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1 鑑定の儀編

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 魔物だ!

 一目で分かった。
 魔物を見るのは生まれて初めてのくせに、不思議と見れば分かるものだ。

「グルオオオオオオオオオ!」

 魔物と私との間にはだいぶ距離がある。なのに、私に気が付いたようだ。魔物が威嚇するように雄叫びをあげる。
 一見、大型の熊のように見えるが、あれは熊じゃない。熊の魔獣でもない。魔物だ。

 魔物のすぐ近く、足元あたりに、黒いモフッとした小さな生き物が見えた。赤目の黒毛、私がいつも赤の樹林で見かけている猫に間違いない。
 猫は動かない。いや、動けない。
 動けば襲われると、猫は本能で察している。さすが野生の勘というべきか、伊達に赤の樹林に住んでない。

「グルオオオオオオオオオ!」

 また、魔物が雄叫びをあげた。後ろ脚で立ち上がる。前脚は威圧するように、大きく振り上がっている。

 視線は私ではなく猫を捉えていた。こちらは距離があるので、手近の猫に標的を定めたらしい。

 マズい。猫が殺される。

 そう思うやいなや、私は魔法陣を展開させ、魔物に向かって突っ込んだ。

 魔法陣の無詠唱、高速複数展開。

 これ、とても高度な技術であるらしい。
 らしい、というのも、人伝で聞いたので本当かどうかよく分からないのと、苦もなく易々とできるので高度感がよく分からないから。通常より余計に魔力を取られるのが難点かな。
 そもそも、今は猫が魔物に襲われる一歩手前。時間がないので、出し惜しみしている場合じゃないんだわ。

「《防御の盾》」

「《身体強化》」

「《爆炎》」

 同時に三つ発動させ、猫と自分を守りつつ、魔物を爆風で後方に吹き飛ばす作戦だ。

「グルオオオオオオオオオ!」

「!」

 耐えた! 吹き飛ばない!
 魔獣ならこれで吹き飛ぶのに!

 魔物はまたもや雄叫びをあげた。これで吹き飛ばないなら、もう一つ。

「《大爆炎》」

 今度こそ爆発の勢いに勝てず、魔物の身体がドシンと地面に叩きつけられる。
 大きな音と土埃。そして焼ける臭い。

 その隙にさらにもう一つ発動。

「《火焔の刃》」

 私の剣に魔法の炎を纏わせた。
 このままでは魔物に突き立てられず折れてしまいそうな剣だが、これで大丈夫。魔物相手でも、刃が通じるはずだ。

 そのまま魔物に突っ込む。一瞬で接近した。

 シュッバッッッッ

 前脚で応戦してくる魔物。
 振り上げて下ろすだけの動作なのに、凄い風圧を感じる。
 紙一重で前脚をかわした。

 よく見ろ。

 自分自身に言い聞かせる。

 振り下ろした前脚を、今度は振り上げるようにして私の方に伸ばす。
 風を切る音が耳をかすめ、風圧で髪が乱れて宙に舞う。

 よく見ろ。

 ドクンと心臓が音をたてる。

 サッと膝を折って姿勢を低く。
 私の頭があった場所を、魔物の前脚が横なぎにする。
 力がこもっている分、魔物の動作が大きくなった。魔物の前面が開き、腹の部分が丸見えとなる。

 そこ!

 低い姿勢から地面を蹴る。剣を持った腕を伸ばし、一気に魔物の腹に突っ込んだ。その勢いで炎の刃が魔物の急所を貫く。

 ズシュッ

「グルオオオオオオオオオ!」

 ビクンと痙攣する魔物。
 すぐさま力任せに剣を抜く。重い。
 急所を貫いたといっても、まだ油断はできない。剣を振りかぶって勢いをつける。

 シュバッ

 剣の重みと身体の回転で勢いをつけ、その勢いのまま、炎の刃で魔物の首を切り落とした。
 焼き切れた切り口。肉が焦げた臭いがする。
 頭は吹き飛んで、少し離れたところにドサッと落ちた。

 やったか?

 ドオォォォォォォォン

 頭を失った魔物の体が後ろに倒れた。
 動かない。

 やったわ……。

 私はハーーッと大きく息を吐いた。
 今まで呼吸をしていたのかどうかも忘れてたほど、久しぶりに息を吸ったり吐いたりしているような気がする。
 心臓がうるさいほどドクンドクンと音をたてていて、思わず膝に手を当て腰を折る。

 これは魔物だ。間違いない。

「にゃー」

 近くで鳴き声がした。

 顔をちらっと向けると、猫が見えた。
 良かった。猫も無事だ。
 さっきまで、魔物の標的となって髭一つ動かせず固まっていたのに。もう動いている。元気なものだ。

 ああ、なんだか気持ち悪い。空気が足りない。
 魔力を一気に使いすぎたせい?
 目がチカチカする。心臓も痛い。
 
「にゃー」

 さっきよりも近いところで声がした。

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
 立っていられず、その場にうずくまり、服が汚れるのも構わずペタッと腰を降ろした。

「にゃー」

 猫は私の足に顔をこすりつけ、そのまま膝の上に乗る。下から見上げて、そっと、にゃーと鳴いた。

 ああ、温かい。

 猫の体温が伝わって、ようやくホッとしたというか、緊張を解いても良いんだと安心したというか。
 同時に、自分と猫と魔物以外のものが、目に耳に入ってきた。

 木々のザワザワと小鳥のさえずり。散り散りになっている枝葉、倒れて剥き出しになった木の根元、大きく抉れている地面。
 魔物の頭と体は先ほどと変わらない。少し離れて転がっている。焦げた臭いと土埃が目にも喉にも痛い。

 そういえば、何か忘れているような気がする。

「あれ? そういえば……」

 猫と魔物を見た瞬間、いろいろ忘れて、突っ走ってしまったけど。赤の樹林には一人で来たんじゃなかったよね。
 膝の上の猫を撫でながら考える。

「そうだ! ジン!」

 ヤバい。うっかり護衛を置き去りにしてた。

「ネーーージュさまーーー!」

 遠くから自分の名を呼ぶ声が、聞こえるような聞こえないような。

 マズい。
 いろいろとマズい。
 デコボコの地面とかマズい。
 そもそも、魔物はマズい。
 魔物の死骸なんて絶対マズい。
 まさにマズいことだらけ。

「ネージュさまー!!」

 ジンだ。ジンの声だ。間違いようがない。
 ジンの声が近づいてくる。私と私の回りにあるものを見つけたんだ。
 うん、誤魔化しようがない。

 その時、私は現実逃避をしようと決め込んだ。
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