リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

文字の大きさ
12 / 75

流されるな(4)

しおりを挟む

 送ると言われ断ろうとしたけど、結局拓也のアパートまで一緒に来てしまった。

 本当はこのままうちのアパートに連れて帰りたいけど、とも言われたが、それは流石に無理だ。

 拓也の家には荷物を色々置いてるし、そもそもこちらが居座らせてもらってる身なのだ。勝手な事情で急に、今日は自分の家に帰りますなんてことはできない。親しき仲にも礼儀ありだ。帰るなら帰るで、ちゃんと言わないと。

 ただ別に、英司に言われたから帰るとか、そういうわけでは決してない。

「ここです」

「……へえ。何階?」

 そこまで知る必要もないはずだが、もしかして部屋の前まで送るつもりだろうか。か弱い女子じゃあるまいし、そこまでする必要はないのに。

「あの、ここまでで大丈夫なんで。……送って下さってありがとうございました」

「いや、部屋の前まで送る」

 アパートを睨みながら少し怖い声で言った英司の、謎の迫力。今から戦いにでも行くのか……?

「じゃあ……」

 なんとなく聞くのは憚られたので、部屋まで送ってもらう否、送らせてあげることにした。

 拓也の部屋は三階だ。エレベーターに乗ればすぐ着く。降りたらすぐ玄関ドアが見えて、少しだけ通路を歩くだけでよかった。

「ここか……」

「じゃあ、ありがとうございました」

 今度こそ別れようとしたが、なぜか英司は動かない。

「帰らないんですか?」

「お前が入るまで見届ける」

「は、はあ?子どもじゃないんだから、そこまでしなくても」

 このまま入れば、拓也と英司が鉢合わせかねない。そうなれば絶対面倒なことになるに決まってる。

「いいから、ピンポンしろって」

「ピンポンって。いや、合鍵借りてるんで……」

「はあ?ただの友達相手にそんな簡単に渡すかよ」

「ただのっていうか、すごい仲のいい友達なんで!」

 さっきからなんなんだこの人は。そろそろ近所迷惑だしさっさと帰りたい。こうなれば、このまま入るしかないか。

 というところで、ガチャ、と開いた目の前のドア。

「おい千秋、さっきから何喋って……」

「た、拓也」

 まずい、僅かこの一瞬で一番めんどくさい状況に……!

 拓也はドアノブを握ったまま、千秋の隣の知らない人間の存在に固まっている。

 そしてそのまま千秋の腕をちょいちょいと引っ張ると、

「このイケメンだれ!?ていうか俺睨まれてる!」

 と耳元で手を立てながらコソコソと言ってくる。だから嫌だったんだ、会わせるの……。

「えっと……」

「君が高梨の友達?」

 千秋が答えようとすると、遮ってくる英司。完璧すぎる笑顔が逆に怖い。

「あっ、はい!同じ大学の友達で……。えっと、お兄さんとかっすか?」

「お兄さん……?」

 英司の完璧な笑顔がピクっと一瞬歪んだのだから、拓也も流石にその笑顔が偽物だと気づいたのだろう、「千秋っ、俺なんかやばいこと言った?」と青ざめている。

 まずい、これ以上何か余計なことを言われる前に俺がなんとかしなくちゃ。

「えっと……さっきも言った通り拓也は俺の友達です。拓也、この人は俺の中学時代の先輩で、さっき偶然会ったんだ」

 重要なところは全部省いたけど、嘘は言っていない。

「柳瀬英司です」

「俺、鈴木拓也です。先輩だったんですね!まあたしかに、普通兄貴だったら苗字で呼ばねーか……」

 拓也が納得するように数回頷く。

「……まあ、そうだな。ところで、高梨がお世話になってるようだけど、明日俺が……」

「わ、わー!」

 いきなり何言おうとしてんだ!

 英司の言葉をわざとらしく遮ると、不満げな目線が送られてくる。千秋は千秋で「これ以上余計なこと言うな」という目線で返したが、意図が伝わったかどうかはわからない。

「よ、よくわかんねーけど……上がっていきます?」

 拓也のかなりズレた気遣いに、「いいのか?」と即座に返答する英司。

 いいわけがない。そろそろ堪忍の尾が切れそうになって、千秋は英司に詰め寄ると背中をグイグイと押した。

 そして、ヒソヒソ声で訴える。

「もう!本当帰ってくださいよ!」

「おい押すなって。なに、上がったらまずいことでもあんの?」

「ないですけど!拓也に迷惑なんで!」

 エレベーターの方まで押してやろうとしたが、途中で立ち止まった英司が、顔だけこちらに振り向く。

「じゃあ約束しろ。明日、ちゃんと帰って来れるな?」

「はあ?約束なんて……」

「約束」

「……わかりましたよ。このまま柳瀬さんが帰ってくれるなら、約束します」

 正直、このまま拓也の部屋に留まるのもどうかと考えていた。言われなくても出ていくつもりだったし、だからここで約束してもしなくても、千秋のやることは変わらない。なら、それでさっさと帰ってくれるなら、……これくらい別にいいか。

「ん、わかった。じゃあ帰るな。おやすみ、高梨」

「わっ。……はい、おやすみなさい」

 千秋の頭を一撫ですると、さっきまでのしつこさはどこへやら、あっさり来た道を戻っていく。てっきり念を押されると思っていたから少し拍子抜けだ。

 英司の広い背中がエレベーターに乗り込んだのを確認すると、千秋もこちらを心配そうに見ていた拓也のところに戻る。

「先輩大丈夫だったのか?なんか話してたみたいだけど」

「ああ……今日は送ってもらっただけだし、帰ってもらった。悪かったな、いきなり連れてきて」

「それは全然いいけどよ」

 そう言った拓也は、玄関ドアを開けながら「俺初めて会ったのに嫌われてるのかと思ったわ」と続ける。

 ごめん拓也。とてつもなく理不尽な理由で、それはあるかもしれない。

 大して気にしていない様子の拓也は、そのまま呑気に笑いながら部屋に入っていった。そして、千秋のすぐ後ろで玄関のドアが閉まる。

 千秋は、消えてくれないあの人が頭に触れた手の感覚に、一瞬、眉間に皺を寄せた。


「拓也、話があるんだけど──」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生
BL
「お早うございます!」 「何だ、その斬新な髪型は!」 翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。 慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!? 俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。 面接落ちたっぽい。 彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。 占い通りワーストワンな一日の終わり。 「恋人のフリをして欲しい」 と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。 「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

ヴァレンツィア家だけ、形勢が逆転している

狼蝶
BL
美醜逆転世界で”悪食伯爵”と呼ばれる男の話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...