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3 武道大会編

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 カーシェイが、スヴェート皇女とともにこの国を去った。

 エルメンティアを捨てて、スヴェートに肩入れした裏切り者。

 通常ならそう思われるのだろうが、カーシェイは竜種だ。そして、俺たちも竜種。
 竜種の感覚は、普通の人間とも赤種とも違うらしい。

「チックショー、カーシェイのやつ!」

「伴侶捕獲祝の宴会ができないじゃないか!」

「だな!」

 そう。竜種は基本、伴侶がすべて。
 伴侶がスヴェート皇女、なら、仕方ないな、で、すべてが終わる。

 そして、同種の伴侶捕獲は皆の喜び。
 通常なら伴侶捕獲祝に成婚祝と宴会続きとなる。

 その宴会ができないのだ。

 普通竜種たちが荒れていた。




「紫竜の容態は?」

「ぐーすか寝てるぞ。根こそぎ魔力を持ってかれたみたいだな」

 金竜が、普通竜種たちを呆れた顔で見ながら、俺の質問に答えた。

「寝てるだけか?」

「あぁ、問題ないね。だいたいさ、俺たちは上位竜種だよ」

「まぁ、そうだよな」

 銀竜も同じような顔で、普通竜種たちを見ている。

 そもそも、竜種はエルムの強い加護を持つ存在。
 破壊の赤種ほどではないが、身体は頑強で回復力は普通の人間を凌駕する。

 ざっくり言えば、寝れば治る。

 意識不明と言われている紫竜、実態は昏々と寝ているだけ。
 寝ているんだから意識があるわけがない。

「で、あっちはなんだ?」

「主役がいないから宴会ができないんだと。荒れまくってる」

「まぁ、そうだよね」

 はー

 三人でため息をついた。
 気持ちは分かるが、今は宴会のことを考えている場合じゃない。

 紫竜のところの第四師団が半壊、本部も総師団長付きが全員いなくなった。
 これから立て直しで忙しくなる。

 俺たちがため息をついている間に、普通竜種たちは方針転換をしたようだ。

「おーし! こうなったら、黒竜録でも見ながら飲むぞー!」

「だな!」

「え? それありか?」

「エルヴェスさんも誘えば、許可でるんじゃないですか?」

「おーし! エルヴェス、呼んでこい、エルヴェス」

 けっきょく、飲むのか。

 はー

 三人で顔を見合わせ、ため息をついた。

「あー、エルヴェス副官はちょっと」

「なんだよ、補佐一号。エルヴェス、どこだよ」

 そういえば、エルヴェスを見かけない。

 あいつは執務室留守番専門のくせに、神出鬼没。師団内のあちこちにいる。

 今回はスヴェートの件であいつも忙しくしてるんだろうな。

 スヴェートの件は、実は前々から動きがあった。
 先々月も直接現地に行ったり、国内のスヴェート出身者に連絡を取ったりと、エルヴェスは意外と忙しく仕事をしている。

 十年前のクーデター。

 敗れた皇帝派の人間や国内動乱から逃げてきた人間が、このエルメンティアにもいる。

 現在のスヴェート皇帝はクーデター当時、皇帝派と争った皇妹なので、スヴェート皇女の訪問を歓迎できない者たちばかりだ。

 スヴェート側による元帝国民の粛清、もしくは、元帝国民によるスヴェート皇女の暗殺がないとは限らなかった。

 厄介事専門だからと、俺たちに仕事を押しつけられても困るんだが、情報収集は必要だと、エルヴェスが配下を動かしていたんだ。

 けっきょく、想定とは少し違った形にはなったが、スヴェートによる一騒動は起きてしまったな。

 口ごもる補佐一号に変わって、補佐二号が渋々、口を開いた。

「黒竜録続編の製作会議に行きました」

「「続編!!」」

 違った。エルヴェスのやつ、私的な用事で忙しかっただけだった。

 何やってんだ、あいつ。

「武道大会編っすね」

「「武道大会編!!」」

 おい、今日のやつだろ。

 撮ってたのか?
 どこから? どこまで?

 試合後、フィアに手を振らせていたのはこのためだったのか。

「あいつら、また作るのか」

「まぁ、いいじゃねぇか。黒竜、奥さんとうまくいってるんだろ」

 呆れた俺の声を聞いた金竜が俺をなだめにかかる。
 いつまで経っても子ども扱いされているようで、少しおもしろくない。

 が、フィアとうまくいってるのは事実だからな。ちょっと顔が熱くなる。

「まぁな」

「黒竜はちっちゃいときから、奥さん、欲しがってたからね」

 銀竜も思い出したように言う。

 金竜が親代わりなら、銀竜は親族の年若いおじさんてところだ。

「そりゃぁな」

「新婚期間も短く終わりそうだな」

 金竜がしみじみと言う。
 それを受けて銀竜がポツリとこぼした。

「カーシェイも安心したんじゃないかな」

「なんだよ、それ」

 金竜と銀竜が二人で顔を見合わせ、フフッと吹き出す。

「あいつ、あぁ見えて、ずっと黒竜のことを心配してたんだぞ」

「あぁ、黒竜に奥さんができなかったらどうしよう、ってね」

 いつの話だ、それ。

 俺がカーシェイに伴侶の話をしたのは、子どものころだぞ。
 カーシェイのやつ、あのときの話をまだ覚えていたのか。

 気にかけてもらっていた照れくささをごまかすように、俺は声を張った。

「ァア? 俺は見事に、強くてかわいい奥さんを捕獲しただろうが」

「あぁ、見事だったよね」

「まったく、宣言通りだったな」

 とはいえ、伴侶捕獲は簡単にはいかないだろうな、とは思っていた。
 まさか、カーシェイにまで心配されてるとは思わなかったが。

「いいか、黒竜」

 金竜は、突然、真剣な表情をした。
 思わず身が引き締まる。

「伴侶に手を出すやつは、たとえ、神様だとしても生かしておくな」

 ゴクリと唾を飲み込む。

「あぁ、分かってる」

 神様が人間に手を出すとは思えないが、俺のフィアは誰にも奪わせない。
 俺のフィアは俺の伴侶だ。

「それと、俺たちに敵対する竜種もね」

 銀竜も真剣な表情で付け加えた。

「あぁ、当然だろ」

 金竜と銀竜がじっと俺を見つめる。
 二人の視線を受けて、俺ははっきり答えた。

「俺たちはエルメンティアの竜種だからな」
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