羅針盤の向こう

一条 しいな

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 寒いから暖房がありがたい。少し熱いから頬が赤くなる。教授の頬も熱いのは熱弁しているからだ赤い。教授は本気でこの学問を愛しているんだなと知るのはこういうときだ。
 そうしてうらやましいような気持ちになる。
「ペンは剣より強し。みなさん、応酬よりも感情を揺さぶるようなものを作ってください」
 それがたまらず、ああそうかなと疑いたくなった。応酬した方が楽なときもある。
 なにかを生み出すには力がいる。鈴さんの顔が浮かんでいた。応酬したらいいのにと僕はつぶやいていた。
「拓磨、なんかさ。嫌な奴でもいるのか」
 昼休みのカフェテリアに向かう。そんなときに戸井田は言った。
「いないよ」
「ならいいけどさ。悪い奴は結局強いけど、天から見放されるんだ」
「どいうこと」
「天知る、地知る、我知る、人知る」
「なんだよ。それ」
「悪いことをしたら、天に知れ、地にも知る、自分も知っている、人にも知る」
「はあ」
「悪いことは漏れるんだ。それをしている時点で、とばあちゃんが言った」
「だから悪いことをしてはいけないのか」
「そう」
 嬉しいようで、実感がない。僕はふうんと言った。
「自分のやったことはどの道返ってくるんだ」
「そうかな」
「そういうもんだ」
 だといいけど、と僕は考えていた。わからないわけでもなかった。正しいことをしていれば返ってくるのは都合よすぎる。悪いことは返ってこない人もいる。悪党は雑草のように強いということわざがあるように、悪いことをしても平然としている世の中だ。
「もー拓磨君も連れてどういうことよ」
 戸井田の彼女は怒ったように言った。これではまたこじれるのではないかと戸井田に問いかけようとする。
「あのさ。一緒にご飯をしたいだけだから」
 彼女が疑わしいという顔をした。しばらくしてからカフェテリアでお茶を買った。
「えっと、彼女さん」
「夕(ゆう)という名前があるけど」
「うん」
「大変だろう。戸井田の彼女をするの」
「まあね。どこにいても女の影があるから。聞きました。テストのためにみんなでご飯。彼女以外で二人きりになるつもりよ」
「いや、それはないよ」
「えっ」
「僕も一緒に行くし、その子、女の子が好きだから」
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