羅針盤の向こう

一条 しいな

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 真澄ちゃんと僕と梨田さんがラウンジにいた。イスに座る。僕は妙にそわそわしていると「拓磨ちゃん、どうしたのよ」と真澄ちゃんに言われた。
「初対面だからな」
 梨田さんはのんびり言った。梨田さんは緊張しないだろうかと気になるのだが、梨田さんと親しくない僕はちらりと真澄ちゃんを見た。真澄ちゃんは比較的に落ちている。僕と梨田さんを見てニコニコと笑っているだけである。こうして見ると梨田さんは、真澄ちゃんに慣れているように見える。急にあとについて行ったところを受け入れている。そう思っていると「夜野トキってイケメンなの」と真澄ちゃんが言う。
 いきなり言われた。僕が目を白黒させていると梨田さんは言い放つ。
「俺に似ているんだ。イケメンだ」
「どっちがかっこいい」
 僕は夜と梨田さんの顔を見比べていた。本当は夜だけど、初対面でそれを指摘するのはあまりにも酷というものだと僕は思った。
「さあ」
「あっ。逃げた。拓磨ちゃん、本当は夜野トキの方がかっこいいと思っているわね」
「本当か」
「さあ」
 じつと熱い視線で二人分の目が僕に注がれる。僕は「そんなことより、二人は知り合いなんですか」と尋ねた。
「敬語をやめろ。やっぱり夜野トキの方がかっこいいか」
「写真を見たけど、あんたよりかっこいいわ」
 真澄ちゃんは意地悪だなと僕は思った。僕の気持ちを知ってか知らずか。真澄ちゃんはお茶を出す。ペットボトルのお茶かと思いきや、水筒である。タンブラーが似合いそうだが、銀色の筒につまれた水筒である。こちらの方が重いが、保温性は高いのだろうか。
 真澄ちゃんはお茶を用意して喉を湿らすように一口飲む。
「あー生き返る」
「じじいかよ」
「せめてばばあにしなさいよ。なんで拓磨ちゃんを連れてきたの」
 僕は一番それを知りたかった。僕は真剣に梨田さんを見ていると「別に」と答えた。
「あら。隠し事、いやだ」
「違う。夜野トキの友達ってこいつのことかなと思ったから」
「えっ」
「噂になっているんだよ。最近夜野トキとよく話している男子がうちの学校の生徒」
「もしかしてまた、夜野トキに似ているから付き合ったけど、振られた彼女情報?」
 梨田さんは明後日の方向を見た。図星だと僕と真澄ちゃんは確認した。
「男の友達がいたっていいじゃないですか」
「まあ。いいと思うが。俺の彼女が、あれは狙っているとわけのわからないことを言い出すから」
「狙っていません。ただの友達です」
「おまえの音楽の趣味と夜の作る音楽、違うだろう。夜が言っていた」
「確かに違いますが、声が好きなんです」
「私の声も好きって」
 冗談だとわかるが、梨田さんは無視をした。それが僕と真澄ちゃんの仲がいいということがわかる。梨田さんは改めて僕を見た。
「別に、夜がゲイだとしても構わない。やるならやってしまえだ」
「だから違います」
「じゃあ。なんでおまえは付き合っているんだよ」
 真澄ちゃんが面白そうに僕を見つめていた。僕はそんな真澄ちゃんを後ろから蹴り飛ばしたくなった。そんな気持ちを悟られないように僕は梨田さんを見つめた。
「さっきも言いましたが、声が好きなんです」
「それだけか」
「それだけです。本当は、夜の音楽は趣味じゃないですけど声だけ聞きたいだけです」
「それ本人も伝わっていると思うわよ」
「言いました。だからファンじゃない。冷やかしだと言われました」
「敬語はやめようぜ」
「そんなに夜のことを気になるなら、会いませんか」
 直接対決と真澄ちゃんが叫んでいた。じろりと周りににらみつけられていた。梨田さんは口元をゆがませているようで、何を隠そう、僕は梨田さんが何を考えて僕に近づいて来たのかわからないでいる。わかったところで何になると僕はヤケクソだった。夜のことを嗅ぎ回っている女性がいることを知っていたが、僕まで監視していたなんて気持ち悪い。気分が悪い。
 自分だって邪な気持ちを持っているのに、女性だけで免罪符になるなんて思うなよ。僕はまだキスも手もつないでいないからなと勝手に僕は怒っていた。
「まあいい。夜野トキには言いたいことがある」
 そりゃあ、つもりつもっていそうねと真澄ちゃんが言った。梨田さんがスマホを見せた。そうして、snsで繋がった。


 梨田さんは席を立った。そろそろ授業らしい。真澄ちゃんを見つめた。僕は真澄ちゃんに何か言う前に「圭介ちゃんは、ただのバイト仲間」と言った。どんなと僕はつい言いそうになった。コンビニのアルバイトらしい。暮らしている地域が近いからということだ。
「圭介ちゃん。夜野トキで大変苦労しているみたいだからね」
「だからって、僕に」
「いいじゃない。圭介ちゃん、悪い子じゃない。悪い仲間と遊んでいるわけじゃないから」
 真澄ちゃんは水筒のお茶を飲んでいる。のんきだなと思っていると「それでラブはどうなの」と一番きかれたくないことを聞かれた。僕はペットボトルの水を飲んでいる。
「あっいけない。授業があるわ。そろそろおいとましますわね」
「どうぞ。勝手に」
 僕はイヤミを言うと、真澄ちゃんはにこりと笑った。その笑いは邪険のないものように思えた。僕は自分が言った言葉に今更、後悔をし始めていた。じわじわと効いていく薬のように。そんな思いをしていた。



 今日の夜はギャラリーに囲まれていた。女の子ばかりである。真澄ちゃんが僕の隣にいて「あれ、ファン?」と小声で尋ねてきた。
 梨田さんはちょっとだけ毒気を抜かれたのか、何も言わない。あれだけ威勢のいいことを言ったのに、女性の数に圧倒されたのだ。十人くらいの女性が夜を囲む。夜は高らかに歌う。今日はまだ少ない方だと梨田さんに伝えた。夜上ライブの歌が終わると女の子が夜の周りで話している。夜は僕の方を見て「あっ」という顔をした。梨田さんの顔を見ていた。そのまま立ち去っていく。
「梨田さん。何か言うことがあったのでは?」
「飯をおごってやる」
「私は?」
 そう言って僕らは居酒屋に入る。居酒屋は学生やらサラリーマンで溢れていた。居酒屋の店員は外国人らしき人で「いらっしいマセ」と言った。たばこ臭いが部屋に充満している。煙っぼい中で胡座をかいた梨田さんはため息をついた。
「あんなにモテるのか」
「モテます」
「カーッ」
「おっさん臭いわね、その反応は」
「俺よりイケメンだった」
 でしょうねと僕は頼んだ魚の竜田揚げを食べる。ソフトドリンクを頼んで、焼き鳥も追加注文する。つくねかあと僕が考えていた。真澄ちゃんはお酒が飲めるのか、チューハイを頼んでいた。
「なんで、夜に対して何も言わないのよぉ。楽しみにしていたのに。鬱憤晴らし」
「腐った女だな」
 梨田さんは唐揚げにレモンをかけている。そうして落ち込んだ顔をした梨田さんがいた。梨田さんはぼんやりしていた。
「悔しい」
「顔で負けたくらいで」
 真澄ちゃんの言葉に梨田さんはジロジロと僕を見つめていた。ビールまだ頼んでいないから素面であることは確かだ。僕は黙々と食事をしていると「声はどっちがいい」と聞いてくる。
「いやあ。わからないですね」
「逃げたわね」
「逃げた」
「正直に言っていいんですか」
「やっぱ、やめて。遠慮しているくせに。そういう気遣いで胸がヒリヒリしているのに」
「こういうときは嘘でも梨田さんですっていうのよ。嘘でも」
 嘘でもを二回言うな、と梨田さんがいう。僕はぼんやりと梨田さんを見つめていた。梨田さんは疲れた顔をしている。疲れるようなことをしただろうか。そんなことを僕は思う。とりあえず、今は白いご飯を頼む。
「よく食うな」
「他人のお金ですから」
「遠慮をしろよ」
 していますよと答えているとはあと梨田さんが言った。明らかに落ち込んだ様子である。僕は「梨田さん。いい人ですよ」と言った。
「かわいい女の子に言ってほしい。おまえじゃなくて」
「じゃあ。化粧して」と真澄ちゃん。
「それはやめろ」
 僕と梨田さんが同時に言った。梨田さんはクスクスと笑い出している。何がおかしいのだろうか。僕は不思議に思う。
「なんかバカバカしいや」
「何が」
「夜のことを気にする自分が」
「はあ」
「わかねーだろうな」
「正直」
「わからないわよ。話す以外には。人間にはテレパシーなんてないから」
 真澄ちゃんがもっともなことをいいだす。梨田さんはビールをもらってちびちびと飲み始めている。僕はさすがに自分が恥ずかしくなって、食べる量を抑えた。
「で、こいつは夜が好きなのか」
「さあね」
「デリカシーのない話題ですね」
「まあね。卑しい根性が丸出しよね。私達」
 真澄ちゃんはうんうんと独りでうなずいていた。ただ、僕はいやだなと思ってしまう。一人だけ聖人ぶるのはと僕は思っていた。タバコの匂いが服について、隣では大きな笑い声が聞こえ来る。真澄ちゃんの一言で僕らに沈黙が走る。
「おい、へこんでいるときに何をいうんだ」
「いいじゃない」
「まあまあ」
「元はおまえがな」
 そんな会話を僕らはしていた。素面の僕はちょっとだけ楽しかった。
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