羅針盤の向こう

一条 しいな

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 暖かな日差しが降り注ぐ。また朝が来た。爽やかな風が吹く。まだ寒い。去年はどうだったのかと考えていたが、やめた。意味がない。思い出せないから。情報が洪水のように流れている。それに埋もれるように、僕はウェブページをスクロールして、見たいものをタップする。
 寝床が温かい。ぼんやりしながら、脳が情報ではなく、食事を求めている。朝が来たとわかる。天気アプリを見て、今日の洗濯物を干すかと考えていた。
 あくびをする。体を伸ばす。天井が触りそうになる。そんな錯覚。太陽を入れるためにカーテンを開ける。日差しが白く発光している。太陽の光に、目を細くする。太陽の日差しは温かい。体がリラックスする。
「ああ、いい天気だ」
 そうつぶやいていた。頭の中でなにをするか、考える。頭の中で考えを組み立てると、ルーチンをはじめる。まず、パンを焼いて。そのあとお湯を沸かす。ケトルで簡単に。そうして、おかずを簡単に作る。玉部先輩に言われた、フライパンくらいないとなと言われたことを思い出す。
 フライパンでウィンナーやら目玉焼きをつくる。コーヒーと、インスタントスープ。納豆を用意する。野菜は買ってきたサラダ。そうして、食べる。
 自分一人だけでは最初は、味気がなかった。だから、ラジオをつけた。朝の電車の運行情報。天気予報、朝のニュース。占い。たまに音楽。それを聴きながらぼんやりとする。朝だからイヤホンにする。
 ぼんやりした頭で食事をする。そうして、ダラダラとするわけにもいかず、洗濯物を回す。そうして、そろそろバイトも始まるなと、気がついた。明日バイトだ。おにぎりを買わないとか、朝が辛い、とかそんなことを考えていた。
 ゆっくり、時間が過ぎる。春休みが終わる。そうだ、勉強しなきゃなと考えていた。車の免許くらいは持っていないと。そう、スマホのメモ帳に書いていく。
『拓磨』と夜からメッセージが届いた。
『今日、空いている?』
『空いているかな』
 手帳を調べてみると空いている。
『でも、明日バイトだから、早めに切り上げてほしい』
『バイトって何時から?』
 朝のというと、それ朝じゃないと言われた。あれと思っていると、夜は遊び行くとだけ書いていた。遊び行く時間があるのだろうかと、僕は考えていた。そんな時間はいつの間に生まれたんだろう。
『曲、作っている?』
 僕の問いに夜は作っていると書いていた。じゃあ、またと言われてその会話はそれっきりになってしまったのだ。
 僕は買い物に行くために、スーパーに向かう。日用雑貨を買うためと食料調達に行く。長閑な雰囲気が町いっぱい広がっている。そうして、僕は眠くなるような曲を頭の中に流す。
 ゆったりした曲を。それで、桜が咲いていることを知る。そういえば、花見していないと気がついた。花見ができたらいいなと思っていた。誘われているけど、酒が飲めないと、つまらない。
 あと、バイトが忙しいのもある。
「花見したいな」
 そんな言葉が漏れていた。
「花見って夜と?」
 いきなり言われてびっくりした。以前「夜は女と付き合っている」と言った女子高生がいた。彼女の長い髪が揺れた。前髪から覗く目は、薄化粧されていない。その分迫力もある。
「なんだよ。いきなり」
「夜と付き合っているの?」
「なんで?」
「この前、一緒にいた。夜の好きなバンドのライブで」
「たまたま、友達として」
「ふーん。どうやって友達になったの?」
「路上ライブだよ。もういいか」
 わかったと女子高生は言った。女子高生は僕の顔をまじまじと見つめていた。
「意外とかわいい顔しているんだね」
「そりゃあ、どうも。もういい。行くところがあるんだ」
「ふーん」
 僕の後をついてくるつもりなのかと考えていると、それが現実になった。彼女は後を追いかけてくる。制服と違い、私服なのだとわかる。僕は早足で歩く。それで撒けると思う。
「ねえ、早い」
「付いてくるな」
「なんで、避けるの。私も仲間に入れてよ」
「やめてくれよ」
「いいよ。痴漢ですって言うよ。わかる? あんたなんか信じられないなんて。こういうとき、女の子が強いって。私、嘘泣きうまいよ」
 僕は振り返った。嫌な気持ちになった。そんな悪魔みたいな子の目的がわかっている。それは、きっと夜だとわかる。夜に会いたいからだ。
「なにが目的?」
「夜に会いたい」
「どうして?」
「好きだから」
 当然でしょうと言いたいのか、平然と答える。そんな子をどうしようかなと僕は考えていた。
「だって、あんたばかりずるい。私と同じなのに。なんであんたばっかり優遇されるの? あんたはただのファン。あのさ。勘違いしないで。夜はみんなに優しい」
 長々と言われた。
「だから?」
「えっ」
「だから、僕に迷惑をかけていいの?」
「いいの。だって、私は」
「ただのファンだろう?」
「うっー」
 涙を流し始めていた。周りの視線がチラチラと痛い。僕はそのまま背を向けた。そうしたら、いきなり背中に衝撃が走る。
「女の子が泣いているのに。見捨てるな。可哀想だと思わないの」
 あーと僕はつぶやいた。
「嘘泣きは得意だろう?」
「嘘じゃない。本気で泣いているの。あんたみたいなお人好しに指摘されたことが悔しいの。ただのファンじゃないもん。夜のファンだもん」
 あんた、ファンの中ではマナー違反している。個人的に、仲良くしちゃいけないの。だって、夜はみんなのもの。可愛い女の子だけが、付き合っていいの。とつづける。箱庭。大学にいたから忘れていたから、その感覚はすっかり抜け落ちていた。箱庭のルールだ。
「それって、誰が決めたの?」
「それは、みんな。夜が好きなみんな」
「そんなの知らない」
「うるさい。従え。夜から離れろ。知っている。夜はあんたのせいで曲が作れないの」
 僕はようやく女子高生を見つめた。そうして、女子高生は笑う。いたずらが成功した子供みたいな笑い方だった。それよりずっとタチが悪い笑い方だ。
「夜、曲が作れないの?」
「そうだよ。オネーサンに、愚痴っていた」
 だから、あんたのせいだよと言われた。わけのわからないはずなのに、なぜか腑に落ちそうになる。^めちゃくちゃな理論なのに。
「オネーサンって、誰?」
「セフレ」
「あっ、そう」
「傷ついている。いい気味。ただのファンが、そうならないって決め付けるなよ」
 私は可愛いからなるよと言われた。僕は手がぷるぷると震えていた。
「あんた、それって虚しいわよ」
「はっ? なによ。このオカマ」
「おカマじゃないわよ。オネェよ」
 真澄ちゃんがいた。エコバッグを下げている。明らかに怒った顔をしている。
「あんた、みたいな可愛い女の子がどれだけうざいのか、あたし知っている。それを全部、あんたの愛しの夜に教えようか。友達に意地悪なことを言っている、陰険な女だって」
「は? 言ってみろよ。カマ」
「カマじゃない。オネエよ。それに、あんたのやり方は一番クソよ」
「うるさいなー。私はこいつから夜のことが聞きたいの」
「で、なに?」
「味方が増えたからっていい気になるなよ。私が夜を救うんだ。夜が曲をかけないのは、あんたのせいだ。あんたがいるからだ」
「支離滅裂よ。なんでそうなるの。そいつの問題じゃない」
 はっきりと真澄ちゃんがいう。そうして、どんどん自分の立場が悪かったのが反転している。真澄ちゃんが猛烈に怒っている。いきなり、手が出そうになった女子高生の前を僕は出てきた。 
 パンっと小気味良い音が聞こえていた。痛いというより、見ていたら勝手に動いた。女子高生は青ざめた顔をしていた。
「私、知らない」
 真澄ちゃんではなく、僕がふだれた。頬を。そうして真澄ちゃんは肩をたたいてくれた。
「腫れていないわね。まあ、あんな女のビンタ、私達のキャットファイトよりマシよ」
「いや、痛いから」
「どうする? あんた、またフラフラしていたら、あれに捕まるわよ」
「どうしようか」
「情けないわね。ストーカーとして、警察官に捕まえて貰いなさい」
「これで懲りたのかも」
「懲りないわよ」
 それじゃあ、と言う前に真澄ちゃんの腕が伸びる。
「で、ラブなの?」
 キラキラとした目がこちらにかち合う。げんなりした顔を僕はしていると思う。真澄ちゃんのルージュが艶やかな色をしているのを僕は観察していた。
「で、付き合っているの?」
「さあね」
 今度は真澄ちゃんにくっつかれた。後ろからスーパーでトイレットペーパーを買うとティッシュ箱を買う。洗剤を買って。簡単に作れるインスタントを買っている。
「あんた、隙だらけね」
「悪い」
「まあね」
 それ以上真澄ちゃんは言わない。
「じゃあ、帰る」
「私はいいネタを見つけたわ」
 ギラリと真澄ちゃんの目が輝いたようだ。僕は頭が痛くなるような気持ちになった。アスファルトを蹴るようにして、走りさろうとすると上着を掴まれた。
「また、あんたをネタに小説を書くわ」
「いいよ。もう」
「いいわよ。私は気にしない」
「僕が気にする。また噂になるのは、いやだ」
「噂? なにかしら?」
「付き合っているって言われたじゃないか」
「ああ、でも、あんたは私に借りがあるのよ。また見かけたらあの女から助けてあげるから」
 いいでしょうと言われた。僕は「やめてくれ」と言うしかなかった。
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