羅針盤の向こう

一条 しいな

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 憂鬱な月曜日が始まる。俗に言うブルーマンデーという奴である。朝から雨だった。冷えた空気が部屋いっぱいに充満していた。エアコンをつけて、寒さを防ぐ。こたつがあればいいが、狭いので置けない。
 カーテンを開ければ、曇った中、小さな雨粒の線がまるで漫画の線だけの表現のように落ちている。それを見ながら、僕はカーテンを閉めて電気をつけた。薄暗い部屋に明かりが灯る。それだけなのに目の前が急に明るくなったような気がした。
 僕はしばらくまぶしさに目を細めていた。パンを焼いて、簡単な食事をした。そうして洗い物をして身支度をして外に出た。
 雨傘を持っていく。外は寒かった。ちゃんと上着を着てよかったと思った。
 階段を降りていく。薄暗い階段の明かりをつけて降りていく。さっさと降りる。意外と下半身の力を使う。よいしょと、何段もある段差を降りていく。まるでルーティンワークを連想させる。階段を降りるという行為は不思議である。
 降りていると何段降りたのかわからない、いつまでもつづきそうで怖くなるときがある。上りはなんとなくわかるのだが。
 階段を降りきって、息を整える。玄関を通り過ぎて、郵便受けを見る。領収書やらちらしを送ってきてあるだけだ。鞄に入れて、まず第一歩外に出る。新鮮な湿った空気が顔に当たる。
 ザーッという雨音。傘を広げてその中に入った。
「拓磨」
 玉部さんが後ろから呼びかけてきた。僕はおはようございますと言った。
「一緒に行こう」
 肩を並べて僕らは道を歩いていく。聞こえてくるのは車が走る音だった。僕は玉部さんを見つめた。
「今日は友達と一緒じゃないのか」
「違います」
「そうか。ならいいや」
「おまえさ。ちょっと疲れているだろう」
「疲れていません」
 これやると渡された。マッサージ屋と書かれた、店の割引券だった。
「今時クーポン券ですか」
 僕は感心したように言った。
「頼みがある。俺の友達が来てくれと言われて」
「僕にも手伝えと」
「フライパン貸しただろう」
「わかりました」
「おっ」
「ただ、行けるかわかりません。整体に行っているし。誰かに渡せばいいんですね」
 うんうんと玉部先輩はうなずいた。追加にクーポン券をもらってしまった。
 玉部さんと別れた。体に力が入らないような気がした。よくわからない。ふらふらと歩いていないけど、パワーを根こそぎ取られたような気がした。
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