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4 騎士と破壊のお姫さま編

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 私の目の前で、猫が尻尾をパタンパタンと乱暴に叩きつけている。

 私が返事をしないことに苛ついているのか、物事がうまく進んでいないことに苛ついているのか。

 どちらにしろ、機嫌は悪そうだ。

 パタン。

「なんで答えない、四番目」

「私は熊が好きだから。猫はいいわ」

 適当に三番目をあしらう私の後ろで、ラウとテラがこそこそと会話を始めた。

「黒竜、未だに熊扱いかよ」

「俺はフィアの熊でいい。たっぷりかわいがってもらえるしな」

「けっ。開き直るなよ」

 パタン。パタン。

 猫が低くゴロゴロと喉を鳴らす。

「オレがお前を起こしたんだ、四番目。オレといっしょの方が楽しいぞ」

「私にはラウがいるから」

「そんな黒トカゲ、何の役に立つんだ?」

「お菓子作りが上手だし、抱き枕にちょうどいいし」

 目の前でどんどん苛ついていく三番目。
 対して、私の後ろでのんびりとした会話を続けるラウとテラ。

「逆だろ、四番目が抱き枕だろ」

「フィアは柔らかくて最高だぞ」

「餌付けも上手くいってるようだな」

「たくさん食べてもらってるぞ、俺を」

 ゲホ。

 思わずむせた。

 まだ、私のお菓子に混ぜていたんだ、ラウのあれ。
 けっきょく、あれが何なのか聞いていないことに今気づく。こんな状況で気づいたって訊けない。

 考え事で散漫になっていた私の耳に、三番目のとんでもない言葉が飛び込んできた。

「破壊の衝動だって、オレの方がうまく解消できているだろ」

 できている?

 破壊の衝動の解消は、ストレス発散と同じだ。適度に破壊活動をして溜まりすぎないように発散させる。

 三番目が関わっているのは、あれしかない。自然公園での魔物召喚。

「まさか、自然公園の魔物ってそのために呼び出したわけ?」

「それ以外に理由なんてあるか?」

「え、何それ。理由がヤバくない?」

 自然公園の魔物召喚事件は、氷雪祭直前のことだった。
 氷雪祭で人が多く集まるのを狙った破壊活動かと思われていたけど、まさかの個人的な理由だったとは。

 だって、破壊の衝動の解消って、魔物呼び出さなくても、他にいろいろやり方あるよねぇ?

 三番目の告白に、塔長も完全に固まってる。

「赤の樹林の魔物もな」

 今度はこの場にいる全員が固まった。

 さっきまで見ていた映像、あれに出てきた魔物も召喚したと軽く言う三番目。

 あの魔物さえいなければ、ネージュは死ぬことなんてなかったのに。

 そう思ったところで、はたと気づく。

「最初から、三番目の仕業だったわけだ」

「そんな怖い顔するな。言ったはずだ。オレが四番目を目覚めさせたと」

「へー」

「とにかくだ」

「幼いネージュを見捨てたくせに、いまさら良い人面するやつ」

 ビクッとする総師団長。

「見殺しにした家門に戻れと言う、無神経なやつ」

 俯くベルンドゥアン卿たち。

「ネージュを最期まで守りきれなかった、情けないやつ」

 さらに顔が青ざめるジンクレスト。

「しつこく纏わりついてるトカゲ」

「ァア?」

「チビのくせに口うるさい一番目」

「なんだと!」

 通常通りのラウとテラ。

「そんなやつらより、オレの方が何倍も役に立つ。四番目が壊れないようオレがちゃーーんと見守ってやる」

「ふざけるな、三番目!」

「だいたい普通種なんて、ちょっと力を使っただけで、コロコロ変わるやつばかり」

 かわいらしい姿で、言うことは真っ黒だ。確かに毛並みも真っ黒だけどね。

 三番目の真っ黒加減に耐えられなくなったのか、塔長がテラに話しかけた。

「赤種は世界の監視者だろう? 師匠、こんなやつが赤種でいいのか?」

「舎弟、残念ながら、三番目は権能に従って行動しているだけ。それは僕も黒竜も変わらない」

 ま、そうなんだよね。

 だから、テラも私も、呆れこそすれ止めようとは思わない。権能だから仕方ない。

「クロエル補佐官は好き勝手に破壊しないぞ、師匠」

「四番目は、一番、赤種としての自覚も意欲もないんだよ」

「あぁ、そういうことか」

 なんか残念な目で見られてる。

 破壊が権能に忠実に行動したら、目も当てられないってことは分かってるのかな。

「それで」

 テラは脱線した話を元に戻した。

「ネージュの周りの普通種にも力を使ったんだな」

「元々、心の中にあった黒い物を大きく変えただけ。白を黒にしたわけではない」

「元々あった黒い物」

 心が冷える。気分も悪い。

 元々、技能なしのネージュが嫌いだった、そういうことだ。

「そうだ。いつの世も、破壊を呼び覚ますのは人間の黒い心だということだな」

「ふーん」

 これで納得がいった。

 私自身もネージュの死を完全に受け入れることができた。

 他の人はどうだろう?

 ジンクレストや総師団長たちの表情を見ても、青ざめている以外はよく分からない。

 ま、私。人生経験も人間関係も経験不足だからな。表情を見ただけで読みとるなんて、できないよな。

「これで分かったか、四番目。お前にとって最良はこのオレだ」

「なるほどね。よく分かったわ」

 気分悪いながらも、すっきりした。

 大神殿からラウに連れ出されたあの日、私は新しい私を生きていくと決めたんだ。

 にっこり笑って三番目を見る。

「そうか!」

「フィア!」「四番目!」

「だから、もう帰っていいよ」

「何?!」

「三番目に用はないし」

 にっこり笑って三番目に言った。

「そんなトカゲのどこが良いんだよ!」

「懐いた熊みたいで、かわいいとこ?」

「どこが懐いた熊だ! 横暴で凶悪で自己中なトカゲだろ!」

 ブチッ

 すっと、テーブルの上に飛び乗り、その勢いで身体を回転させる。左足を軸にして。
 シュッと伸ばした右足の爪先が、猫の腹にひっかかり、勢いのまま、めり込む。
 そして、そのまま足を振り抜いた。

「ふぎゃぁぁぁぁぁ!」

 一瞬のことで何が起こったか、訳が分からないまま、痛みで悲鳴をあげる三番目。

 ドゴァァァァァ

 悲鳴をあげたまま、大神殿の建物の壁に激突する。

 私もそれを、ただ見ているだけではない。飛ばされる三番目の動きを追いかけ、壁にぶつかったところに、さらに右足で蹴り上げ、壁に押し込んだ。

「ぎゃはっ!」

 壁がミシッと音を立てる。まだだ。
 蹴り上げた右足が地面につくや否や、間髪入れず、左足のかかとで蹴りつける。

 ミシミシッと音を立て、壁に亀裂が走った。亀裂からパラパラと壁の細かい破片が落ちるが、そんなものはどうでもいい。

 左足を離すと、三番目は数秒、壁にめり込んでいたが、ズリッ、ズシャッと地面に落ちた。
 そこをガシッと右足で踏みつける。三番目は動かない。

 右足にぐっと力を入れたまま、右の手のひらを見る。握りしめて天にかざすと、そこに破壊の大鎌が顕現した。

「四番目?!」

 テラの叫びが聞こえる。
 でも、私は動きを止めるつもりはまったくない。くるりと振り回した大鎌を足元の三番目に突き立てる。

 ザシュッ

「がはっ、げほげほ」

 地面に大鎌が突き立つ音が聞こえた。それと、げほげほとむせかえる三番目の声。

 魔剣を間一髪、転移でかわした三番目は、地面に無様に這いつくばりながら、目を白黒させている。

 ゆらり。

 私は右手に持った大鎌を肩に担ぎあげた。

「一度、赤種を壊してみたかったんだ」

 ゆらり。

 大鎌に私の魔力が充満する。刀身が紅に染まった大鎌を、私は片手で軽々と振り回した。

「普通種を壊しても、弱くて脆くておもしろくないから」

 次の瞬間、世界が暗転した。
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