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第5章 冥府の王妃ペルセフォネ
7 あーん
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「片時でも手を離すだなんて、不用心だとは思わないのか?」
「不用心?」
「そうだ、私がソレを胸から引き剥がして床に叩きつけたらどうするんだ?」
「えぇっ!?」
なんて物騒なことを口にするのか。
ぴぎゃっと悲鳴のような念がトリトスからも同時に届く。
「そ、そんなこと…しないだろ?」
「わからないぞ、身の丈をわきまえずに小生意気な要求をしてくれたんだ…腹立たしくて手が勝手に動くかもしれない」
「えぇっ~?」
なんだそれ、手ぐらい自分でちゃんと管理してくれとつっこみたくなる内容だ。
(だけど…)
こざかしいという言葉は自分に向けて発せられたのではなかったのだ。
よかった、嫌われてなくてと安堵し、その自覚もせずに吐き出た気持ちにハッと気づかされ、すぐさま頬を熱くした。
(なに…言ってるんだよ、オレ…)
これではオルフェウスの一挙一動に色めき立っていた軽薄な連中と一緒じゃないかと狼狽える。
無性に恥ずかしい。
「菓子がいいか? 果物か? それともパンか肉か…魚もあるぞ、ほら、どれがいい?」
「いや、どれがいいって…そもそも、自分で食べるからさ」
「遠慮しなくていい。はい、あーん」
何が、あーんだ。
食べ物を持った手とともに、あーんを提示されて、あーんで返すほどの太い神経は持ち合わせていない。
差し出された焼き菓子から、失礼なと顔を背けた。
それなのにあきらめない。
「ちょっ…やめろって」
執拗に口元に突きつけてくる長い指から、だ~か~ら~と身を捻って何度も何度も逃れる。
プルプルと羊が腕の中で震えた。
(ん…?)
その態度は決して怖がっているのではない。
胸元に顔つけて、笑いを堪えているのだと理解するや否や、オルフェウスが口を開いた。
「いい度胸だな、床に叩きつけてやったっていいんだぞ」
不穏な言葉に、身の危険を感じたトリトスがぴぎゃっとまた叫びながら小さく跳ね上がった。
すぐさま人形のように硬くなって鳴りをひそめる。
「そういう脅すようなことを言うのはよせって…あっ、んむっ」
注意した矢先に菓子を口の中に強引に入れられて、頬をもごもごさせながら睨みつけた。
(くっそ…やられた…)
目の前の美形はこちらの不自由さを逆手に取って状況を楽しむことに決めたのだ。
黄金の羊からの遠慮のない要求と、それを相談なく受け入れた自分を本当は面白く思っていないにもかかわらず、だ。
「うまいか? これもどうだ? ほら、あーん」
「だから、いらな…んっ」
とにかく上手の相手に隙を突かれては巧みに口へと放りこまれ、何度も振り回され、結果的には互いに笑いが漏れる。
(ほんと…くやしい…)
頭がキレるというか、立ち回りがうまいというか。
いつだって適わない。
それが歯がゆくもあり、楽しくもある。
そんな奇妙な戯れでもって、長くかかるはずの移動時間が簡単に塗り替えられていった。
「不用心?」
「そうだ、私がソレを胸から引き剥がして床に叩きつけたらどうするんだ?」
「えぇっ!?」
なんて物騒なことを口にするのか。
ぴぎゃっと悲鳴のような念がトリトスからも同時に届く。
「そ、そんなこと…しないだろ?」
「わからないぞ、身の丈をわきまえずに小生意気な要求をしてくれたんだ…腹立たしくて手が勝手に動くかもしれない」
「えぇっ~?」
なんだそれ、手ぐらい自分でちゃんと管理してくれとつっこみたくなる内容だ。
(だけど…)
こざかしいという言葉は自分に向けて発せられたのではなかったのだ。
よかった、嫌われてなくてと安堵し、その自覚もせずに吐き出た気持ちにハッと気づかされ、すぐさま頬を熱くした。
(なに…言ってるんだよ、オレ…)
これではオルフェウスの一挙一動に色めき立っていた軽薄な連中と一緒じゃないかと狼狽える。
無性に恥ずかしい。
「菓子がいいか? 果物か? それともパンか肉か…魚もあるぞ、ほら、どれがいい?」
「いや、どれがいいって…そもそも、自分で食べるからさ」
「遠慮しなくていい。はい、あーん」
何が、あーんだ。
食べ物を持った手とともに、あーんを提示されて、あーんで返すほどの太い神経は持ち合わせていない。
差し出された焼き菓子から、失礼なと顔を背けた。
それなのにあきらめない。
「ちょっ…やめろって」
執拗に口元に突きつけてくる長い指から、だ~か~ら~と身を捻って何度も何度も逃れる。
プルプルと羊が腕の中で震えた。
(ん…?)
その態度は決して怖がっているのではない。
胸元に顔つけて、笑いを堪えているのだと理解するや否や、オルフェウスが口を開いた。
「いい度胸だな、床に叩きつけてやったっていいんだぞ」
不穏な言葉に、身の危険を感じたトリトスがぴぎゃっとまた叫びながら小さく跳ね上がった。
すぐさま人形のように硬くなって鳴りをひそめる。
「そういう脅すようなことを言うのはよせって…あっ、んむっ」
注意した矢先に菓子を口の中に強引に入れられて、頬をもごもごさせながら睨みつけた。
(くっそ…やられた…)
目の前の美形はこちらの不自由さを逆手に取って状況を楽しむことに決めたのだ。
黄金の羊からの遠慮のない要求と、それを相談なく受け入れた自分を本当は面白く思っていないにもかかわらず、だ。
「うまいか? これもどうだ? ほら、あーん」
「だから、いらな…んっ」
とにかく上手の相手に隙を突かれては巧みに口へと放りこまれ、何度も振り回され、結果的には互いに笑いが漏れる。
(ほんと…くやしい…)
頭がキレるというか、立ち回りがうまいというか。
いつだって適わない。
それが歯がゆくもあり、楽しくもある。
そんな奇妙な戯れでもって、長くかかるはずの移動時間が簡単に塗り替えられていった。
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