隣国は魔法世界

各務みづほ

文字の大きさ
59 / 98
戦争編

第十九章 それぞれの戦い-2

しおりを挟む
 
 北の街ベコは、寒い地方であるがゆえに食料庫が整備されている。
 その食料庫が、死の軍の襲撃対象となってしまった。
 一夜のうちに食料庫全てに毒が撒かれたのである。
 床が壊され、時を止める魔法陣も無残に消滅していた。

 街のあちこちで呻き声が聞こえる。
 化学の生み出した有機リン系の毒に、魔法使い達はなす術もなかった。
 駆けずり回る医師たちの懸命な治療も甲斐なく人々は息絶え、街は混乱を極めていた。

「ええ……さすがにわかりますよ、原因はね。食べ物を食べて多数の人が苦しみだしたのですから。最初に訴えてきたのは、サエレブロックのマニ夫妻でしたかね! すぐさま、調査に向かいましたよ! もう驚いたのなんのって! 無事な食料庫がないんですよ! 信じられますか? 一体どんな手を使ったというんです! 一夜で数千におよぶ食料庫が全滅ですよ!?」

 ネスレイの執事ドパは一気に捲くし立てた。目の前の現実が嘘のようだと彼は訴えていた。
 主人ネスレイは、朝早くから魔法陣再整備に忙しく動き回っており、その場にいない。
 すぐに南聖マナに食料を手配してくれるよう頼んだのだが、こちらも返事がまだ来ていなかった。
 とりあえず本日以降買った食料は食べないように街の人達に伝え、毒の被害にあった者達の救出をしているという。

「悪いが俺はそっちに行けない。ネスレイの指示に従って最善を尽くしてほしい……」

 ディルクはそれしか言うことができなかった。彼だってそんな毒の対処法なんてわからなかった。
 とにかくお腹に入れてしまった物を吐き出すしか方法がない。
 それにしてもマナからの返事がないのが気にかかる。ベコから最も近い街はララなのだ。
 ラクニアはそれどころではないし、王子に食料など救援を要請したが、王都は遠く、時間もかかる。

「ああ、なんか外が騒がしいです! 何かあったのでしょうかね。あ、そこのあなた、ちょっと待ってください! それはこっちに置いて! ああ、そうじゃなくて! あっ、すみません、東聖殿! 申し訳ありませんが、一端通信切ります。もうそろそろ、いろいろ偵察に向かわせた人たちが戻ってくるころなんです! また連絡しますね!」

 まわりの人々に指示ながら、相変わらず一気にそれだけ言うと、ドパは通信を切った。
 ディルクのほうも、ため息をつく暇すらなかった。
 少し前とは段違いの威力の兵器を使い始めた敵国の本軍は、目を離すことができないほどに、次々と攻撃を繰り出してきていたのである。


  ◇◆◇◆◇


 南方の街ララは地底の、地下に広がる街である。
 街のブロック毎に外に通じる道や、連絡通路などが整備されており、南聖マナフィは、この街の構造を知り尽くしていた。
 境界の戦場から何日ぶりかに戻ってくると、早速各ブロックを見まわり、報告を受け、留守中の主だった出来事を確認する。
 そしてネスレイの予言どおり、数日後、この街も死の軍の襲撃を受けた。

 ララの襲撃も気付かれにくいものだった。何も気付かず、息耐えた者も多い。
 死の軍はこの地下の街に、大量の毒ガスをブロック毎に流し込んだのだ。
 臭いもしないし、色もない。それ故、まず原因を突き止めるのに時間がかかった。
 だが何とか、被害がでている場所がかたまっていることをつきとめる。

「息を吸ってはいけません! 家に入って窓をかたく締めなさい! 早く!」

 助けを求めに来た人々に声の限りに叫ぶと、マナはこの街に駐屯している二人の将軍にすぐ様緊急回線を開く。

砂子さしいますか? 今すぐ南西三から十八ブロック出口に結界を、縁子えにしは東と北北東一から五ブロック出口に結界、その箇所から発生する気や風を封じ込めてください! 排出先は十キロ先の瘴気の森へ指定転送! 向かう兵にも風を遮る防御結界を徹底、残りは住民の救助と避難を急いでください!」
『南聖様! はっ、了解しました』

 そして通信を解くと、即座に魔法の呪文を唱え始めた。街を動かす巨大な魔法。

 ――いにしへより賜わし天の道、熱き光の通りし道、従いなさい、命により……

「おいっ! みんな、外に出るな! 戸を閉めるんだ!」

 マナの指示を聞いたララの民の行動は早かった。南聖マナフィの言葉を疑ったり、考えたりする者は一人もいない。
 そして、この街に配属された兵士達の協力もあり、街の人たちがおおかた通りから姿を消すと、空からもの凄い音が響き渡った。
 その魔法は地底都市ララの天井部分を開け、その街全体の空を外に開け放ったのだ。

「す、すげぇ……」

 凄まじい轟音と共に起こった現象に、民達が一斉に感嘆の声をあげた。
 呼吸が既に苦しい者、麻痺を感じていた者達も皆、今目の前にある光景に圧倒されている。
 代々この街を守護する南聖が受け継ぐ魔法だが、実際この天井が開け放たれるのは百年ぶりなのである。
 空いっぱいに、本物の空が広がっていた。

「な、なにしてるんです! あなた方は! 早く避難なさい!」

 マナは知らないうちに人が集まっているのに仰天した。もちろんマナのいるこの場所が安全というわけではない。
 巨大魔法の行使のため自分に防御結界を張れず、彼もすでに頭痛、吐き気、手足のしびれを感じ始めている。
 まだ毒ガスは残っているのだ。
 すぐに避難するように言うと、マナは今度はしびれる手を抑えて街全体に風を起こした。
 上へ上へと向かう風により毒ガスは外に吐き出される。そして入れ替えに新鮮な風を街に送り込んだ。
 ガスの発生源の結界封じ込めに加え、しばらく換気を続ければ、とりあえずこれ以上の犠牲者はなくなるだろう。
 しかし既に大きすぎる被害を受けていた。
 マナは、どんどん調子が悪くなっていき、立っているのも辛くなってくる。

「……限界です……」

 ふっと風が止まる。
 人々が気付いた時、彼はその場に倒れ、意識を失っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

処理中です...