い期待は、自分も他人も不幸にする。
 きっと、それが深層心理で分かっているからこそ、僕はこれまで高島先生のことを恨まずにいれたのだと思う。
 ホタカ先生はそれこそがだと指摘するが、それはそれで間違ってはいないのだろう。
 
 ただ、その一方で。
 子どもながらに『大人はこうあるべきだ』などと、はた迷惑な先入観も抱いていた。
 だから今、こうして少なからず動揺しているわけだ。
 そう思えば、きちんと言葉にしてくれた分、高島先生には感謝するべきなのかもしれない。
 
「……まぁ取り除くっつっても、だよ。と言うより、その頃の俺はそれしか知らなくてな」
 
 そこからまた、高島先生の弁明は続く。

 正攻法だと、高島先生は言った。
 その言葉通り、教室の端で誰とも馴染まずにいるその生徒を、どうにかしてクラスの輪に引き入れようと、頭を悩ませていた。
 高島先生曰く、純粋な正義感だったらしい。
 だからこそ、まずは二人きりで話すべきだと、密かに機を窺っていた。
 
 他人事ながら、ホタカ先生に同情した。
 同時に少しだけ羨ましくも、感じてしまう。
 高島先生が言うところのであるにせよ、単純に僕とホタカ先生の価値の違いを見せられた気がした。

「別に、天ヶ瀬と安堂寺で何か違うってわけじゃない。単純に時期の問題だ。何度も言ったろ? 俺も若かったって」

 そんな僕の下らない被害妄想を、高島先生は見逃したりはしなかった。

「……それはそっちの都合でしょ」

「……あぁ、その通りだな」

 高島先生が口惜しそうに話している姿からは、言外にいくつもの悲痛が滲み出ていた。

 ターニングポイントは、とある日の放課後だった。
 高島先生が放課後の巡回をしていると、たまたま女子トイレの前を小走りしていた女子生徒とぶつかる。
 その拍子に、彼女の手元からが溢れ落ちる。
 高島先生は、それを見て愕然とする。
 それもそのはずだ。
 彼女の手に握られていたものは、今まさに使用されたばかりの、妊娠検査薬だった。

「そう、だったんですか……」
 
「ま。その時は、別に何ともなかったんだけどな。でも、見ちまったからにはそのまま、ってわけにもいかねぇだろ? それに丁度いいっちゃ丁度いいしな」

 確かにその通り、だが……。
 ふとホタカ先生の方が気になり目を向けると、いつになく居心地悪そうにしている。表情もどこか物言いたげだった。
 少なからず、が生じている、ということなのだろうか。
 
「まぁ。今思えば、ここで見て見ぬ振りが出来てりゃ良かったのかもな……」

 高島先生は、一瞬ホタカ先生を見た後、力なく呟く。

 その一件の後、高島先生とホタカ先生は図らずも接触することとなる。
 当初は警戒の色を滲ませていた彼女も、高島先生の真摯な態度に折れ、少しずつ自己開示をしてきた。
 彼女の口から飛び出してきた話の数々に、高島先生は言葉を失う。
 ただ、それでも彼は逃げなかった。
 幸い、と言っては語弊があるが、彼女自身も平然を装いつつも、どこか後ろめたさを感じていたらしく、高島先生が差し伸べた手を素直に握ってくれたようだ。

 やはり、どうにも違和感がある。
 だが億面もなく、正攻法やら正義感やらと言って退けるあたり、少なくともこの時までは教師としての矜持のようなものがあった、ということなのかもしれない。
 それが良いことか、悪いことかはまた別の話だが……。
 とは言え、それは今はさして問題ではない。
 肝心なのは、その後ホタカ先生がどうなったか、だ。

「それで……、ホタカ先生を変えたんですか?」

 僕はいよいよとばかりに、高島先生に核心部分を催促する。

「まぁそうだな……。コイツは諦めたんだよ。俺のことを、な」

 またしても他人事のように、高島先生は話す。

 『諦めた』と話す背景には、彼が具体的に行動に移してしまったことにあるようだ。
 事態を重く見た高島先生は、校長にある提案を持ちかける。
 彼女はもちろん、他の生徒を守る意味でも、学校として刑事告発も含めて検討すべき、と。
 本人も話す通り、まさに正攻法だ。

 結果として、これが悪手となったのは想像に難くない。
 案の定、校長の反応は高島先生が期待したものではなかった。
 しかし、その理由としては意外なものだった。
 それは彼女の父親の立場にある、と言う。

「あの、まさかですけど。それって……」

 高島先生は無言で頷く。

「そいつの父親、その学校の理事長だったんだよ」

 その事実は、当時の高島先生を驚愕させた。
 何でも、娘が同じ学園にいることで起こり得る諸々のハレーションを警戒し、校長を含めた一部の人間にしか、その存在を知らせていなかったらしい。

 『都内私立、屈指の難関校とも言える我が校で、理事長の不祥事ともなれば学園そのものの信用に関わる』というのが、校長の言い分だった。
 まさに私学特有の葛藤だ。
 だがそれは……、彼女にとってみれば知ったことではない。
 当然、彼はその後も粘るが、校長が首を縦に振ることはなかった。
 また、そればかりか『これ以上ことを荒立てるようなら、こちらにも考えがある』と暗に脅されてしまう。
 高島先生は、ココで折れてしまった。
 その後、根本的な解決策を見出せないまま時間だけが過ぎていき、とうとう彼女は進級してしまう。

 それから、だと言う。
 彼女が、あの胡散臭く、人を見透かしたような、それでいてどこか悲しい笑顔を浮かべるようになったのは。
 それに合わせ、彼女の生活態度も一変した。
 ある意味で、開き直ったというべきか。
 端的に言えば、社交的になった。
 普段の授業はもちろん、学校行事にも積極的に参加するようになり、彼女の周りには次第に人が増えていく。
 明るく、と言えば聞こえは良いのかもしれない。
 事実、周囲の生徒も彼女の変化を歓迎した。
 反して、高島先生はそんな彼女に、深い罪悪感を抱いたようだ。

 これは僕の勝手な推測だ。
 きっと、この時。
 ホタカ先生は、他人に期待することを止めたのだろう。

 しかし、それなら分からない。
 彼女は何故、高島先生を叩いたのだろう。
 彼女の平手打ちには、どんな真意があったのか。
 高島先生の話自体にも、違和感は残る。
 いずれにせよ、これではただの事実の羅列だ。
 言い訳にもなっていない。

「……それで弁明しているつもりですか?」

「端から弁明する気はないさ。世の中、結果が全てだからな。俺は飽くまで事実を話しているだけだ」

 何でもないかのようにつらつらと語る高島先生を見て、僕は胸が苦しくなる。
 確かに、高島先生の言う通りだ。
 どんなに前置きで飾ったところで、生み出した結果だけが、人の価値を決めることが許されるのだろう。
 僕が、どう感じて、どう動いたか、など本当に些末な問題だった。
 実際、僕の行動は沢山の人を無自覚に傷付けてきた。
 
 ただ……。
 そんな卑怯でおぞましく、はた迷惑な僕もまた、他人が生んだ結果の一つ、とも言える。
 別に言い逃れするわけじゃない。
 しかし、生憎のことながら、人は互いに影響し合う生き物だ。
 良い意味でも、悪い意味でも。 
 ココ数日の自分自身を振り返れば、分かりやすい。
 
 であれば高島先生とて、同じだ。
 彼女の中に生じたの責任。
 それは決して、高島先生が一人で背負うべきものではないし、背負っていいものでもない。
 

「……相変わらずですね」


 その時、ホタカ先生の声が冷たく響き渡る。

「何だ? 何か間違ってたか?」

 高島先生は、ホタカ先生を睨む。
 まるでその先の言葉を遮ろうとしているかのようだ。
 もうこの場には、僕の知っている二人はどこにもいない。

「どうして話さないんですか? 

 ホタカ先生は突き刺すような視線を、高島先生に浴びせる。
 その剣幕から察するに、どうやらなどといった生易しい表現では足りないようだ。

「……だから言ったろ。結果が全てだ、ってな。第一、お前自身もそこに触れなかっただろうが」

「私は……、高島先生の口から聞きたかったんです! 『結果が全て』と言うなら、あなたの人生を壊したのは間違いなく私です! だったら私を吊るしあげればいいじゃないですかっ!?」

 吹き溜まりを吐き出すかのように、ホタカ先生は次々とまくし立てる。

「トーキくんっ!!」

「へっ!? は、はい……」

 ホタカ先生は、再び僕に向き直る。

「トーキくん、何度もごめんね。高島先生の話、続きがあるの」

「続き……、ですか?」

「そう。考えてもみて。私が居た高校、私立だよ? 異動がないはずの私学教員がどうして今、公立の長江にいると思う?」

「あ……」

 僕の反応を見たホタカ先生は、コクリと首を小さく縦に振る。

「要するにさ。高島先生も立派な被害者なの」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...