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2 新人研修編

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「ってことがあったの」

 その日の夜。夕食後のまったりとした時間。

 いつものように、その日にあったことをラウに報告した。今日のメインはエレバウトさんだ。

 ふと考える。

 エレバウトさんは、いつも私のことを平凡だと言う。普通の女の子だと言う。ただ、それだけだ。

 私が『技能なし』なのは彼女も知っている。話題に出されたことはない。
 グループで陰口を言う人たちとはちょっと違うのだ。

「でも、エレバウトさんは悪い人ではないんだよね」

「フィアに七回も絡んできてるのに?」

 七回? そうだっけ? 七回も絡んできてたっけ?
 いやいや、回数の問題じゃない。

 隣にピッタリくっついて座るラウを見上げながら話す。

「私のことを『技能なし』ってバカにしないの」

「そうか」

 静かにそう言って、ラウが私の頭を優しく撫でてくる。大きな手が温かい。

「エレバウトさん、上司の人のことが好きだから。
 研修で仮配属とはいえ、いきなり塔長室所属になった私のことが、気に入らないだけだと思う」

 絶対そうだ。

 毎回毎回、自分の方が塔長室向きだって、私にアピールしてくるもの。
 だからって、私にアピールされても決定権ないのに。

「うん、私は既婚者だからね!
 私より三つも年上なのに恋人なしのエレバウトさんを、少しは気遣ってあげないとね!」

「既婚者」

 ラウが固まって、真っ赤になる。

「え? ラウは私の夫で恋人なんでしょ? 違うの?」

「違わない! 間違いない! その通りだ!」

 ギューッと抱きしめてくるラウ。

「夫で恋人。いい響きだな」

 喜んでくれるのは嬉しいけど、もっと穏やかな反応がほしい。ちょっと苦しい。

「なら、ラウも、恋人なしの人を気遣ってあげないと」

「そうだな。エレバウトか。調査でも問題なかったし、もう少し様子を見るか」

 抱きしめられているので、ラウの頭が私の頭の真上にくる。
 この状態ではラウの声が少しくぐもって聞こえるので、少し聞き取りづらい。

「何か言った?」

「いや。フィアが楽しそうで良かった。早く研修が終わるといいな」

 楽しいとはちょっと違うけど、充実してる。退屈はしない。
 私にとって退屈で暇すぎるのは敵だ。

「明日は、赤の樹林に出張してくるね」

「ああ、気をつけるんだぞ、フィア」

「メモリアもいっしょだから。心配しないで、ラウ」

 そう、明日は赤の樹林へ出張だ。
 今日の昼間の話を思い返す。




 今日、エレバウトさんから解放されて、塔長室に戻った後。上司の人から話があった。

 私にとっては初めての出張となる。

「明日は赤の樹林の定期観測だったよな、ナルフェブル補佐官」

「ああ、行ってくる。ここしばらく中止になっていたから、久しぶりだ」

 ナルフェブル補佐官は、第二塔の魔物研究班にも所属している。
 そして、定期的に樹林の調査をしている。

 赤の樹林は、十月、十一月と魔物の出現が続いた。私ががっつり関係しているあれだ。

「ま、師団は出入りしてたけど、こっちは出入り禁止にされてたからな」

「本部からの通達だから、仕方ないな」

 上司の人とナルフェブル補佐官だけの話で終わるかと思って、私はふーんと聞き流していた。

 突然、上司の人がイスをクルッとさせて、私に視線を向ける。

「でだ。クロエル補佐官も、ナルフェブル補佐官に同行してくれ」

 上司の人から、いきなりの同行命令。

 こういうことがよくあると、フィールズ補佐官が言っていたっけ。
 私の隣で、フィールズ補佐官がため息ついてるよ。これか、これがそうか。

 私が返事をしようとした矢先、

「ひぃぃ。無理だ、塔長!」

 ナルフェブル補佐官から、あがる悲鳴。そして思いっきり同行を拒否された。

 なぜ?

 ナルフェブル補佐官を見ると、顔色も急に青ざめてしまったし、鳩尾に手を当てている。

「定観だぞ。いつもは君ひとりで行くだろ」

「クロエル補佐官と二人でなんて! 絶対に消される!」

「あー、そういうこと」

 あー。

 私も上司の人も、いや、この部屋にいる全員が思い当たるのはただ一人。

 夫のラウだ。

 確かに、男性と二人で出張はマズい。かなりマズい。
 仕事だし、職場の先輩と後輩だし、それ以上の関係は皆無だと自信を持って言える。

 だとしても、あの夫が見逃すとは思えない。

「メランド卿も同行すればよろしいのではないでしょうか?」

 その時、良いタイミングで、フィールズ補佐官が助け船を出してくれた。

  そうだった、そうだった。

「はい。出張時はラウかメモリアを連れてくように、と言われてました」

 フィールズ補佐官に頷きながら、私も同意する。
 メモリアでは戦力不足というのなら、ラウの方がいいかな。

「それともラウを連れていった方が、」

「ひぃぃ」

 またもや悲鳴をあげるナルフェブル補佐官。
 ラウは見た目ほど怖くないので、そこまで怖がらなくても。

 まぁ、暴れはするけど。

「メランド卿にしとけ。ラウゼルトが来るとナルフェブル補佐官が死ぬ」

「はい」

 けっきょく、メモリア同行を上司の人が決めてくれた。

 私もナルフェブル補佐官も技能なしなので、伝達魔法が使えない。伝達魔法は風の精霊魔法だからだ。
 メモリアなら伝達魔法が使えるので、ちょうどいい。(当然、ラウも伝達魔法は使える)

「ナルフェブル補佐官も、それなら問題ないだろ」

「とりあえず、瞬殺は回避された、んだよな」

 顔色はまだ青ざめたまま。
 鳩尾をさすりながら、ナルフェブル補佐官が了承してくれた。

 こうして決まった赤の樹林出張。

 とくに準備はないという。
 だから、明日は普通に出勤し、第一塔で打ち合わせをしてから出発だ。

 初めての出張で、ちょっと緊張する。

 そんな私を、ラウが隣で穏やかに眺めていた。
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