恋の実、たべた?

午後野つばな

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 おそるおそる口をつけてから、日下はそっとカップをテーブルの隅に移動させた。
 向かいの席に腰を下ろした徹が、いただきます、と手を合わせ朝食を食べ始める。伸びてやぼったかった髪は短くなり、すっきりとした印象になっている。
 こいつ、いい男に育ったよな。
 前にも思ったように、元々のつくりは悪くない。これまで日下が会ったどんな極上の男と比較しても、決して見劣りはしない。それどころか、徹には徹にしかない魅力があると思う。それなのに何をとち狂ってか、自分なんかのことが好きだという。こんな外側ばかりを取り繕った、中身のない張りぼてのような自分を。
 箸を持つ手にじっと目が吸い寄せられる。その指に触れられたら、どんな気持ちがするのだろう。
 いつの間にかじっと見つめていた日下に気づいた徹が顔を上げる。その瞬間、不埒な想像をしていたことを見透かされた気がして、日下は気まずさに視線をそらした。こめかみのあたりに鈍い痛みが走り、思わず顔をしかめる。寝不足のせいか、さっきから頭が重い。
「衛さん?」
 徹が眉を顰めた。あの、心の奥まで見透かされそうな瞳で日下をじっと見る。じわりと頬に熱が上がった。やめろ、見るな。
「具合が悪い? なんか本当に顔色が……」
 伸ばされた手をとっさに払ってしまい、日下は驚いた。徹も自分と同じような顔をしている。
「わ、悪い、ちょっとびっくりして。大丈夫、ただの寝不足だ」
 徹は一瞬だけ日下の言葉を疑うような顔をしたが、これ以上触れてほしくないという日下の気持ちを読んだようだった。
「そう……。仕事が大変なのはわかるけど、自分の身体も大事にして」
「あ、ああ……」
「ごちそうさまでした」
 徹が手を合わせ、食べていた食器を流しに運ぶ。離れていった気配に、さみしさを感じた。自分の中にわき上がった感情に戸惑うように、日下はうつむく。
 そう、問題とはつまりはそういうことだ。これまでどうしていたのか不思議に思うくらい、日下は徹の前で自分を取り繕えない。まるで思春期の子どものようなおかしな態度を取ってしまう。さっき徹が日下のために入れてくれたハーブティーに手を伸ばし、一口飲んでから顔をしかめる。
「……きょうはそんなに遅くならないから大丈夫だ」
 言い訳をするようにぼそっと呟いた自分の声が、徹の耳に届いていたかはわからない。ティーカップの中では、白い花びらがゆらゆらと揺れている。

 社内会議を終えると、日下は残業もせずに普段よりも早く帰宅した。朝、徹に言ったからではないが、たまには家でのんびりしようという気持ちになっていた。
 日中にたまっていた熱気を逃がすように窓を開け、クーラーをつける。その間に湯船に湯を張り、グラスに白ワインを注いだ。
 夜の帳がゆっくりと下りていく。どこからか、カエルの鳴き声が聞こえた。昼間の汗を洗い流し、さっぱりしたところで徹が帰宅した。
「衛さん、どうしたの。きょうは早いね」
 リビングのソファでワインを飲みながらテレビを見ていた日下に、リュックを背負ったまま、徹が驚いたように言う。
「夕飯にピザを頼んだ。もうすぐ届く。その前に風呂でも入ってきたらどうだ」
「ピザ? 衛さんが風呂を沸かしてくれたの?」
「たまには僕だって風呂ぐらい沸かす」
 実際に日下が家事をすることなどほとんどないのに、そんなに驚かれると面白くない気持ちになる。
「そしたらお言葉に甘えようかな」
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