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日下が勤める 花園画廊は、日本画の大家と呼ばれる作家から若手まで、国内外を問わず幅広い作品を取り扱っている。基準があるとすれば、その才能が本物であるかどうかという点のみだ。中でも、現在最も注目を集める作家のひとり、日高源は別格だ。彼の作品を待ち望む人は多く、中には幾ら出しても構わないという蒐集家までいる。花園画廊はいまや世界中にコレクターがいる日高の作品を唯一扱うギャラリーだ。
午前中、海外からの電話取材を終えた日下は、ふうっと息を吐いた。
「おつかれさま。日高先生、アメリカでの賞を穫ったことで、最近また注目を集めているみたいだね」
「ええ。おかげさまでメディアにも取り上げていただき、ありがたいことです」
日下が日高の担当になって十年程が経つ。作家の多くは一般常識でははかれないことが多いが、その中でも日高の人嫌い、メディア嫌いは有名だ。そのため、日高の窓口でもある花園画廊の担当者の自分がいまのように取材を受けることがあった。
「日高先生のメディア嫌いは特に有名だものねえ。――あ、ありがとう」
自分のコーヒーを入れるついでに先輩社員である 筧の分も一緒に入れると、筧はうれしそうな顔になった。
「そういえば徹くんだっけ、彼は元気?」
「ええ。大学の授業だ、ゼミだと忙しくしていますよ」
「確か日下くんのお姉さんのお子さんだったよね。突然高校生の甥を預かると聞いたときは驚いたけど、彼ももう大学生かあ。早いなあ。聡明そうな子だったよね、きみのことがとても好きで」
――衛さんが好きだ。
ふいに、徹に告白されたときの記憶が甦り、日下はわずかに動揺した。が、すぐに気持ちを立て直し、にこりと微笑む。おそらく筧は、ただ懐いているとかそういう意味で口にしたにすぎない。まだ子どもですからという日下の返答に、筧は納得したようすだった。
「このあと日高先生のお宅にいくの?」
「ええ。いくつか確認したいことがあるので伺います」
「そしたら、そのとき日高先生にスイカを持っていってくれるかな。小玉スイカなんだけど、奥さんの実家から送られてきたんだ。前に日高先生、スイカが好きだとおっしゃっていただろう。ちょっと荷物になっちゃうけど」
「車なので構いませんよ」
「日下くんの分もあるから、帰りに持って帰ってね」
「ありがとうございます」
日下はコーヒーを飲み干すと、荷物をまとめ、席を立った。
「ちょっと出てきます」
ずっしりとした小玉スイカが入った袋を手に、花園画廊のバンに乗り込む。窓を開けて車中にたまった熱気を逃がすと、取り出したハンカチで額の汗を拭った。
衛さんのことが好きだと徹に告白されたのは、同居をはじめてすぐのことだ。もちろん日下はきっぱりと撥ねつけたが、徹がそのことについてどのように考えているかはわからない。日下と強引にどうこうなる気はないようだが、同時に好意を隠そうという気もないようだ。そのくせ、日下の男関係について一度も嫉妬めいた感情を見せられたこともない。
おそらくは若者に特有の一過性のものか、ただの憧れを勘違いしているのだろう。徹が自分に本気で惚れることなどあり得ない。そんなことあっていいはずがない。
「まったくあいつが何を考えているのかわからない……」
誰にも聞かれてないのをいいことに日下はひとりごつと、ハンドルに手をかけ、バンを出した。
午前中、海外からの電話取材を終えた日下は、ふうっと息を吐いた。
「おつかれさま。日高先生、アメリカでの賞を穫ったことで、最近また注目を集めているみたいだね」
「ええ。おかげさまでメディアにも取り上げていただき、ありがたいことです」
日下が日高の担当になって十年程が経つ。作家の多くは一般常識でははかれないことが多いが、その中でも日高の人嫌い、メディア嫌いは有名だ。そのため、日高の窓口でもある花園画廊の担当者の自分がいまのように取材を受けることがあった。
「日高先生のメディア嫌いは特に有名だものねえ。――あ、ありがとう」
自分のコーヒーを入れるついでに先輩社員である 筧の分も一緒に入れると、筧はうれしそうな顔になった。
「そういえば徹くんだっけ、彼は元気?」
「ええ。大学の授業だ、ゼミだと忙しくしていますよ」
「確か日下くんのお姉さんのお子さんだったよね。突然高校生の甥を預かると聞いたときは驚いたけど、彼ももう大学生かあ。早いなあ。聡明そうな子だったよね、きみのことがとても好きで」
――衛さんが好きだ。
ふいに、徹に告白されたときの記憶が甦り、日下はわずかに動揺した。が、すぐに気持ちを立て直し、にこりと微笑む。おそらく筧は、ただ懐いているとかそういう意味で口にしたにすぎない。まだ子どもですからという日下の返答に、筧は納得したようすだった。
「このあと日高先生のお宅にいくの?」
「ええ。いくつか確認したいことがあるので伺います」
「そしたら、そのとき日高先生にスイカを持っていってくれるかな。小玉スイカなんだけど、奥さんの実家から送られてきたんだ。前に日高先生、スイカが好きだとおっしゃっていただろう。ちょっと荷物になっちゃうけど」
「車なので構いませんよ」
「日下くんの分もあるから、帰りに持って帰ってね」
「ありがとうございます」
日下はコーヒーを飲み干すと、荷物をまとめ、席を立った。
「ちょっと出てきます」
ずっしりとした小玉スイカが入った袋を手に、花園画廊のバンに乗り込む。窓を開けて車中にたまった熱気を逃がすと、取り出したハンカチで額の汗を拭った。
衛さんのことが好きだと徹に告白されたのは、同居をはじめてすぐのことだ。もちろん日下はきっぱりと撥ねつけたが、徹がそのことについてどのように考えているかはわからない。日下と強引にどうこうなる気はないようだが、同時に好意を隠そうという気もないようだ。そのくせ、日下の男関係について一度も嫉妬めいた感情を見せられたこともない。
おそらくは若者に特有の一過性のものか、ただの憧れを勘違いしているのだろう。徹が自分に本気で惚れることなどあり得ない。そんなことあっていいはずがない。
「まったくあいつが何を考えているのかわからない……」
誰にも聞かれてないのをいいことに日下はひとりごつと、ハンドルに手をかけ、バンを出した。
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