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心やさしく、純粋で、自分の態度に一喜一憂するマルがかわいかった。ずっと自分に会いたかったのだと、一途な瞳で告白したマルが愛おしかった。そして最後に見たとき、自分のほうが真っ青な顔をしていたくせに、大丈夫だからと崇嗣を気遣っていたマルの姿を。
愛することに理由なんてものはない。マルがマルであるということ、それがすべてだ。崇嗣にとって、マルだけがいつも特別だった。それは旧型のロボットのときでさえそうだ。
「いま、俺のもとに一人のロボットがいます。誰よりも幸せにしたい、大切な相手です。そいつがいま、死に瀕している。俺はそいつを何としてでも助けたい。――だから、お願いです、父さん。俺はどうなってもいい、代わりにどんな代償を払っても構わない。俺にそのロボットを助けさせてください」
長く疎遠にしていた父に頭を下げることを、崇嗣は恥ずかしいとは思わなかった。プライドなんてどうでもいい。自分はどうなっても構わないと父に言った言葉は本音だった。ただマルを救いたいという思いしか、そのときの崇嗣にはなかった。
きつく握りしめた拳が震える。男がどんな顔で自分を見ているのかを、頭を下げている崇嗣は気づかなかった。自分がどんなに余裕のない、切羽詰まった顔をしているのかも。
昔、家を出るとき、崇嗣はある爆弾を仕込んでおいた。それはREX社のホストコンピューターに、あるキーワードを入力したときだけ作用するように設定してあった。この世界が間違っていると知っていても、あのときの自分は何もしなかった。変える勇気が持てなかった。でも、いまなら――。
どれくらい時間が流れただろうか。それまで沈黙していた父が口を開いた。
「――何年か前、すべてのセキュリティーを見直したときに、才能のある若い技術者の一人がホストコンピューターに仕込まれた秘密のプログラムを見つけた。存在自体は確認できたが、そのプログラムがどういう意味を持つものなのかはわからない。ただ、プログラム自体はひどく精巧で、おそらくはかなり前に仕込まれたものだという話だった。技術者は当然プログラムの撤去を求めたが、私はあえてそれを放置した。技術者にもきつく口止めをした。そんなことをできる人物がいるとしたら、お前くらいしかいないからだ」
崇嗣ははっと顔を上げ、父を見た。
「昔、父が幼いお前にさせていることを知ったとき、私は止めることができなかった。お前の持つ技術は、一介の技術者が持つものとは遙かにレベルを超えている。ましてや子どもなんかが到底作れるものじゃない。一人の技術者であった父が、孫の才能に嫉妬し、自ら進んで深い闇へ落ちてゆくことを、私はただ見ていることしかできなかった。父の気持ちも十分すぎるくらい理解できたからだ。息子であるお前が苦しんでいたのに気がついていたのに、私は何もしなかった……」
父は背もたれにもたれ掛かると、深い息を吐いた。その顔は一気に歳をとってしまったかのようだった。
「この会社がここまで大きく成長したのは、お前の技術があってこそだ。私は父とお前が作り上げた会社を、ただ維持してきただけにすぎない。――お前の好きにしなさい。そして、その大切な相手というのを助けてあげなさい」
「父さん……」
父が部屋から出ていき一人きりになると、崇嗣はしばらくの間考え込むようにうつむいてた。胸の中には、先ほど父が告げた言葉が重くのしかかっていた。父が、自分たちのことをそんなふうに見ていたなんて思ってもみなかった。ただ、祖父の威光に隠れた、気が弱く何もできない人だと思っていた。
これから自分は世界に爆弾を落とす。それはREX社や父たちにとっても、決して小さなものではないだろう。
崇嗣は顔を上げると、コードを入力した。決意を滲ませた顔に、もはや迷いはなかった。最後のパスワードを入れる場面で、崇嗣はわずかに手を止めた。
――マル……。
いまも家で自分の帰りを待っているであろうマルの顔を思い浮かべる。
早くお前の元へ帰ろう……。
崇嗣は深呼吸すると、最後のコードを入力した。
愛することに理由なんてものはない。マルがマルであるということ、それがすべてだ。崇嗣にとって、マルだけがいつも特別だった。それは旧型のロボットのときでさえそうだ。
「いま、俺のもとに一人のロボットがいます。誰よりも幸せにしたい、大切な相手です。そいつがいま、死に瀕している。俺はそいつを何としてでも助けたい。――だから、お願いです、父さん。俺はどうなってもいい、代わりにどんな代償を払っても構わない。俺にそのロボットを助けさせてください」
長く疎遠にしていた父に頭を下げることを、崇嗣は恥ずかしいとは思わなかった。プライドなんてどうでもいい。自分はどうなっても構わないと父に言った言葉は本音だった。ただマルを救いたいという思いしか、そのときの崇嗣にはなかった。
きつく握りしめた拳が震える。男がどんな顔で自分を見ているのかを、頭を下げている崇嗣は気づかなかった。自分がどんなに余裕のない、切羽詰まった顔をしているのかも。
昔、家を出るとき、崇嗣はある爆弾を仕込んでおいた。それはREX社のホストコンピューターに、あるキーワードを入力したときだけ作用するように設定してあった。この世界が間違っていると知っていても、あのときの自分は何もしなかった。変える勇気が持てなかった。でも、いまなら――。
どれくらい時間が流れただろうか。それまで沈黙していた父が口を開いた。
「――何年か前、すべてのセキュリティーを見直したときに、才能のある若い技術者の一人がホストコンピューターに仕込まれた秘密のプログラムを見つけた。存在自体は確認できたが、そのプログラムがどういう意味を持つものなのかはわからない。ただ、プログラム自体はひどく精巧で、おそらくはかなり前に仕込まれたものだという話だった。技術者は当然プログラムの撤去を求めたが、私はあえてそれを放置した。技術者にもきつく口止めをした。そんなことをできる人物がいるとしたら、お前くらいしかいないからだ」
崇嗣ははっと顔を上げ、父を見た。
「昔、父が幼いお前にさせていることを知ったとき、私は止めることができなかった。お前の持つ技術は、一介の技術者が持つものとは遙かにレベルを超えている。ましてや子どもなんかが到底作れるものじゃない。一人の技術者であった父が、孫の才能に嫉妬し、自ら進んで深い闇へ落ちてゆくことを、私はただ見ていることしかできなかった。父の気持ちも十分すぎるくらい理解できたからだ。息子であるお前が苦しんでいたのに気がついていたのに、私は何もしなかった……」
父は背もたれにもたれ掛かると、深い息を吐いた。その顔は一気に歳をとってしまったかのようだった。
「この会社がここまで大きく成長したのは、お前の技術があってこそだ。私は父とお前が作り上げた会社を、ただ維持してきただけにすぎない。――お前の好きにしなさい。そして、その大切な相手というのを助けてあげなさい」
「父さん……」
父が部屋から出ていき一人きりになると、崇嗣はしばらくの間考え込むようにうつむいてた。胸の中には、先ほど父が告げた言葉が重くのしかかっていた。父が、自分たちのことをそんなふうに見ていたなんて思ってもみなかった。ただ、祖父の威光に隠れた、気が弱く何もできない人だと思っていた。
これから自分は世界に爆弾を落とす。それはREX社や父たちにとっても、決して小さなものではないだろう。
崇嗣は顔を上げると、コードを入力した。決意を滲ませた顔に、もはや迷いはなかった。最後のパスワードを入れる場面で、崇嗣はわずかに手を止めた。
――マル……。
いまも家で自分の帰りを待っているであろうマルの顔を思い浮かべる。
早くお前の元へ帰ろう……。
崇嗣は深呼吸すると、最後のコードを入力した。
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