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戦争編
第十九章 それぞれの戦い-1
しおりを挟むディルクが加わった国王軍は絶好調だった。
ラクニアの屈辱とばかりに兵達も士気を上げ、短期間で境界より一歩先まで制圧する。
この先の攻め方を考案しつつ、いつものように定期連絡をしようと本陣に戻ったディルクは、しかし、ネスレイのただならぬ表情に気を引き締めた。
「ネスレイ、どうした?」
心なしか、彼の顔が青ざめている気がする。
「ベコが……」
「ん? ベコの街か? どうかしたのか?」
ベコの街は魔法世界の北方に位置する、ネスレイの地元の街である。
「毒が来る」
「どく?」
ディルクはネスレイが発した不吉な言葉に顔をしかめた。
予知によると、次はベコの街が狙われる。ラクニアほどではないが、毒物によって、多数の犠牲者がでるだろうと。
そして、その次はおそらく南聖マナフィの地元ララの街が狙われる、とそこまで見通していた。
流石に魔法使いに優勢のまま、ことを進めさせてはくれないらしい。
「そうか……気をつけろよ、ネスレイ」
心の底からディルクは声をかけた。先日ガルが亡くなったばかりである。
しかし、ベコの街はネスレイの地元であり、他所者の彼に出る幕はない。
おそらく時をおかずにララも襲撃にあうだろうが、残念ながらララの街もマナが最も詳しく、誰に代わることもできないのだった。
そして境界戦にもダガー・ロウがいる以上、本軍を手薄にするわけにもいかない。
ラクニア再編と、ララ及びベコ防衛のため、それぞれ二人ずつ将軍を手配し、残り四十万の兵の元、ディルクは改めて目の前の敵の打破に思考を巡らせた。
◇◆◇◆◇
「そう、四聖二人が動くの……」
ライサは研究室でヒスターが持ってきた知らせを聞いたが、一言つぶやいただけだった。
表情はなく、嬉しさも悲しさも伝わってこない。以前のように救出に向かおうとする素振りすらなかった。
ヒスターはライサの変化は感じていたが、特段不都合はなかったので、今まで特に問いただすようなこともしていない。
意識はあるし、状況判断も受け答えも問題はなく、ただ喜怒哀楽といった感情だけが全て欠落し、まるで機械のように動いているだけなのだ。
ヒスターはふと疑問に思った。一体今のライサにとって、自分はどのように映っているのか。
「貴方にはどうでもいいことだったかな?」
「別に」
「では東聖のことは?」
意味ありげにヒスターは問いかけをしたが、ライサはその言葉にも無関心だった。
「東聖? なんのこと?」
以前ディルクについて彼女に問い詰めたことがあったが、現在の状況はそのときとは全く異なっていた。
こだわりどころか興味も何も感じられない。
ヒスターはそんな彼女に心底満足した。
(いける!)
彼は隙あらばとライサを狙っていた。
一刻も早く、しかし立場的なものから、なるべく紳士的に手に入れたかった。
そもそも敵国のいかがわしい男なんぞに彼女が心を奪われること自体、彼の意に反している。
幸いこの研究室には二人の他に誰もいない。
ライサは先程からずっと研究室のメインコンピュータの前に立っていた。
ヒスターは、そこでデータを整理している彼女にそっと近づく。
「ライサ殿、以前貴方はなんでも言うことを聞くと言ったが覚えているかな?」
「そうね」
彼を見ず、手も止めずにライサは言った。ヒスターは更に続ける。
「ならば将来の私の妻として、喜んで今から私に付き合えるな?」
ヒスターは横からライサの顔を覗き込むようにして、曰くありげに言った。
「そうね」
あっさりとした答えが返ってくると、ヒスターは突然彼女の腰に手をまわし、彼女の唇に濃厚なキスを始めた。
以前した時には彼女の抵抗にあい、唇を噛まれるという屈辱を味わったものだが、今回は無抵抗にそれを受け止められる。
しかし彼女からのアプローチが全くないのに、ヒスターは少し焦りを覚えてきた。
唇を離すと、彼女を近くのソファに連れて行き、横になるように促す。
ふとヒスターは彼女の目が気になった。光が全く感じられない。
自分を見ている筈なのに、脳が認識していないのだろうかと。
「くっ……」
少しだけ躊躇いを感じたが、次の瞬間にはもう彼女の衣服に強引に手をかけていた。
白衣を脱がせ、ブラウスのボタンを上から順に外していく。その間もヒスターはライサの唇から首筋へと貪るような口付けを続ける。
ヒスターは今年十八になったばかりで行為自体は初めてだ。
徐々に興奮し、ライサの反応がそれでも全くないことに気づかず夢中になり始める。
そしてボタンを外し終え、その胸部に手をかけようとしたその時ーー。
「ライサ!!」
王女が研究室に入ってきたのはまさにその瞬間だった。ノックもせず扉を開く。
彼女が最初に見たものは、泳いだ手をそのままにバツの悪い顔をしたヒスターと、抵抗もせずソファに横たわった半裸のライサだった。
「あ、あねうえ……」
王女はすぐさま状況を把握し、そして間抜けな声をあげた弟に言い放つ。
「ヒスター、何をしているの! 今戦時中なの、わかっているでしょう! たくさんの人達が国のために戦っている。そんなことしている場合じゃないでしょう!!」
王女は、自覚はなくとも弟が昔からライサに興味を持っていたことを知っていた。そして全く相手にされていないことにも、それなりに哀れみを感じていた。
だが今は止めなくては。こんな状態のままではいけない。
「ライサ……大丈夫?」
王女は彼女の傍に駆け寄り、声をかける。
「問題ありません姫様。見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
痛々しいくらいに首筋にキスマークをつけたライサは、しかし何事もなかったかのように服をきちんと着なおし、白衣に腕を通す。
ヒスターはその間にも早々に退室している。
それを確認すると、王女はライサの目をまっすぐ見つめ励ました。
「ライサ、しっかりして! そんなことじゃ、ディルシャルクさんもきっと悲しむわ!」
しかし、それに対するライサからの言葉は非情なものだった。
「? どうしてその人が悲しむのですか?」
ライサを抱きしめる王女の瞳に涙が浮かぶ。
(ああライサ……どうしよう……どうしよう王子様……ごめんなさい、ディルシャルクさん!)
傍にいるのに、彼女の心がどんどん壊れていくのを止められない。
自分の非力さを嘆きながら、王女はただただ人形のように無表情な彼女を抱きしめることしか出来なかった。
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