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2 新人研修編

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 三日ぶりの自然公園は広々として、澄んだ空気がとても気持ちいい。

 そして、しっかり凹んでいる姿は三日前と変わらなかった。

「お相手様、修復作業、よろしくお願いします」

 通常は、特務部隊の護衛班が、師団長やその家族の護衛をする。

 はずなんだけど、今、私に声をかけたのは、今日の私の護衛を勤める突撃部隊だった。

 突撃部隊って、戦闘時に切り込んでいくような部隊だよね?
 今日って戦闘しないよね? 戦闘にならないはずだよね?

 ギョッとして焦る私を、微笑ましい顔で見るラウ。

「公園は広くて危険だからな」

 ラウのことだ。

 あの猫の形をした何かや魔物の出現を警戒していそうだけれど。

「それにかわいらしいフィアを見たいとの声もあってな。特別に突撃部隊に許可を出した」

 続く言葉がおかしい。

 許可? 許可って何?
 私を見るのって許可制なの?

 ラウからは、訳の分からない返事をされただけだった。

 突撃部隊とは、前に赤の樹林で会ったことがあるらしい。

 第六師団でも抜きん出た荒くれ者、だなんて言われてると、上司の人から教えてもらっていたけど。
 そんなことは全然なく、皆、丁寧で礼儀正しい集団だった。

 敬語慣れしてないから、変な敬語でも容赦してほしい。

 そう言ってくれた突撃部隊長も竜種だそうで、真摯に向き合ってくれているのが伝わってくる。

 さて、修復作業だ。

 何かあったときのために、ラウは、飛竜に乗って待機。
 他の人たちは、凹みの外に出てもらう。

 六翼を顕現させた状態で、私は魔法陣を展開させた。

 ふー

 深呼吸をしながら、ゆらゆらと自分の魔力を練り上げる。

 そして、上司の人の真似をして、丁寧に丁寧に、魔法陣を組み上げてみた。

 ゆっくりゆっくり、花が開いていくように、私の魔力が広がっていく。

 凹んだ部分の全体に魔法陣が展開し終わると、一度、ラウを振り返った。

 大丈夫。

 そう言うように、大きく首を縦に振ってくれる、私の夫。

 私は目を閉じて、前の自然公園を思い出す。

 ラウとの初デートの自然公園。
 火花草がたくさん咲いて、ラウに告白されて、皆から祝ってもらえて。

 ラウといっしょに氷雪祭に行く様子を想像してみる。

 きっと楽しいだろうな。
 氷雪祭、無事に開催させないとな。

 静かに目を開く。

「《再生》」

 力のある言葉とともに、視界に映るすべてが鮮やかな光に包まれた。




 その日の午後。

 塔長室では、お茶会が開かれていた。

 また、魔力が尽きて眠ってしまうのを心配した、ラウや上司の人が、午後の仕事をすべてキャンセルしていたとのこと。

 けっこうな魔力を持っていかれたので、私も覚悟はしていたんだけどね。
 どうしたことやら、今回は全然なんともなかったのだわ。

 時間が空いたので、どうせならと、やってなかった歓迎会代わりに、お茶会を開いてくれた。

「そういえば、クロエルさん!」

「はい、なんですか?」

「第四師団の副師団長が、体調不良で異動になったそうですわ!」

「へー」

「第四塔だそうですね。でも、第四塔に騎士なんて必要ありませんよね」

「人体実験の被験者にでも、されるんじゃないのぉ」

「へー」

 あの副師団長、第四塔に異動になるんだ。ふーん。

 あのいけ好かない、ひ弱系を思い出して、思わず額にシワが寄った。
 嫌なやつだったな。

「それでね、クロエルさん!」

「はい、なんですか?」

「総師団長付きの副官が、連絡ミスの責任を取って異動だそうですわ!」

「へー」

「副官の役職はそのままで、本部から師団に異動になるようですね」

「異動で済んだのねぇ。自分で伝達すれば良かったのよぉ」

「へー」

 あの副官さん、本部から異動になるんだ。ふーん。

 まだ、若そうだったもんね。
 本部なんて熟練の切れ者が勤めるところだって、ラウも言ってたし。
 師団で経験、積むといいわ。

 でも、連絡ミスの原因になった本人たちは、けっきょくお咎めなし。

 誰が意地悪なことをしたんだか分からないけど、また、皆が絡まれないといいな。

 私はお茶を飲みながら、内心、周りの人たちの情報通振りに驚いていた。

 ま、私、情報交換したりするような友だちいないもんな。

「ま、クロエルさんは噂話なんてご存じないでしょうから。この、あたくしが集めて差し上げましたわ!」

 これはお礼を言うべきなの?

「ところで、クロエルさん!」

「はい、なんですか?」

 ところで、どうして、エレバウトさんが、このお茶会に混じってるの?と今さらながら思ってしまった。

 どこから聞きつけてきたのか、最初から混ざっていたような気がする。
 やっぱり、ラウの仲間か同類?

「氷雪祭ですけれど、あなた、初めてですわね?」

 やっぱり、ラウの仲間か同類だ。
 なぜ、知ってる、私の個人情報!

「はい。なので、ラウと行きます」

「あら、いいですわね!」

「二人っきりで行きたいそうです」

 私はラウと二人で行く氷雪祭を思い浮かべた。
 この日のために、自然公園の修復も頑張ったんだ。

「二人っきりで行かないと、師団長、暴走するわよぉ」

 そうそう、絶対にそう。

 緊急事態でラウに仕事が入る可能性がなくもないけど。
 そうなったら大変なことになる。

 だから、誰も邪魔しないで。

「二人っきりで行っても、師団長、嬉しくて暴走しそうな予感がしますけれども」

 あれ? そうかな、そうかも。

 どっちにしろ、暴走する未来しかないことに愕然とする。

「でしたらね! 取っておきの情報がありますのよ!」

 エレバウトさんの取っておきは、凄いものだった。

 やるな、エレバウトさん。
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