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3 武道大会編

2-0 さらに苛立ちがやってきた

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 四月になった。

 空気も日差しも暖かい。
 木々の芽や葉も庭園の花も、三月よりもぐっと鮮やかになり濃さを増している。

 もうだいぶ温かいのに、寒がりのラウは、相変わらず私にくっついたまま。

 夏になってもこの調子なんだろうか?

 暑い夏が心配だ。

 そんな感じで、私とラウの間はなんの変わりもない。
 昼も夜も、家でも職場でも。

 ラウといっしょ丸一日コースになって一ヶ月経ったが、意外と何ともない。

 べったりくっついてくるので、空気と表現するにはかなり重いけど、ラウがそばにいるのが当たり前になった。

 塔長室出勤の日は息抜きになるかと思っていたけど、逆になんとなく寂しくて、早く家に帰りたくなる。

「それ、黒竜に飼い慣らされてるだけだろ」

 と、目の前に座るテラがぶつくさ言い出した。
 私とラウの日々の生活を報告してるだけなのに。
 
 テラは私と同種、赤種の一番目で創造の赤種だ。

 見た目は子ども、お菓子を手に持っている様も完全に子ども。どこまでも子ども尽くし。

 なのに、私を見る目とかける口調は、甘いお菓子を食べているとは思えないほど、苦々しい。

「えー」

「君が僕らの菓子会に乱入してくるのがいけないんだろ」

 最初は技能研修会、次は赤種との情報交換会と言っていたはずが、

「自分で菓子会って言ってるし」

「いいだろ! 舎弟と菓子食って、愚痴言って、だらだらするだけの会だ!」

 最初はそれを否定したくせに。

「まぁまぁ、師匠。世界の平穏は保たれてますから」

「そうだけどな!」




 互いに言いたいことを言い合って、お菓子も少なくなってきたころ。
 思い出したように、テラが文句を言ってきた。

「だいたい、四番目。なんで、毎回毎回、参加しに来るんだよ」

 テラは私のことを、四番目と呼ぶ。

 赤種の四番目だからなんだけど。
 赤種として覚醒したばかりのころは、クロスフィアと呼んでいた。

 大神殿で赤種としての力の使い方を教わって、ラウが頻繁にお見舞い(?)に来るようになって。

 いつの間にか、テラは私を四番目と呼ぶようになった。

 …………うん、ラウがなんかやったような気がしなくもない。

 で、参加する理由だけど。

 最初はたまたま秘密ルートを見つけて参加。
 次はテラのリクエストに応えて氷雪祭の話を聞かせるために参加。

「そのたびに、僕は君と黒竜のイチャイチャ話の惚気を、聞かされないといけないんだぞ!」

 前回は参加してないから、毎回、参加はしてないな。そして今回は、

「上に、嫌なやついるから」

 皆で天井を見上げる。

 菓子会の会場は、塔長室の一階下。
 秘密ルートでしか入れない隠し階層だ。

 真上は塔長室。

 そして今、塔長室には金短髪男しかいない。

「まったく、なんで、そんなに仲が悪いんだろうな」

「あいつ、ムカつくんで」

「あいつ呼ばわりするなって。僕の副官なんだから」

 天井を眺めていたテラが、視線を戻し、ポツリと聞いてきた。

「グリモの息子か。仲、悪いのか?」

「別に。興味ないし」

 ふんと鼻を鳴らす私。
 やれやれという表情で塔長が補足する。

「グリモのやつ、ラウゼルトをクロエル補佐官のペット扱いしたんだよ。それでクロエル補佐官、怒っちゃって」

 ラウをペット扱いするなんて、許せないよね。

「はぁあ? 黒竜がペット? 何をバカなことを言ってるんだよ」

「そうだよね、テラもそう思うよね」

 いつもラウを低く評価がするテラが、私と同意見!

 そうだよ、皆、そう思っているよね!

「黒竜が四番目を捕獲したんだから、ペット扱いはむしろ四番目の方だろ?」

 え?

 期待してた答えと違うんだけど。

「しかも四番目、黒竜にしっかり飼い慣らされてるじゃないか」

 えぇぇ?

 そうなの? 飼い慣らされてるの?

「私、ラウのペット?」

「ペットというか、ペット扱い」

 は? 何が違うの?

「君、捕獲された側だろ」

「え? うん、まぁ」

「伴侶の契約の首輪をして、執着の鎖で繋がれてるだろ」

「あー、うん、まぁ、そうなのかな」

「だから、どっちがペット扱いかって聞かれたら、四番目の方だろ」

「えー、うん? なんで?」

「視た目がそうなんだよ、視た目が。自分の現実を視ろよ、鑑定眼で」

「……………………。」

 竜種の『伴侶の契約』。

 詳しいことはよく分からないけど、気に入った相手を逃がさないようにするための、一種の魔法契約らしい。

 ラウは、私の意識が半分ない状態で、伴侶の本契約をしたようで。しかも、その契約の印があるところが、うなじ。

 うん、見えないよね! 言われないと、気がつかないよね!

 しかも、ラウの権能は『執着』。

 ラウの『執着の鎖』と呼ばれる魔力の鎖が、私をぐるぐる巻きにしている。

 実際、この二つ。鑑定眼で視ると首輪と鎖に視えるんで。

 テラに視た目の話をされると、何も言い返せない。

「さて、四番目も静かになったところで」

 テラが残りのお菓子を口に放り込みながら、話を切り替えた。

「はい、師匠。報告があります」

 残りのお茶を三人分のカップに注ぎながら、塔長が応じる。

「メダルや猫形の何かのこと?」

 改めてする話なんて、何かあっただろうか。思い当たることがない。
 目の前のカップを手に取り、私は首を傾げた。

「いや、そっちはまだ報告できるような進展がない」

「で、なんだ?」

「はい、師匠。今月末の武道大会についてです」

「武道大会?」

「あぁ、毎年、僕が防御結界を張ってたやつな」

「テラが防御結界を張るほどのもの?」

「クロエル補佐官は初めてか。
 今月末開催の武道大会。部門別の個人戦なんだが、最後に師団長同士の団体戦があるんだ」

 てことは、上位竜種も参加か。

 あー、武道大会、元妹から聞いたな。
 それを聞いて、私も見に行きたいなーって思ったんだっけな。

「それで、観客席が危なくないように、僕が結界を張るんだよ」

「へー」

「竜種がいるところは二人まで、いないとこらは四人までの団体戦だ。
 作戦によっては竜種も敗退するんで、盛り上がるんだよ」

「へー」

 うん、それは凄いな。

「で、武道大会がどうした?」

「今回、スヴェートが参加します」

「はぁあ? なんだよ、それ」

 スヴェート帝国は、エルメンティアの北に位置する国だ。

 十年前になるだろうか。

 あまりの暴政に耐えられなくなった人たちが当時の皇妹とともにクーデターを起こし、当時の皇帝と側近たちが粛清された。

 現在は、その皇妹が帝位を継ぎ、帝国を治めていると聞く。

「スヴェートの皇女が、親善のため各国を訪問しているそうなんですが。それがエルメンティアにもやってきまして」

 スヴェート皇帝に娘なんていたんだ。

 私はこのとき、ボーッと話を聞いているだけだった。

「ちょうど武道大会の時期だからと、スヴェートが参加を打診してきたんですよ」

「断ったんだろ?」

「断りはしたんですけどね」

 まさか、この皇女関係に巻き込まれることになるとは、思いもしないで。
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