呪われたオメガの王さまとカエルの王さま

3章：捕まっちゃいました～呪われたオメガの王さまmeetsカエルの王さま～

あまりの愛らしさのためにうっかり失念？

　***

　チャプンと水が跳ねるような音がした後にジャッ、ジャッ、ジャッと勢いよく布を絞っているような気配がした。
　ヒンヤリとしたした感触を額にも感じて。
　なんだろうと思っていると唇に硬い物があたった。
　液体が流れこんでくる。

（あ、水だ…）

　そう理解して飲み干し、パチッと大きな瞳を開ければ、そこは田畑からやや離れた場所にある我が家で。
　安堵すると同時に緊張に襲われた。
　なぜなら目の前に天の御使いかと思えし麗しい存在がいたのだ。
　手には水の入った欠けた鉢を持って。
　顔には仰々しい口輪を着けて。

『大丈夫か。
　すまなかった、配慮が足りなかった』

　と告げた悔恨かいこんの色合いを漂わせたその悲しげな瞳は。
　目にしただけでもう無条件で、とんでもない、何もかも全て、それこそこうやって息を吸っていることすらこちらの落ち度ですと懺悔したくなる。
　究極の美とはそれほどまでの恐ろしい威力を発揮するのを知った瞬間でもあった。

『なんたる失態か。
　恥ずかしい限りだ。
　ユラークから度肝を抜くほどの逃走能力と繊細さだったが故にと報告を受けていたというのに…』

　とその美の化身に話を続けられて巨石のような黒い騎士団長の姿が思い浮かんだ。

『てっきり不埒な賊に自分自慢大会での勇姿が目を付けられて拉致されたかと思い、王国随一と称される直属部隊に捜索をさせた。
　だが振り返れば、岩が人間にでもなったかといったような騎士団長とその部下たちに囲まれて、どれほどの恐怖だったか。
　逃げて当然だ、申し訳なかった。
　おそらく離宮の水堀から出たのも園遊会への重圧感からだろう。
　大変失礼した』

（あぁ…やっぱり…）

　その真摯な言葉にこの人は真の王さまなのだと実感する。
　逃走した者に対して怒りもせずに理解と慈愛の眼差しを向け、こちらをたてて詫びてくる様にじわんと胸が熱くなった。
　感じるのは揺るぎない知性と品性で。
　千年に一度の賢王と賞賛される由縁がここにあるのだと。
　感銘を受けながら、むくっと起き上がると『これを小袋ポケットに入れてくれないか』とすぐさまある物が手渡された。

『宮中で使用されている呪符が施された懐中時計だ。
　先に手渡してから話すべきところをあまりの愛らしさを目の前にして失念した。
　申し訳ない』

　と告げられながら目で促されて。
　素直にポケットの中に入れると、スッと何か冷たい布にでも覆われたような感覚がした。
　確かに間違いなく何かしらのまじないがなされている物だ。
　そう体感しながら言われた言葉に首を傾げた。

（ん？　あまりの愛らしさ…？）

　一体どういう意味なのだろう。
　そう言えば、先ほど会った際にもなんだか理解できない現象があったような気もする。
　けれども、まずは先に今までの非礼をお詫びせねばと身を正すと両手を床について大きな頭を下げた。

『も、申し訳なかったです…ケロ』

　園遊会に招待されていたのに勝手に逃げ出したのは自分だ。
　強面こわもての人外としか思えない相手でも王の主命を担った騎士団から逃げ出したのも自分だ。
　どう考えても自分が悪い。
　言い逃れはできない。

『ど、どんな…お、お咎めも受けます…ケロ』

　そう額を床に擦り付けて口にしながらも。
　牢獄入りも鞭打ちも市中引き回しの刑も強制労働もできましたら一切しないで下さいと心の奥で真剣に祈る。
　せめて反省文くらいでお願いしますとも。
　痛いのもつらいのも悲しい展開もどれもいやなのだから。
　哀れな身の行く先を想像してじわっと涙ぐんだ。