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4 騎士と破壊のお姫さま編

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 緋色の瞳を持つ黒猫が、ゴロゴロとのどを鳴らす。
 かわいらしい外見とは裏腹に、かわいらしくない口調でネチリと言葉を発した。

「ネージュがどうなったのか。見せてあげれば、すべて解決する。違うか?」

「それはそうだが、どうやってだよ」

 テラが当然の質問を口にした。

 猫と子どもが話しているこの光景。どちらも赤種、微笑ましさは皆無だ。
 普通なら微笑ましい姿に見えるはずなんだけどね。

「こうやってだ」

 猫が片方の前脚をちょんとあげると、宙に横に長い姿見のようなものが浮かび上がる。

 映っているのは、大神殿から赤の樹林への道を進んでいくグランフレイムの車だ。二匹の精霊獣が力強く車体を引いている。

「意外と器用だな」

「猫なのにね」

 赤種なら普通に使える時空魔法だ。
 私はよく姿見に映しているけど、三番目のように、何もない空間に映し出すこともできる。

 ただし、ここまで大きく映し出すとなると、必要な魔力も技量も跳ね上がる。

 三番目の権能は変化。状態を変えるのは得意なので、空間を変えるのもお手の物なんだろう。

「音もあるのか?」

「あぁ、もちろん」

 猫がまた同じ脚をちょんとあげると、音も聞こえ始めた。

「意外と器用だな」

「猫なのにね」

 私とテラが感心して映像を眺めていると、慌てたような声が聞こえる。

 視線を戻すと、そこには狼狽える総師団長と塔長がいた。

「ちょっと待て、死ぬところだなんて」

「そうだ、ここには女性もいるんだし」

「死ぬところとは言ってない。ネージュがどうなったか、だ」

 慌てる大人に対して、いったん映像を止め、猫が落ち着いて答える。

「そうは言っても」

「グランフレイムの許可がいるんじゃないか?」

「ここにいる人間が、見たことを黙っていれば済む話だ」

「それはそうかもしれないが」

 渋る二人を目にしたジンクレストが、訝しげな顔をした。

「見たら困ることでもあるんですか?」

 黙り込む二人。三番目が私たちに聞く。

「そんなものないだろ?」

「別にないわ」「別にないだろ」

 見られて困るのは、ネージュの兄の方だろうしね。

「なら、見せても構わないな」

「見せたいなら見せたら?」

「見たいなら見ればいいだろ?」

 私もテラも即答する。

 ラウが心配そうな顔をしているので、安心させるように笑いかけた。

「その前に、確認しとくぞ」

 テラが立ち上がり、ぐるっと全員を見回した。

「見ても後悔しないな?」

 息を飲む音が聞こえ、総師団長も第二師団長も、ベルンドゥアン卿とジンクレストも首を縦に振る。

 グランミスト嬢は総師団長の隣で小刻みにガタガタと震えるだけ。完全に竦み上がっていた。

「グランミスト嬢は見ない方がいいかも」

「はいいい。わたくし、別の場所に控えていてよろしいでしょうか」

 私の言葉に、弾かれたように立ち上がるグランミスト嬢。

「案内してやれ」

 神官に導かれ、茶会の場から退散することになった。

「さぁ、では始めようか」

 猫が前脚をちょこんとあげると、映像が再び動き始める。ネージュの最期へ向かって。




 そして映像は、あっという間に佳境を迎えた。
 私とテラは映像を横目で見ながら、お菓子を食べる、食べる、食べまくる。

 「待って! 助けて!」

「これ以上は精霊獣が保たない! 撤退するぞ!」

 パキッ ポリポリ。

 「待って! 待ってよ!」

「最期にマリーを守れたんだ、良い働きをしたな」

 パキッ ポリポリポリポリ。

 「待って! 助けて!」

「綱を切れ!」

 パリッ パリパリ。

 「助けて、誰か! お父様、お母様!」

「急げ!」

 「ジン!」

 パリッ パリッ サクサク。

「魔物が落ちたぞ!」

「マリージュ様はご無事だ!」

「良かった!」

「マリーが心配だ。安全を確保して、すぐに移動」

 映像の音、息を飲む音、そしてお菓子を食べる音だけが響いていた。




「このお菓子、美味しいね。もちろん、ラウのが一番美味しいけど」

「だろ? 舎弟が持ってくる菓子は絶品なんだ」

 映像はちょうどネージュの乗った車体が落ちるところだった。
 塔長がげんなりした顔で、私たちをチラッと見る。

「これ見ながら、よく食べられるな、師匠もクロエル補佐官も」

「美味しいからね」「美味しいからな」




 ドゴォォォォッ

 車体と魔物が勢いよく地面にぶつかった。もの凄い音が聞こえ、破片やら石やら飛び散り、土埃が舞う。

 ふわり。

 空から紅の翼が舞い降りる。

 六枚の翼を大きく自由に羽ばたかせるその姿は、私のものだった。
 夢から覚めたばかりのような表情で、辺りを眺め、こっちを向いたそのとき。

 ブツッ

 唐突に映像が途切れた。




「最後のは私だね」

 我ながら、なかなか優雅な登場だったと思う。
 ふんと自慢げに胸を張る私に、ジロッとテラが冷たい目を向けた。

「あれ、完全に暴走状態だろ」

「かな?」

「かな、じゃないだろ」

 仕方ないよね、あれが初めてだったんだし。

 そう思いながら、お菓子に手を伸ばす。
 あれほどたくさんあったお菓子も、私とテラによって、だいぶ少なくなってきた。

 完全になくなる前にと、ひとつ取って、ラウの口に運ぶ。

 迷うことなくパクッと食べるラウ。

「ラウ、このお菓子、作れる? これ、また食べたいんだけど」

 モグモグという音の後に、ラウの力強い声が聞こえた。

「あぁ、今度つくってやる」

「ありがとう、ラウ」

 嬉しくて思わず、ギュッと抱きつくと、またもやテラがジロッと冷たい目を向ける。




「やっぱり、あなたは、ネージュ様じゃないですか!」

 唐突に響くジンクレストの声。

 どうやら、ようやく、グランミストとベルンドゥアンが映像の衝撃から立ち直ったようだ。

 ただし、全員、顔色は悪いまま。

 総師団長はブツブツ何か唱えているし、ベルンドゥアンの二人は額や顔に手を当てたまま動かない。

「何を言っている。ネージュは消滅した。車に閉じこめられたまま落ちて消えたんだ。最期にお前の名を呼んでな」

 三番目の言葉に、呻くジンクレスト。

「そんな、そんなことがあるわけない。なら、最後のあの女性は、ネージュ様じゃないと言うのか?」

「紅の翼を生やした普通種などいない。ネージュの中に眠っていた破壊が、今際の際で目覚めたんだ」

「どこからどう見てもネージュ様だ」

 両方の拳を握りしめ、テーブルに叩きつける。ガチャンと嫌な音がした。

「残念ながら、三番目の言うとおりだ。そしてここにいるのも、四番目だ」

「最初から、そう言ってるのに」

 私とテラはヤレヤレといった感じだ。

 ようやく、話を理解してくれた。いや、理解はしてなくてもいいから、諦めて受け入れてくれればそれでいい。

 私がジンクレストや他の人たちの心配をする中、テラは別のことを考えていたようだ。

「で、三番目は何をしに来た? まさか、悩みを抱えた普通種たちに、真実を見せるためだけに来たんじゃないよな?」

「間違えたものを正すために来たんだよ、一番目」

 三番目は相変わらずテーブルの上。
 尻尾をパタンパタンと、乱暴に動かしている。

「最初に四番目を見つけたのはオレだ。中に眠る破壊を育てたのもオレだ。四番目が目覚めるキッカケを作ったのもオレだ」

 パタン、パタン。

「オレのおかげで四番目は目覚めたんだ」

 三番目は、苛つくように猫の尻尾を大きく動かし続ける。

「なのに、なんで、オレ以外のやつが四番目のそばにいるんだ?」

 パタン。

 こっちを睨みつける三番目。
 その先にいるのは、ラウか。
 気づいたラウが、すっと私を自分の方へ引き寄せた。

 睨みながら、私の方へ近づいてくる。

「おかしい。おかしいだろ。間違っているだろ。間違いは正さないとな」

 そして私の目の前で、ラウを睨み続ける三番目。三番目を睨み返すラウ。

「四番目を連れていくのはこのオレだ。行こう。四番目。壊れて消えてしまう前に」

 三番目が不吉なことを口にするのを、私もラウも、黙って見つめていた。
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